第8話:ラミアン・ノワール

 ノワール家の屋敷はとても広い。

 部屋数は一〇以上あり、お風呂は三ヶ所、その他にも様々な用途の部屋があるのだが、これで下級貴族邸なのだから中級や上級貴族はどれほど大きいのかと考えてしまう。

 歩き慣れた廊下を進んでいくと、目的の部屋の前に到着したアルはドアをノックする。


『──どうぞ』

「失礼します!」


 返事を待ってアルはドアを開ける。

 ラミアンは椅子に腰掛けてアルを見ながら微笑んでいた。


「アルではないですか。お入りなさい、今日はどうしたのですか?」


 アルはラミアンが大好きだ。

 貴族だからと威張り散らすこともなく、子供に貴族とは何かを押し付けることもせず、それでいてダメなものはダメだとはっきりと言ってくれる。

 どちらかといえば一般民よりの考え方をするラミアンだが、実のところ出身がそうなのだから仕方がない。

 だからこそ、アルはラミアンが大好きなのだろう。

 前世が田舎の村出身だからか、貴族の派閥争いみたいないざこざがなく、周りと仲良くし合う暖かさがアルの心を落ち着かせてくれるのだ。


「今日、エミリア先生から魔法適正について教えてもらったんです!」

「まあ! そうね、もうそういう時期なのですね」


 ラミアンはアルの頭を撫でながら感慨深そうに呟く。


「それで、光属性があったので母上のお手伝いをしたら、練習にもなるし良いのではないかと先生から教えてもらったのです!」

「それでは、アルは私のことを手伝ってくれるの?」

「はい! 洗濯物の消毒くらいならできるかと……その、レベル1だったので……」


 最後の方は尻すぼみになってしまったが、ラミアンは気にすることなく満面の笑みで喜んでくれた。


「ありがとう、アル。でしたら、これから裏庭へ移動しましょうか。今なら、干されている洗濯物があるはずですからね」

「はい!」


 立ち上がったラミアン──だったが、フラリと体が揺れたのでアルは慌てて肩を支える。


「だ、大丈夫ですか、母上?」

「……ふぅ、大丈夫ですよ、アル。少し目眩がしただけですから」


 ラミアンは体が悪かった。

 結婚当初はとても元気でレオンともよく散歩に出掛けていたのだが、貴族生活がなかなか馴染まなかったのだろう。

 日常生活には支障はないのだが、激しい運動や突然動こうとすると目眩を覚えてしまう。


「うふふ、アルが手伝ってくれるのというものだから、嬉し過ぎて興奮してしまったようだわ」

「き、気をつけます」

「冗談ですよ。それでは行きましょうか」


 楽しそうに笑いながらもう一度立ち上がり、呼吸を整えたラミアンは部屋を出る。

 アルも続いて部屋を出ると、話をしていた通りに裏庭へ向かった。


 天気も良く、日差しが裏庭の芝生を照らし、洗濯物にも十分に日が当たっている。

 メイドが掃除をしているところで、アルとラミアンが姿を見せると手を止めてお辞儀をする。


「続けてください」

「かしこまりました」


 ラミアンの合図で再び掃除を始めたメイドは、時折二人に視線を向けている。

 何をするのか気にしているようだ。


「こちらの洗濯物で試してみましょうか」

「えっ? でも、これは母上のお洋服ですよ? 始めての魔法ですし、俺の洋服でやった方がいいのでは?」

「いいのよ。自分の物では失敗してもいいかと思うかもしれませんからね。これが誰かの物なら、失敗してもいいとは思わないでしょう?」

「……き、厳しいのですね」

「うふふ、やってもらうからには徹底的にやってもらわないとね」


 ラミアンは優しいのだが、勉強と名の付くものに関してはとても厳しい一面を見せることがある。

 これはラミアンが幼い頃、満足に勉強することができなかったことに起因している。

 だが、こういう一面もアルは気に入っていた。

 勉強することにおいて、アルも実直に取り組む性格だからだ。


「……分かりました」

「うふふ、その意気ですよ」


 何度も深呼吸を行い、アルはラミアンの洋服を見つめながら魔法を発動するために気持ちを落ち着かせていく。

 光属性の魔法に関してもイメージが大事になってくるのだが、火や水とは異なり目に見えるものを操るわけではない。

 目に見えないものをイメージで消毒や滅菌させる必要があるので、より強固なイメージ力が必要とされる。


(イメージするのは、目の前の状況と同じこと。太陽の光を浴びて、暖かい香りになる、そんなイメージ)


 一度目を閉じてイメージを固めると、ゆっくりと開けて両手を洋服へと向けた。


「はあっ!」


 体内から魔力を、光属性の魔力を放出する。

 不思議なことに魔力を放出しようと意識すると、どの属性の魔力かが自然とイメージできるようになっている。

 魔力が体の中を通り、その途中で属性が上塗りされるような感覚。

 魔力を色で表すなら、光属性は白色だった。

 そして、今まさにアルの両手からは白色の光が溢れだし、洋服を包み込んでいる。

 しばらくして光が消えると、ラミアンが洋服へと近づき、手で触れ、香りを確かめていた。


「……アル、光属性で今の魔法を使ったのは初めてなのよね?」

「は、はい。……あの、ダメでしたか?」


 少し困惑しているようなラミアンを見て、アルは心配そうに声を掛ける。

 そのことに気がついたラミアンはすぐに笑みを浮かべてアルを手招きした。


「いいえ、完璧だわ。ちょっと驚いてしまったのよ。ほら、こちらに来て香りを確かめてごらんなさい」


 小走りに駆け寄ったアルは洋服に鼻を近づけると、まるで太陽に何時間も当てたかのような暖かな香りが胸一杯に広がった。


「ありがとう、アル」

「は、はい!」


 この後はメイドとも話をして、残る洗濯物にも光属性を使っていくアルなのだった。

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