第49話:ダンジョン・二階層②
二階層ではさらに二種類の初見魔獣が姿を現した。
四肢を踏みしめて素早い動きで相手を翻弄するベビーパンサー。
四枚翅で空中を動き回り毒針で攻撃してくるポイズンビー。
二匹とも動きが速く、とりわけポイズンビーは空中を移動しながら迫ってくるので特に厄介な相手である。
学生の中には二階層の悪魔と呼ぶ者もいるのだが、そのことを三人が知る由もない。
だが、知識に関してはアルが十分に得ているので的確に指示を飛ばしていく。
「ポイズンビーの弱点は火属性だ。動きは速いが耐久力は低い、ここならフレイムダンスが適当だ!」
「分かったわ!」
「ベビーパンサーは地面を蹴りつけて高速移動を繰り返します。土属性で足場を崩してください!」
「わ、分かりました!」
自由自在に動き回っていたポイズンビーに対して、範囲をさらに広げたフレイムダンスが放たれる。
核を破壊しない限り死なないスライムとは異なり、ポイズンビーは体が傷つくだけでもダメージは蓄積していく。
さらに火属性を使う一番のメリットは、空中を移動するための翅を燃やすことができることだ。
『キュルラララ!?』
地面に転がしてしまえば後は的になるだけである。
フレイムランスで一突きすると、一気に燃え上がり仕留めることに成功した。
一方のベビーパンサーを相手取っているリリーナは、レベル1のクエイクを発動していた。
範囲は狭いが、任意の地面に亀裂を生み出すことができる魔法。
入学二日目に魔法操作が苦手だと言っていたリリーナなら苦戦を強いられただろうが、エミリアに指導してもらった今のリリーナなら問題にはならない。
『グルル――グルアッ!』
今まさに蹴りつけようとした地面に亀裂が走り、力が上手く入らずバランスを崩して転倒。
すぐに立ち上がろうとしたのだが、直後にはウッドロープが発動されていた。
『グ、グルル、ガア……ァァ…………』
ベビーパンサーの首を締め上げると、呻き声が徐々に小さくなっていき――リリーナも圧倒して仕留めることができた。
初見の相手ではどうしてもこちらの動きは鈍ってしまう。それは相手を見極める時間が必要になるからだ。
考える力がある人間であれば当然かもしれないが、魔獣にはそのような知恵はない。あるのは目の前の獲物を狩るという本能のみ。
そこでどうしても動きの差が出てしまい、先手を許してしまう。
後手に回れば、相手が弱い魔獣であっても命の危険に晒されることは必至である。
アルベルトの時からそうしていたように、アルは情報も一つの武器だと考えていた。
「それにしても、アル様は昨日の夜だけでこれだけの知識を詰め込んだのですか?」
「なんていうか、本当に規格外よね」
「レベル1が規格外なわけないだろう」
「本当の規格外は、自分が規格外ってことに気づかないってことか」
「クルル様の言う通りですね」
二人は意思疎通しているのか笑顔で何度も頷いている。
納得できないアルだったが、その討論は後でもできるだろうと判断してこの場では黙っていることにした。
「今のところ遭遇した魔獣はゴブリン、スライム、ベビーパンサーにポイズンビーか」
「二階層には他の魔獣も出るのでしょうか?」
「俺の知識はあくまでも魔獣に対してだからな。ダンジョンにいる魔獣の生息域までは分からない」
「あーもう、こんなことなら兄さんからもっと話を聞いておくんだったなぁ」
今さら後悔しても仕方がないことを呟きながら、三人は先を進んで行く。
出てくる魔獣はリリーナの心配をよそに遭遇した四種類のみで、群れに遭遇することもなく順調に攻略することができた。
そして、二階層に下りてから三〇分以上が経った時には同じ階層での戦闘音が遠くから聞こえてくる。
「……他のパーティはだいぶ時間が掛かっているんだな」
「言われてみればそうね。私たちが潜ってから五分後には次が来ているはずだったもんね」
「苦戦しているのでしょうか……心配ですね」
リリーナが来た道を振り返りながら呟いた。
アルも一度は思ったことではあるが、今は二人の心配しかしていない。
「他は他、俺たちは俺たちだ。あっちもパーティを組んでいるんだから助け合っているでしょう」
「……そうですね」
「他を心配して、私たちが足元をすくわれたら意味がないものね」
「そういうことです。行きましょう、リリーナ様」
「はい」
前を向いた時のリリーナの表情はいつもの笑みを浮かべていた。
リリーナにも分かっているのだ、自分たちもダンジョンの中に、危険の中にいるということを。
ただ、優しい性格が自分の気持ちを言葉にしている。
その点で言えば、アルは優しくないのかもしれない。仲間のためなら他を犠牲にすることをいとわない。
自己分析もできており、アルはリリーナのようにはなれないと自分でも分かっていた。
(……だが、いいバランスなのかもしれないな)
そんなことを考えながら遭遇する魔獣を順調に仕留めて進んで行き――数分後にはようやく三階層へと続く階段を見つけた。
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