第35話:ラミアンの魔法
リリーナとクルルにはチグサが指導をすることになった。
自主学習と思えば問題はないのだろうが、二人のチグサを見る目がエミリアに向けられていた尊敬の眼差しに見えたのはアルの気のせいだろうか。
「……まあ、いっか」
「うふふ、面白いお友達ができたみたいですね」
「友達、ですか?」
「その通りです。まあ……」
「どうしました、母う……え?」
突然黙り込んでしまったラミアンに首を傾げながら質問するアルだったが、その表情を見た瞬間に寒気を感じてしまった。
「二人とも女の子なのは~、すこ~しだけ心配ではあるのだけれど~?」
「……えっ?」
「アルは男の子だから~、女の子ばかりとお友達になるのは~、母親として心配なのよ~?」
「……えっと、その、二人は普通の友人であり、別に特別な感情というのはないので、全然大丈夫です!」
自然と直立不動となり、突然の大声にリリーナたちが振り向いていたがチグサの声にまた顔の向きを変えていた。
「……まあ、いいですけれどね」
「あは、あははー。そ、それよりも母上! 先ほどの魔法なのですが聞いてもいいですか?」
「魔法? マジックウォールのことかしら?」
「そうだけど、あまりにも美しい魔力操作だったので」
「あら、ありがとう。アルにそう言ってもらえるのは嬉しいわね」
「どうして俺が言ったら嬉しいんだ?」
ラミアンは笑みを浮かべ、アルの頭を撫でながら答えてくれた。
「エミリア先生から聞きましたよ。アルは魔法操作に長けていると。それは先ほどの模擬戦を見ても明らかですけど。そんなアルに褒めてもらえたのだから嬉しいに決まっているわ」
「俺の魔法操作だなんて、まだまだです」
「謙遜してはいけないわ。四属性を同時操作だなんて、キリアンでもできるかどうかの芸当なのよ?」
「……キリアン兄上でも?」
この言葉にはさすがに驚かされた。
キリアンは魔法学園を首席で卒業した秀才だ。
属性レベルでも、魔法操作でも、過去の卒業生と比べても歴代一位だと言われている。
「そうですよ。今のをキリアンが見たら、跳んで喜んでいたかもしれませんね」
「お、大げさですよ。それよりも、母上のマジックウォールには無駄な魔力が何一つとして入っていなかったように見えました。あれはその……完全魔力操作ではないですか?」
魔力操作には優劣がある。
リリーナが言っていたように魔力操作が苦手な人の場合、魔法を発動できたとしても無駄な魔力が空気中に霧散してしまう。
魔力操作が上手い人ほど無駄な魔力が少なくなるのだが、全く無駄にしないというのは難しく、できたとしても全国でも数えるくらいと言われている。
だが、アルの目の前にはそれを実行した人物がいたのだから驚くのも無理はない。
全く魔力を無駄にすることなく魔法を発動させること、これを完全魔力操作と呼んでいた。
「そうですよ。ですが、私が完全魔力操作をできるのは光属性だけです。心の属性はレベルだけではなく、魔力操作も他の属性に比べて優遇されているのです」
「そうなんですね……でも心の属性って、俺の場合は全属性が心の属性ですよ?」
「ですから、期待しているのですよ。レベル1だからとて腐るわけでもなく、努力を積み重ねているアルにね」
「母上……」
「それにね、アル。期待しているのは私だけではないのよ?」
「えっ?」
ラミアンはそう言いながら視線をチグサへと向ける。
「チグサさんはもちろんですがエミリア先生も、レオンもね」
「父上も?」
「えぇ。三男だからって期待されていないと思っていましたか?」
「……はい。キリアン兄上やガルボ兄上もいますし、俺はレベル1しか持っていませんから」
三年前にチグサと全力で打ち合った時に話した通り、剣術を習わせてくれたのも三男だから自由にさせてくれているのだと思っていた。
「だからと言ってレオンが期待していないとは限らないわ。チグサさんを貸し与えてくれたようにね」
「それは……確かにそうですね」
「剣術を習うのだと聞かされた時にはさすがに驚きましたけど、今ではそれがアルの身になっているのだと一目で分かるのだから、あなたの選択が間違っていなかったということですね」
最初は困惑顔だったが、最後の方では優しい笑みを浮かべていた。
それだけでラミアンの言葉が本音だと理解できた。
そして、アルはそれが心の底から嬉しかった。
「……ありがとう、ございます」
照れ隠しから、アルは下を向いたままそう口にすることしかできなかった。
ラミアンもその気持ちが分かったからか、それ以上のことを口にすることはなかった。
「アールー!」
「アル様! 準備ができました!」
クルルとリリーナから声が掛かり、アルは慌てて壁際から離れて走り出す。
その背中をラミアンは微笑みながら見つめていた。
「……学園生活は大変でしょう。レベル1だからと嘲笑う者も出てくるでしょう。ですが、アルなら乗り越えられますよ」
誰にも聞こえないその言葉を残して、ラミアンは裏庭を後にした。
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