第26話:ペリナ・スプラウスト

 大股でペリナに近づいていくアミルダ。

 その表情は憤怒に染まっており、ペリナは目を泳がせながら後退り。


「ペリナ! あんた、何を抜け駆けしているのかしら~?」

「も、申し訳ありません、アミルダ学園長!」

「確かに実戦授業をしてもいいとは言いましたが……この惨状はどういうこと?」

「それは、その……まさか、ここまで弱いとは思ってもいなかったので……」


 あはは、と笑いながらそう口にしたペリナ。

 アミルダは溜息をついているのだが、その後ろでは弱いと言われた女生徒が唇を噛みながら震えている。

 その様子に気づいたのはアルだけで、先生や生徒は誰も気づいていなかった。


「最近の指導方針ではこんなものでしょう。ですが、これからは変わります、私が変えます。ですが、いきなりこれでは生徒のやる気に問題が出てしまうでしょう」

「は、はい……」

「ところで……アル?」

「……な、なんでしょうか?」


 振り返ったアミルダはニヤニヤしながら顔をアルのすぐ横に持ってきた。


「……ペリナに勝ったのね? さすがだわ」

「……たまたまです」

「……たまたま、ねぇ」


 体を起こしたアミルダは無言のままペリナを見る。

 そのペリナは目をキラキラさせながら何度も頷いていることから、アミルダの意図を察したのだろう。


「……ペリナはそうは思っていないようだけど?」

「私はそのように思っています」

「……まあいいわ。今日はこの先走りっ子を成敗しに来たわけだからね」

「えっ! ちょっと、アミルダ学園長!?」

「これだけのことをしてタダで済むと思っているのかしら~?」

「……は、はああああぁぁぃ」

「今日の授業はこれまでー。Fクラスは帰宅していいわよー」

「「「「……あ、ありがとうございました!」」」」


 ポカンとしていた生徒たちもアミルダの言葉を受けて我に返ったのか、少しの間をおいて返事をしていた。

 アミルダとペリナが第五魔道場を後にすると、パラパラと生徒も外に出て行く。

 最後に残ったのはアルとリリーナ――そしてアルを怒鳴りつけていた女生徒だった。


「俺たちも行きますか」

「そ、そうですね」

「ちょっと、待ちなさいよ!」


 案の定というか、アルはさっさと出て行きたかったがそうもいかなくなってしまった。


「……なんでしょうか?」

「なんでしょうか? じゃないわよ! あんた、さっき何をしたのよ!」

「何をしたのかと言うと……スプラウスト先生との模擬戦の時ですか?」

「それ以外何もないじゃない!」


 いちいち怒鳴らないと気が済まないのかと内心で思いながら、アルは特に何もしていないと口にする。


「ただ歩いて魔法を回避し、そしてスプラウスト先生の間合に入っただけですが?」

「それが普通ではないから聞いているんじゃないのよ!」

「あ、あの、クルル様? それくらいにして、場所を移動しませんか?」

「んっ? ……あぁ、分かったわ。とりあえず教室に行きましょう。そこでさっきのことを詳しく聞かせてもらうからね!」

「……はぁ」


 ただ歩いていた、それが全てなので何を説明するべきか考えながら、アルは教室へと戻って行った。


 教室にはすでに誰も残ってはいなかった。

 自主練習もしないのかと嘆息しながら帰り支度を進めていたのだが、第五魔道場でのことを聞くまでは帰さないとドアの前にクルルが仁王立ちしている。


「……一応、自己紹介だけでもしてくれるか? なんて呼んだらいいのか分からないんだが」

「……クルル・リーズレットよ」

「アル・ノワールだ。さっきの模擬戦についてだったよな」

「そ、そうよ! 魔法に対して生身で太刀打ちできるなんてあり得ないわ、何かしたんでしょう!」

「本当に何もしていないんだが、そうだなぁ……クルル、この棒で俺を殴ってくれないか?」

「……はあっ!? あんた、何を言っているのよ!」


 突然の暴挙と言える発言にクルルは大声をあげ、リリーナは目を丸くして固まっている。


「何をしたか知りたいんだろう? だったら、実際に体験してもらった方が早いと思うんだが、どうだろうか」

「……わ、分かったわよ! もう、どうなっても知らないからね!」


 アルが手渡した棒を両手で握るクルル。

 その手が震えており、棒もカタカタと音を立てている。


「……大丈夫ですよ。絶対に当たりませんから」

「絶対にって……言ったわね!」


 怒り出したクルルだったが、アルはその姿を見て微笑んでいた。

 棒で殴れと言われて手を震わせているということは、誰かを傷つけることに忌避を抱いている。

 それは、クルルが優しい人物であるということだ。

 少しだけ悪いことをしたなと思いながら、大きく振り上げられた棒を見つめながら体を半身にして紙一重の回避をして見せた。


「……えっ?」

「今みたいに、攻撃の軌道を読み、そしてギリギリで避ける。あえてギリギリで避けることで相手に当たったと思わせることで隙を生み出し、間合いに入って行ったんですよ」

「……ちょっと待ってよ! そんな簡単に言うけど、それを魔法相手にやったって言うの?」

「まあ、軌道が読めれば魔法でも棒でも変わらないですよね?」

「……あの、アル様? 普通はそのようなことできないと思いますけど?」

「そうなのですか?」


 リリーナの補足を受けた後、三人は顔を見合わせながらしばらく無言が続くのであった。

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