第32話:模擬戦

「まずはリリーナ様とクルルさんの連携を高めましょう。タイミングを見て、俺に魔法を放ってください」

「「……はい?」」


 突然の提案にリリーナもクルルも間の抜けた返事しかできないでいる。

 だが、アルとしてはダンジョンで何か危険が迫ったとしても自分だけなら切り抜けられる自信を持っているが、二人が同様に自信を持っているとは限らない。

 ならば、二人でも危険から切り抜けられるようにしておくべきだと考えたのだ。


「だから、魔法を俺に向けて放ってもらいたい──」

「だからの意味が分からないんだけど!」

「そ、そうですよ! どうしてアル様に魔法を放たないといけないんですか!」


 当然といえば当然の反論である。

 それでもアルとしては回避できる自信があり、なおかつ声を掛けながら連携を高めることができるのでこれ以上の方法はないと考えていた。


「安心してほしい。二人の魔法は俺には絶対に当たらないから」

「……それはそれで気に食わないんだけど!」

「……確かに、私も少しだけ負けたくなくなりました!」


 予想外の展開ではあるが、結果的にアル対リリーナとクルルの模擬戦が実現できたのだから文句は言えないだろう。


「それでは、二人はどうやって攻撃をしていくか相談してください」

「アルはどうするのよ?」

「俺は離れたところで準備が整うのを持ってます。でも、できれば他の生徒が来る前に一度は立ち合いたいですね」

「どうしてですか?」

「一応、ライバルになるわけですから手の内は晒したくないんですよ」


 笑いながらそう口にして壁際に移動するアル。

 そこから二人を眺めていると、何やら話し込んでいたのでしっかりと攻撃手段を相談しているようだ。


(……欲を言えば実力で俺に魔法を使わせてほしいけど、どうだろうか。魔法操作が苦手だと言っていたリリーナを相手にするのは問題ないかもしれないが、レベル3を持つクルルには注意が必要かもしれないな)


 アルはアルでどうやってリリーナとクルルに指導のヒントを与えながら戦おうかと考えていると、準備が完了したのか二人の視線がアルに向いていた。


「……やろうか?」

「絶対に降参させてやるんだからね!」

「が、頑張ります!」


 第五魔道場の中央に移動したアルと、対峙するリリーナとクルル。


「先に仕掛けて構わないですよ」

「……い、行きます! ──ウッドロープ!」


 声をあげたのはリリーナ。

 木属性の蔦が地面から生えてくると蠢きながらアルへと迫っていく。


「なるほど、動きを封じようという魂胆ですか」

「そ、それだけじゃありません! ──フラッシュ!」


 蔦の動きを捉えようと目を見開いていた相手の視界を白く染めあげる光属性のフラッシュ。

 強烈な光を放つだけの魔法だが、目眩しには十分使える。

 蔦に意識を集中させたところに強烈な光をぶつけて視界を奪い、その隙に蔦で絡め取り動きを封じる。

 リリーナは自分の魔法が決まると確信を持っていた。


「──良い組み合わせですが、フラッシュの発動までに時間が空き過ぎですね」

「あ、当たってない!?」

「だけど、私を忘れているんじゃないかしら!」


 蔦と光を回避したアルだったが、意識がそちらに向いていた隙を突いてクルルはアルの後方へと移動していた。

 放たれるのは当然ながらレベル3の火属性魔法。


「メガフレイム!」


 クルルの身長ほどもある巨大な火球が顕現すると、そのまま撃ち出されてアルの背中へと迫る。

 だが、アルはクルルの移動に気づいていた。


「良い判断ですが、あれだけ足音を立ててしまっては意味がありませんよ」

「か、回避された!?」


 アルは一度も振り返ることなく右に大きく飛び退いてメガフレイムを回避する。

 そして、メガフレイムは止まることなく直進を継続。その先にいたのは──


「えっ! ちょっと、クルル様!?」

「あっ、ヤバい。避けて、リリーナ!」


 メガフレイムの先には魔法を回避されて立ち尽くしていたリリーナ。

 すでにクルルの手を離れていたメガフレイムは物体に衝突する以外に消滅させる方法がない。

 リリーナにぶつかるか、避けて壁に激突するか。


「……うそ、無理!」


 だが、迫ってくるメガフレイムを目の前にしてリリーナの体は固まってしまった。

 このままではリリーナが大怪我を負ってしまう──その時だった。


「もう少しお互いの立ち位置について勉強するべきですね」


 いつの間にかリリーナの横に移動して来たアルが肩と膝に腕を回して抱き上げるとその場を離れる。

 突然の出来事に何が起こったのか分からなかったリリーナだが、メガフレイムが壁に激突して大爆発を起こすと目を点にして揺らめく炎を見つめていた。


「さすがはレベル3といったところか」

「リ、リリーナ! ごめんなさい、大丈夫だった?」

「……あ、はい。私は大丈夫です。アル様が助けてくれました……から……ああああぁぁっ!」


 クルルの言葉に返事をしていた時にリリーナは気がついた。今の自分の状況に。


「お、おひ! おおおお姫様抱っこおおおおっ!」

「ん? あぁ、すみませんでした、リリーナ様」

「こ、ここここちらこそ、ももも申し訳ございませんでしたです!」


 慌ててアルの腕から降りようとしたリリーナだったが、そのせいでバランスを崩してしまう。


「きゃあっ!」

「おっと!」


 アルは前のめりになったリリーナを前から抱き止めるようにして支えると、顔と顔が目と鼻の先にあることに気がついた。


「……はうあぁ」

「えっ! ちょっと、リリーナ様、リリーナ様!?」

「……あちゃー。今日はもう訓練は無理かなー」


 緊張がピークに達してしまったリリーナは気絶してしまい、アルは何が起きたのか全く理解できていない。

 唯一理由に気づいていたクルルだけが、慌てるアルの後ろで肩を竦めているのだった。

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