第46話:ダンジョン・一階層

 ――一階層。

 洞窟の中とは思えない程に精緻な模様が刻まれた壁。

 地面には砂利が転がっているものの、そのもの自体は正方形の石材が隙間なく並べられておりきれいな造りをしている。

 壁の上部には等間隔で光源が存在しているのだが、これは人の手で作られたものではなく、ダンジョン自らが生成していた。


「不思議な光ですね。熱くもなく、物体をすり抜けます」

「光属性の魔法なのかしら?」

「ダンジョンが魔法を? ……まあ、研究は進んでいてもまだまだ分からないことばかりらしいしな」


 ダンジョンが発見された歴史には一〇〇年以上もの年数が積み重ねられている。

 最初は魔獣の巣窟とされていたダンジョンだったが、最下層まで辿り着いた人間が莫大な富を手に入れたことでその見方が変わってしまった。

 誰もが躍起になってダンジョンを探し、犠牲を賭して攻略に挑み、そして多くの命を踏み台にしてたった数人がさらなる富を得た。


 そんな時代が一〇年以上続いた後、今度はダンジョンを研究するべきだという空気が流れ始めた。

 攻略済みのダンジョンへ調査隊が送り込まれ、その謎について長年研究が行われてきた。

 それが今なお続いているのだが、ダンジョンという存在が何なのかという明確な答えは出ていない。

 一説では神が造り出したものと言われてもいるが、ならば理由はと問われると誰も答えることができない状況だ。


 三人は右側の壁沿いに進み続け、行き止まりにぶつかると引き返して別の道を進んで行く。

 外はじっとりと汗を掻くくらいに暑かった。ダンジョンの中はひんやりと涼しいはずなのだが、なぜだか汗は止まらない。

 ダンジョンという場所がそれぞれに緊張を及ぼし、冷汗という形で体に現れているのだ。

 そして、三人は初めての経験をすることになった。


 ――ヒタッ、ヒタッ。


 ダンジョンに足を踏み入れて五分少々しか経っていない。次のパーティが入ってきているとしても遭遇するには早すぎる。

 ならば、前の通路から近づいてくる足音の正体はなんなのか。


『——ギヒッ?』

「ひっ!」


 深緑の皮膚で背丈は一メートル程、二足歩行で猫背の存在は長い舌をだらしなく揺らし、真っ赤な瞳を悲鳴を漏らしたリリーナに向けている。

 初めての魔獣との対峙。見据えられているリリーナだけではなく、クルルも声は出さなくとも身体が動かなくなっていた。

 だが、アルだけは魔獣に飲まれることなくリリーナとの間に体を入れて睨み返す。


「……ア、アル様」

「あれは、ゴブリンですね」

「……アル、知っているの?」

「昨日、寝る前にチグサさんから魔獣について書かれている本を借りて読み込んだんだ」


 多くのダンジョンに生息しているゴブリン。

 本には最弱だと書かれていたものの、集団で現れる時にはその数が尋常ではないことも多いのだとか。

 目の前のゴブリンは一匹のようなので、アルは懐に忍ばせていた一本のナイフを前に出して即座に魔法を放った。


「――ファイアボール!」

『ギヒャアアアアッ!』


 切っ先のすぐ前にファイアボールが顕現して撃ち出されるまでに一秒と掛からず、ゴブリンに着弾した時にちょうど一秒が経っていた。

 あまりにスムーズな魔力操作にリリーナとクルルは当然ながら、直撃したゴブリンも驚愕を覚えていただろう。

 黒焦げになったゴブリンは一撃で息の根を止めており、アルはその時点で大きく息を吐き出した。


「……ふぅぅぅ。とりあえず、一匹討伐だな」


 アルは二人の緊張を和らげようと笑みを浮かべながら振り返ったのだが、その視線はゴブリンではなくアルを見ている。


「……な、なんだ?」

「……アル様は、どうしていつも通りに動けたのですか?」

「……は、初めてのダンジョンで、魔獣も初めてだよね?」


 ダンジョンという今までの日常とは異なる環境下の中、ノワール家の裏庭で行った模擬戦と同じように動いているアルに対して二人は軽い畏怖を覚えていた。


「どうしてって……二人と一緒に訓練をしたからだ」

「「……えっ?」」

「入り口でも言っただろう、俺たちならやれるって。それなのに一階層で躓いていたら元も子もないからな。俺は二人のことを信じているし、エミリア先生やチグサさんとの訓練も信じている。そう思えば、これくらいなんてことはないさ」


 言葉にするのは簡単だが、実際に行動することは難しい。

 それはリリーナとクルルは身をもって体験した。

 だが、アルには全く関係ないという風に飄々と言ってのけた。


「大丈夫。一階層の魔獣はレベル2や3の魔法を持っている二人なら敵じゃない。レベル1の魔法で一撃だったんだぞ?」

「……まあ、言われてみるとそうなの、かな?」

「……私たちでも、倒せるかな?」

「次に魔獣が現れたら、二人が倒してみせてくれ。一度倒してしまえば、次からは自信を持って動けるようになるぞ」


 アルの力強い言葉を受けて、二人は大きく息を吐き出した。

 入り口では言葉で緊張をほぐすことができた。

 だが、やはり魔獣と対峙すれば再び緊張することもあるには分かっていた。

 だからこそ、まずは自分がと先陣を切って戦ってみせたのだ。

 これからは二人も実戦で自信を付けてくれるだろう。

 アルが思い描いている当初の予定通りに事は運んでいった。

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