第5話:答え

「……いいだろう」

「……えっ?」

「だ、旦那様!?」


 レオンの答えは、まさかの許可だった。

 アルは剣術を学ぶにあたり何か糸口が見つけられればと思っていたのだが、現時点で許可を貰えるとは思っておらず口を開けたまま固まってしまった。


「さすがにこれをキリアンやガルボに言われたら、私も許可はしないだろう。だが、アルは三男だからな。ノワール家に留まることもできるが、立場は厳しいものとなるだろう。ならば、私はできる限りアルの好きなようにさせてあげたいのだよ」

「……ち、父上」

「ただし、やるからには真面目に取り組みなさい。そして、先ほども言ったが剣術は過去の産物だ。それを学ぼうとするだけでも周りからは奇異の目を向けられるだろう。その覚悟はあるのか?」

「はい!」


 魔法を学ぶことが当然、剣術を学ぶことは一切ないと言われているこの世界で剣術を学ぼうというのだから、それくらいのことは当然だと分かっている。


「そして、それはアルだけではなくノワール家にも向けられることになる」

「……あっ」

「私は構わんよ、やることは変わらんからな。だが、もしかしたらキリアンやガルボからも、身内からも奇異の目を向けられるかもしれないが、その覚悟はあるのか?」


 アルは剣術を学べれば問題ないと思っていた。そのために今も行動している。

 だが、自分ではなくノワール家に迷惑を掛けることになるとは考えてもいなかった。


「……それでも、俺は剣術を学びます!」


 しかし、ここで引いてしまってはレオンの気持ちが変わってしまう。

 レオンは言ったではないか、私は構わないと。ならば、ここで引いてしまうのは逆効果だと判断した。


「……そうか、分かった。私も言ったことを覆すわけにはいかんからな」

「あ、ありがとうございます!」

「だからと言って魔法を学ばなくていいということにはならないからな。魔法もエミリアからしっかりと学び、そのうえで剣術を学ぶんだぞ」

「分かりました! エミリア先生、よろしくお願いします!」

「……は、はあ」


 エミリアの気の抜けたような返事に、アルが部屋に来てから初めてレオンが笑みを浮かべた。


「なんだその返事は」

「いえ、その、なんというか、とても驚きの答えだったもので」

「そうか? 子供の願いをできる限り叶えるのも親の役目だと思うがな」

「そうですけど……まあ、私も長年ノワール家の家庭教師を務めてまいりましたが、まだまだ旦那様のことは分かっていなかったということですね」

「そういうことにしておこう」


 レオンとエミリアの会話を聞きながら、アルはこれからどうやって剣術を学ぶべきかを考えていた。

 部屋でできることは体づくりくらいだろう。木剣でもあれば素振りくらいならできるかもしれない。

 思考が剣術へ飛んで行きそうになっていたアルだが、それはレオンの声に遮られた。


「——アル!」

「わあっ! す、すみません!」

「全く、まだ話の途中だぞ」

「……はい」


 アルの肩を落とした姿にレオンは苦笑しながら、話の続きをエミリアに任せた。


「次の話は魔法の勉強方針についてです。アル君は全属性持ちという珍しい適正ですが、レベル1なので何度も言っていますが強力な魔法は使えません。なので、まずは全ての基礎魔法を覚えていただきます」

「……基礎魔法、ですか?」

「はい。属性については部屋でお伝えしますが、簡単に言えば各属性に類するものを操れるようになることが基礎魔法の一つです」

「それができるようになれば、剣術に――」

「アル君? まずは魔法の勉強からです。剣術についてはその後にしてくださいね?」

「……は、はい!」


 いつもは笑顔で優しく勉強を教えてくれるエミリアが、笑顔のまま睨みつけるという器用な真似をしてきたのでアルは何も言えなくなってしまった。


「……では、話を続けます。基礎魔法が使えるようになったら、次は各属性を増幅させることを学びます」

「増幅?」

「はい。ただ属性に類するものを操るだけでは大きな成果は得られません。これも後ほど説明しますが、属性を増幅させることでより大きな成果を得られるのです」

「……は、はあ」

「うふふ、やはり言葉だけではうまく伝わりませんね。旦那様、私とアル君はそろそろ部屋に戻ってもよろしいですか?」


 今日から勉強を始めるのだろう、エミリアはレオンに退出の許可を求めてきた。


「あぁ、構わんよ。それとな、アル」

「は、はい!」


 退出しようとしていたアルの背中に声が掛けられたので、慌てて振り返る。


「剣術の勉強だがな、申し訳ないが何が必要なのか私にはさっぱり分からん。だから、もしお前が必要と思うものがあれば言いなさい。あまり高価なものは買ってあげられないが、多少は援助できるだろうからね」

「……は、はい!」

「ただし! ちゃんとした理由も付けてね。私を納得させられなければ援助はできんぞ」

「分かりました!」


 体ごと振り返ったアルは力強く頭を下げると、エミリアと一緒にレオンの部屋を後にした。


「……神のお告げか。面白いことを言うものだな」


 レオンはアルの魔法適正が浮かび上がった布を眺めながら、そんなことを口にしていた。

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