第37話:アルの指導
裏庭は広い。
それぞれのグループが離れて訓練するにも十分な広さを有しており、アルとアンナも壁際に移動して話し合いを始めていた。
「アンナは何を勉強したいんだ?」
「魔力を読む方法です!」
「さっき話をしていたあれか。だけど、それならエミリア先生から習った方がいいんじゃないか? 俺が読めるようになったのも、エミリア先生の指導があったからなんだぞ?」
「そのエミリア先生が、アルお兄様から習いなさいと仰ったんですよ?」
満面の笑みではっきりと言われてしまうと、これ以上の話し合いは時間の無駄である。
アンナのためになるようにと、アルはまず勉強の進み具合について聞いてみた。
「今は魔法操作をより正確にできるよう反復練習に取り組んでいます」
「アンナは水属性がレベル4だったよな」
アンナの属性は水属性がレベル4で心の属性、木属性がレベル3、土と光属性がレベル2になっている。
アルから見れば羨ましい限りなのだが、レベルが高いとその分制御するのが難しくなるので、魔法操作を反復することが多い。
「高いレベルの教え方なんて分からないんだけどなぁ……まあ、なんとかなるかな?」
「よろしくお願いしますね、アルお兄様」
変わることのないアンナの笑みに、アルも笑い返すと一つの提案を口にする。
「それじゃあ、アンナ。水属性の魔法を一度使ってみてくれないか?」
「それはいいのですが、強力な魔法の方がいいですか?」
「簡単なものでいいよ。その方が俺には分かりやすいからね」
「そうなんですか?」
首を傾げるアンナだったが、アルが言うのならそうなのだろうと思い誰もいない地面な向けて基礎的な水魔法を放つ。
「アクアボール」
手に持っていた杖を地面に向けると、先端から水の玉が顕現して地面を陥没させる。
「ふむ」
「……な、何か、ありましたか?」
アルが見ていたのは魔力を練り上げとアクアボールを形成する速度、そしてその威力。
練り上げから形成までの速度は申し分なく、威力に至っては基礎魔法とは思えない破壊力を持っている。
これだけのことができるならほとんどの人が太鼓判を押すだろう──アルでなければ。
「これはあくまでも俺個人の意見だが……僅かだけど魔力が漏れ出ているかな」
「えっ! ……全く分かりませんでした」
「そうだろうね。だって、魔力が漏れ出ているのはアンナからじゃなくて、アクアボールの方からだから」
「アクアボールから? でも、それだって感じ取ることは……」
「あぁ、ごめん。言い方が悪かったよ。アクアボールとは言っても、これは形成時に漏れ出ているわけじゃなくて、撃ち出すタイミングで漏れてしまっているんだ」
アルの言葉に、アンナの困惑はさらに深まってしまう。
「で、でも、魔法を撃ち出すには加速が必要です。その加速を作るには魔力を爆発させる必要があるので、漏れ出るのは仕方ないのでは?」
「その通りだけど、その量を限りなく少なくする必要があるんだ。そうだなぁ……」
呟きながら歩き出したアルは、アンナが陥没させた地面の中央に立ち振り返る。
そこで人差し指を立てると、その先端にロウソクと同じくらいの大きさで火を点す。
「アンナ、この火をアクアボールで消してくれるか?」
「えっ! あ、あの、アルお兄様? それはさすがに危険なのでは」
「普通の魔法師なら危険だろうね。だけど、俺なら問題ないよ」
「……それは理由になっていません!」
腰に手を当てて本当に怒っているアンナだったが、それでもアルは笑みを崩すことなく説明する。
「あはは、本当に大丈夫だから。でも、そうだなぁ……アクアボールの大きさと、加速に使う魔力を丁寧に操作してくれたらやりやすいかな」
「大きさと、加速に使う魔力ですね……わ、分かりました」
アンナが魔法操作を習っている時には地面だったり、案山子を目標にして魔法を撃っていたが、側に人がいたことなど一度もない。
今回は側にいる以上に近い。アル本人が火を点しているのだから当然だ。
目を閉じて大きく深呼吸を繰り返しているアンナ。
アルの表情は全く変わることなく微笑んでいる。
「……いきます」
覚悟を決めたアンナが目を開けると、杖をアルの人差し指に点っている火へと向けた。
「……アクアボール!」
形成されたアクアボールは先ほどと比べて小さく、アルの拳ほどの大きさだ。
火を消すには申し分ない大きさなのだが、ロウソクの火ほどに小さな目標を狙ったことのない杖の先端はカタカタと震えている。
数秒ほどして、意を決したアンナがアクアボールに加速をつけて撃ち出した。
「あっ!」
だが、緊張のあまりに過剰な加速がついてしまい狙いが逸れてしまった。
「お、お兄様、避けて!」
「大きさは問題なし、狙いと加速か……よっと」
「えっ?」
撃ち出されたアクアボールはアルの右腕に命中する軌道になっている。
だが、アクアボールはアルにぶつかる直前にその形を消失させてただの水になってしまった。
結果、アルの右腕は濡れてしまったものの怪我などは全くない──ただ。
「……ア、アルお兄様、今のはいったい?」
自らの魔力を注いで作り出したアクアボール。
そのアクアボールに対して、魔力が強制的に放出される感覚をアンナは覚えていた。
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