第36話:これからの方針

 リリーナたちのところに戻ったアルは、指導方法を分ける必要があるという話になっていると知った。

 というのも、リリーナとクルルでは指導すべきポイントが違うのだという。


「リリーナ様は魔法操作、クルル様はレベル3の火属性を上手く使うための戦術を、それぞれ学ぶべきだと判断いたしました」

「なるほど。そうですね、まずはそれぞれの足りない部分を補い、そのうえで連携の強化に進んだ方がいいかもしれませんね」


 アルは納得したのだが、当の本人である二人は不安そうな表情をしている。


「でも、パーティ訓練は三日後だよ?」

「その、間に合うのでしょうか?」


 パーティ訓練までの時間は短い。

 僅かな時間の中で足りない部分を補い、さらに連携を強化することができるのかが不安だった。


「無理もありません。ですが、大丈夫でしょう」

「何か策でもあるのですか?」

「はい。実は、もしものためにエミリア様にも声を掛けていたのです」

「えっ! でも、エミリア先生はアンナの家庭教師をしていますよね?」


 アルが魔法学園に入学するのと同時に、エミリアの指導はアンナへと移っている。

 自分が教えられていた立場だから分かるが、アンナを教えながらこちらにも時間を割くと言うのはあまりに難しいことのはずだった。


「エミリア様が言うには、これもアンナお嬢様の指導になるのだそうですよ」

「アンナの指導に? ……まさか!」

「──うふふ、そのまさかですよ、アル君」

「アルお兄様!」


 屋敷の中から姿を現したのはエミリアとアンナ。


「やっぱり、アンナもいたのか」

「はい! エミリア先生からは、魔力の流れを読む勉強をすると伺っています!」

「これならば、皆さんの指導も並行して行うことができますから」

「エミリア先生、とてもありがたい申し出なのですが、本当にいいのですか?」


 恐縮して確認するアルに対して、エミリアは微笑みながら頷いた。


「アル君の家庭教師はすでに退いていますが、教え子であることに変わりはありません。何か困っていることがあれば、いつでも声を掛けてくださいね」

「……ありがとうございます」

「あ、あの! 私たちがその、指導してもらってもいいのですか?」

「私たちは、ノワール家とは関係がないのですけれど……」


 次いでクルルとリリーナが恐る恐る口を開いた。

 アルならば先ほどの内容も当てはまるだろうが、二人は全くの部外者である。

 ただ、エミリアは二人に対しても頷き返した。


「もちろんですよ。アル君とパーティを組むのでしょう? それであれば、二人が上達することでアル君の成績も上がるわけですからね」

「まあ、そういうことらしい。エミリア先生、本当にありがとうございます」

「「ありがとうございます!」」


 頭を下げる三人に優しく微笑みながら、エミリアはチグサに視線を送る。


「では、指導の内容を説明いたします。リリーナ様の魔法操作に関してはエミリア様が。クルル様の魔法戦術は私が。最後に、アンナお嬢様の魔力の流れを読む授業をアルお坊ちゃまが行ってください」

「「はい!」」

「……んっ? ちょっと待ってください、チグサさん!」

「どうしましたか、アルお坊ちゃま?」

「どうしたの、アルお兄様?」

「どうしたのって、今の話だと、俺だけ教わる立場じゃなくて教える立場になっていませんでしたか?」


 リリーナにはエミリアが指導する。クルルにはチグサが指導する。そこまでは理解した。

 なぜ最後だけということになったのだろうか。


「その通りですよ」

「いや、おかしくないですか? 俺も学びたいのですが……」

「アル君」

「アルお坊ちゃま」

「……はい」


 エミリアとチグサからの視線に背筋を伸ばしながら、アルは返事をする。


「「私たちから教えることはもうありません」」

「……そ、そんなあっ!?」

「すでに四属性の同時発動を習得されているのですから、魔法操作に関しては全く問題ありませんし」

「私と一〇本勝負をしても勝ち越されることの方が多くなりましたし」

「「全く問題ございません」」

「……はぃ」


 教えることはない、問題はない、と言われているのだから喜ぶべきところである。

 しかしアルは自分がまだまだ未熟だと思っており、指導を受けたいと考えていた。


「アルお兄様」

「……どうしたんだ、アンナ」


 肩を落としているアルに声を掛けたのはアンナだ。

 だが、その表情は少し落ち込んでおり、どうしたのだろうとアルは心配になる。


「私に魔法を教えるのは、嫌なのですか?」

「──! ま、まさか、そんなわけないだろう!」


 上目遣いに見つめられた瞳は僅かながら潤んでいるように見える。

 とても可愛がっている妹からそのようなことを言われてしまうと、アルとしては言い返せるわけもない。


「ですが、アルお兄様は、私が教わるのはおかしいと……」

「いや、あれはそういう意味ではなくてだよ? 俺も教わるのかなーって思っていたところに突然の提案だったから、驚いただけだよ!」

「……本当でございますか?」

「ほ、本当だよ! 俺がアンナのお願いを断るわけがないじゃないか!」

「……よかった。嬉しいです、アルお兄様!」


 アルは気づいていなかった。

 アンナの説得することに集中し過ぎて、自分の後ろではエミリアとチグサが握手を交わしていることに。

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