第45話:ダンジョン

 ――そして、パーティ訓練当日。

 いつもと変わらない様子のアルだったが、リリーナとクルルはとても緊張した面持ちで、何度も顔を見合わせては頷き合っている。

 それもこれも、昨日の講義の時にラミアンが突如として提案した目標のせいだった。


「……二人とも、そんなに緊張しなくてもいいんだが?」

「そ、そう言われましても、目標が目標なだけに、緊張してしまいます!」

「ていうか、普段通りのアルがおかしいんだからね!」

「いや、あれは母上の冗談であって、きっと本気で言っていたわけでは――」

「「あれは絶対に本気だよ!」」

「……そ、そうかなぁ」


 ラミアンが提案した目標は三つ。

 最高進出記録である八階層の突破。

 魔法装具として使える素材の確保。

 この二つは話の中にも出てきたのだが、最後の一つはラミアンから提示された目標だった。


「二つの目標だけでも困難だというのに……」

「まさか、ダンジョンの中で最終日まで過ごしなさいだなんて!」


 パーティ訓練の日程は三日間。

 基本的には一度潜り、ある程度まで進んだら戻って体を休めて、翌日に再び潜る。

 ダンジョンの最下層まで行こうとするパーティならばダンジョンに留まり続けるのも分かるが、今回はあくまでも授業である。

 わざわざダンジョンに留まり下層を目指そうとするパーティが出てくるとは、ペリナだって思ってもいないだろう。


「だけど、母上が言うにはキリアン兄上も泊まりがけでダンジョンに潜って八階層まで到達したってことだし、どちらにしても全ての目標を達成するにはダンジョンに留まることは確定事項だろう」

「それはちゃんとした準備期間があっての話でしょう! 私たちなんて、いきなり三日後にパーティ訓練があるって言われて、さらに前日に三つの目標を言われたのよ!」

「正直なところ、一つも達成できる気がいたしません」


 自信なさげのリリーナとクルルに、アルはどうしたものかと頭を抱えてしまう。

 これは個人的な問題であり、アルがどれだけ言葉を尽くそうとも二人の心が前向きにならなければ意味がない。

 このままではリリーナが言う通り、一つとして目標を達成することができないかもしれない。


「はいはーい! それじゃあ皆さん、準備はいいですかー?」


 そこにハイテンションのペリナが姿を現したことで、全員の視線がそちらに向いた。


「ダンジョンには順番に潜ってもらいまーす! 最初のパーティが潜ってから五分後に次のパーティが潜ります! 今回は五つのパーティがあるので、最後に潜るパーティは二〇分後ってことになるけど、どこから潜りたいかなー?」


 早く潜った方が長い時間ダンジョンの攻略を行うことができる。

 もちろん危険を伴う攻略なので尻込みする生徒の方が多く、声には出さないまでも視線で牽制しあっている状況だ。


「……えっと、皆さーん? 潜らないと、授業が進まないんですけどー?」


 そして、こうなってしまうと必ず視線が集まる人物が一人いる。

 これも全て、勝手に学級長に指名したペリナのせいだった。


「……はぁ。分かりました、俺たちのパーティが最初に潜ります」

「さっすがアル君ねー! そういうと思っていたわよ! さあさあ、今すぐに潜ってちょうだいねー! それと、他のパーティは五分の間に次に潜るところを決めておくように! そうじゃないと、アル君のパーティがどんどん先に行っちゃうからねー!」


 アルはリリーナとクルルに向き直ると、力強く頷いて歩き出す。

 二人はアルが行くなら行くしかないと覚悟を決め、その背中を追い掛けていく。


「……ほ、本当に、大丈夫でしょうか?」

「……そう、だよね。初めてのダンジョンだし、ねぇ?」


 それでも二人からは弱気な発言が続き、このままではいざという時に危険だ。


「……二人とも、俺たちは今日までどんな訓練をしてきたんだ?」


 そして、ちょっとした助言をすることにした。


「エミリア先生とチグサさんからの指導は、二人の自信にはつながらなかったのか?」

「そんなことはありませんが……」

「それとこれとは、また違うっていうか……」

「違うというが、何が違うんだ? 二人は今日、この日のために力と知恵を貸してくれたんだろ? その二人がなんて言っていたか、思い出してみてくれ」


 アルの言葉に、二人はハッとさせられた。

 エミリアとチグサも、二人を送り出す際に言ってくれたではないか。


「……自信を持つようにと」

「……必ず達成できると」

「あぁ。きっと困難の方が多いだろうけど、俺たち三人なら絶対に達成できる。俺たちは、助け合うことができるからな」


 三日という短い時間だったが、三人は学園の授業以外でもノワール家の裏庭で時間を共にし、訓練を続けてきた。

 確かに時間は短かったが、とりくんできた内容はどのパーティよりも濃い内容だったと自信を持って言うことができる。


「二人は、エミリア先生とチグサさんを信じられないのか?」

「「信じてます!」」

「なら、問題ないだろう。訓練の成果を出すことができれば、俺たちはできるさ」


 優しい笑みを浮かべたアルに緊張がほぐれたのか、二人も微かにだが笑みを浮かべる。

 今はこれでいいとアルは感じていた。

 さらなる自信は、実戦で養えばいいと。

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