第25話:実戦授業

 ユージュラッド魔法学園には魔道場が五ヶ所ある。

 第一魔道場が一番大きく、第五魔道場が一番小さい。

 Fクラスが使うのはもっぱら第五魔道場なのだが、今日は他の魔道場に人の姿はない。

 当然だ、他の学年もクラスも授業初日は過去の例に漏れず講義を受けているのだから。

 ペリナの提案によって第五魔道場にやって来たFクラスの生徒たちだったが――そこには死屍累々に近い状況が出来上がっていた。


「——遅い」

「ぐわあっ!」

「——弱い」

「きゃあっ!」

「——雑魚」

「あべりゃっ!」


 実戦の相手を務めているペリナからは全力で向かってくるようにと言われている生徒たちは、言葉通りに全力で魔法を使ってしまった。

 相手の力量も分からないのに。

 結果として、放たれた魔法は全てペリナに防がれ、返され、防御魔法も粉砕されている。


「……まあ、この結果も冷静に考えれば当然だよな」

「アル様、どういうことですか?」


 独り言のつもりだったのだが、隣にいたリリーナには聞こえていたようで相づちが返ってきた。


「スプラウスト先生は魔法学園の教師になるくらいの実力者ですよ? そのような相手にレベル1や2しか持たない俺たちが敵うはずがないんです」

「でも、人数で言えば私たちの方が多いですが?」

「確かに人数だけを見れば有利かもしれません。ですが、それは連携が取れた場合の話です……ほら」


 そう言ってアルが指差した先では二人の生徒が魔法を放とうとしている――だが、同じタイミングで放ってしまい空中でぶつかり合って爆発してしまっている。


「……ああいう自滅行為がいたるところで起きているんです。数だけ勝っても意味がないということが一目で分かるでしょう?」

「……確かに、仰る通りですね」

「ちょっと、アル・ノワール!」


 壁にもたれながら話をしていたアルに対して一人の女生徒が怒鳴り声をぶつけてきた。


「さっきから何もしてないじゃないのよ! あんたも参加しなさい!」

「いや、俺は止めた立場だから参加はちょっと……」

「いいからこっちに――きゃあっ!」


 話の途中で水魔法がアルと女生徒の間を通り過ぎていく。

 魔法を放ったのは当然ながらペリナである。


「……スプラウスト先生」

「アル君とリリーナさんも参加しなさい。でないと、本日の授業を欠席扱いにしますよ?」

「……ずいぶん横暴なやり口ですね」

「私は見てみたいんですよ」

「見てみたいって、何をですか?」


 先ほどまではふざけたような表情を浮かべていたペリナだったが、アルの質問に対して答える瞬間、鋭い視線が眼鏡の奥でギラリと光った。


「アミルダ学園長の阻害魔法を見抜いたという、あなたの実力ですよ」

「……実力って言われても、俺はレベル1しか持たないFクラスなんですが?」

「だからこそ不思議なのよね~。レベル1の生徒がアミルダ学園長の魔法を見抜いたなんて、普通じゃあ考えられないもの~」


 最後の方はふざけた表情でニコニコと笑っていた。

 溜息をつきながら壁を離れて歩き出したアル。


「ア、アル様……」

「大丈夫ですよ、リリーナ様」


 心配そうな声を掛けてきたリリーナに笑みを返し、アルはペリナの方へ歩き出す。


「……ちょっと、アル・ノワール! あんた、魔法は!」


 先ほどの女生徒が大声をあげるがアルは気にすることなくそのまま歩いていく。

 その様子にペリナは怪訝な表情を浮かべる。

 しかし、アルの実力を確かめたいという本音がペリナに行動を起こさせた。


「アクアショット!」

「……はぁ」


 魔力を練り上げる予備動作もなくペリナは水の弾丸を撃ち出すアクアショットを放つ。

 その瞬間、アルは溜息と同時に歩幅を半歩横にずらして回避する。


「……え?」

「……今、何をしたの?」


 後ろからリリーナと女生徒の声が聞こえてきたが、アルは気にすることなくペリナに近づいていく。


「……はは、はははっ! 面白いわね、アル君!」

「俺は面白くないですよ」

「アクアショット! アクアショット! アクアショット!」

「ちょっと、先生! やり過ぎです!」

「はっ!」


 リリーナが悲鳴にも似た声をあげ、我に返ったペリナだったが――時すでに遅く無数のアクアショットがアルめがけて撃ち出されていた。

 ペリナが持つ水属性のレベルは3。

 レベル1しか持たないアルでは防ぐことはできず、回避するにも数の暴力によりその隙間が見いだせない。

 このままでは怪我だけでは済まない可能性もある。


「ヤバっ!」

「ふっ!」


 ペリナの集中力が一瞬だが途切れた。

 その瞬間を見逃すことなく駆け出したアルはアクアショットが殺到する前に、まだ隙間が僅かながら大きいタイミングを見極めてかいくぐる。

 それでもアクアショットの威力により衣服が破け、皮膚の薄皮が切れて血液がわずかに舞う。

 しかし、それで勝負が決するのなら安いものだった。


「……俺の勝ちで、いいですか?」

「……アミルダ学園長の目は、正しかったということですね」


 アルはペリナの目の前で立ち止まりニコリと微笑んでいる。

 その笑顔に寒気を感じたペリナだったが、それと同時に高揚もしていた。


(これだけの逸材を育てられるなんて、私はなんて恵まれて――)

「ぺーリーナー! あんた、何やってるのよー!」

「ア、アミルダ学園長おおおおぉぉっ!?」


 しかし、アミルダの怒号が第五魔道場に響き渡ったことでペリナの高揚は一気に冷え固まってしまった。

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