第33話:アルとクルル

 医務室に連れて行こうとしたアルだったが、なぜだかクルルに止められてしまった。


「どうしてだ?」

「これはまあ、怪我とかそういうものじゃないしねー」

「……どういうことだ?」

「……えっ、ここまで言ってもまだ分からないの? アルってもしかして鈍感?」


 溜息混じりにそう言われてしまっても、アルは何をどう返せばいいか分からない。

 仕方なくクルルの言う通りにして第五魔道場に併設されている救護室のベッドに寝かせることにした。


「なあ、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫よー。もう、アルは心配性なのねー」

「それは、いきなり倒れたら心配するだろう」

「はぁ。そりゃそうだけど、本当に大丈夫だから安心しなさいって」


 横になるリリーナの寝顔を横目に見ながら、アルはクルルと二人でゆっくりと話をしたことがないなと思った。


「クルルはどうして魔法学園に入学しようと思ったんだ?」

「ん? どうしてって、魔法が使えたら生活も楽になるからね」

「それだけか? だったら自分で勉強するくらいでもいいんじゃないか?」


 魔法学園に入学するには二種類の方法がある。

 一つ目が入学金を支払って入学する一般的な方法。

 二つ目が優秀な魔法適正を見せて入学試験を免除してもらう方法。

 ノワール家の場合は莫大ではないにしてもお金を持っている貴族なので、一般的な方法となる入学金を支払っての入学がアルの方法。

 優秀な魔法適正を見せて入学したのがキリアンやガルボの方法。

 特に二つ目の方法に関しては入学金も免除されるので優秀な魔法適正を持つ者は積極的に魔法学園へ入学しているのだ。


 クルルの場合は二つ目の方法が使えないので自ずと一つ目の方法を使うことになるのだが、入学金は安くはない。

 商人の娘だと言っていたが、それでも兄妹ともに魔法学園に入学させたとなれば相当な出費になっただろう。

 そこまでして魔法学園に入学したかった理由が気になったのだが、それが生活を楽にしたいからという単純な理由であるはずがないと考えた。


「……本当は、金属性の操作を勉強したくて入学したの」

「金属性? レベル3の火属性ではなくてか?」

「うん。商人の娘に火属性はあまり必要ないもの。金属性なら商品を自分で加工することもできたんだけど、レベル1だと商品になるようなものは作れないから」

「俺もエミリア先生にもそんなことを言われたな」

「やっぱり、そうなんだ」


 アルの何気ない呟きを聞いて、クルルは自分の金属性が役に立たないのだと確信を得てしまった。

 ――エミリア・ハルクライネ。

 本人に自覚があるかはさておき、エミリアはユージュラッドで知らない者がいないほどの有名人である。

 他の都市にも名前は広まっており、大きな貴族家が取り込もうと躍起になっていた時期もあったがエミリア自身が断っていた。

 それはノワール家に恩義があったからだが、それはエミリアとレオンだけしか知らないことだ。


「……あーあ、エミリア様がそう言っているなら間違いなさそうねー」

「それも努力次第じゃないのか?」

「そうは言ってもレベル1だよ? エミリア様だって商品になるようなものは作れないって言っていたんでしょ?」

「そうだけど、人一倍努力したらなんとかレベル2相当にはなるはずだがな」

「……えっ、そうなの? もしかして、アルがそうなの?」


 期待に満ちた目を向けられてしまい、アルはどうしたものかと考えたがここまで話をして何も教えないというのは無責任だと思い直すと、胸ポケットに入れていた銀のプレートを取り出した。


「な、なんでそんな物を持ってるのよ?」

「空いた時間で金属性の練習をしようと思ってな。これだけは素材がないとどうしようもないし」


 取り出した銀プレートは50グラムの重さがある。

 アルは銀プレートをベッド横に備え付けられている小さな机に置くと、その上に両手をかざす。


「これから俺が金属性を使用して一つの作品を作ります。その出来栄えを見て判断してください」

「……わ、分かった」


 クルルはゴクリと唾を飲み込みながら返事をする。

 そして、銀プレートに視線を集中させた。


「……では、いきます」


 そしてアルは金属性を発動させて銀プレートの加工を始めた。


「は、速い!」


 レベル1が商品に見合う作品を作れないのは、細かな操作が難しいという理由と、魔力を長い時間操作できないという理由が大きい。

 そのため、細かな意匠を施すこともできずに商品に見合う作品が作れないのだ。

 だが、細かな操作が難しいというだけで、できないわけではない。

 細かな操作ができるようになれば、短い操作時間であっても商品に見合う作品を作ることは可能なのだ。


「……さて、できましたよ」

「……こ、これだけの物を、レベル1で?」

「言ったでしょう。俺は全属性レベル1だって」


 出来上がったナイフを様々な角度から眺め、その出来栄えに惚れ惚れしているクルル。

 持ち手に施されたノワール家の家紋は、以前にアルがエミリアから貰ったフォークを真似たものだ。


「努力次第ではレベル1でもこれくらいできるようになるんです。ですから、レベルを諦める理由にするのはどうかと思いますよ」


 微笑みながらそう告げたアルに対して、クルルは満面の笑みを返したのだった。

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