第4話:レオン・ノワール

 しばらく待っているとメイドがアルを呼びに来てくれた。

 行き先はもちろん父親であるレオン・ノワールの自室だ。

 ドアをノックしたメイドがそのまま開くと中へと促されたので、アルは一度深呼吸をして部屋に入った。


「し、失礼します」

「うむ、よく来たな、アル」

「お待たせしてしまってすみません」


 部屋にはレオンだけではなくエミリアの姿もある。

 執務机の椅子に腰掛けたレオンの後ろに立つエミリア。そして、机の上には先ほど魔法適正を確認するために使用した布が広げられていた。


「こちらに来なさい」

「はい」


 アルの頭の中は剣術の有無についてで一杯になっていたが、レオンの言葉を無視することはできないので執務机の前に移動する。


「部屋の方でエミリアから説明があったかと思うが、アルの魔法適正について伝えておこう」

「……はい」


 元気のないアルにエミリアは首を傾げていたが、レオンは気にすることなく話を続けていく。


「端的に言えば、アルは全属性を持っている。だが、その全てがレベル1なので強力な魔法は使えないだろう、とのことだ」

「そう、ですか」


 ここまで話したところで、レオンもアルの様子がおかしいことに気がつきエミリアへ視線を向ける。

 しかし、エミリアもアルが元気のない理由に心当たりがないので首を横に振った。


「……アル、どうしたんだ? 調子でも悪いのか?」

「あっ! いえ、そういうわけでは……あの、父上、お聞きしたいことがございます」

「なんだ、言ってみろ」


 レオンの言葉にアルは勇気を振り絞って聞いてみた。


「ち、父上! 俺は、剣術を習いたいんです!」

「……け、剣術、だと?」

「はい!」

「……ア、アル君? あれは冗談ではないのですか?」

「冗談ではありません! 俺は、剣の道を究めたいんです!」


 今までは子供だから物騒なものから遠ざけられているとばかり思っていた。

 だが、実際は剣術自体がなく魔法主体の世界になっていたなんて思いもしなかった。


「……アル」

「は、はい!」

「剣術などは一切学ばない。学ばせもしない」

「ですが!」

「この世界において、魔法は絶対的な評価基準だ。魔法が使えなければどれだけ博識な人間であっても評価されることはなく、逆にどれだけ無知な人間であっても魔法が巧みであれば評価されるのだ。アルは、評価されない側の人間になりたいのか?」

「そ、それは……」


 ここまで言われては何も言い返せなくなってしまう。

 現時点でのアルは無知でありながら魔法も使えない最低の立場にある。そこで剣術に身を置けば、それこそ最底辺の人間になってしまうのだ。


「……で、でも、父上は先ほど言いましたよね?」

「何をだ?」


 しかし、アルは諦めていなかった。

 これでは何のために転生したのか分からなくなってしまう。

 そして、転生のために能力を与えてくれたヴァリアンテに顔向けができないと。


「僕は、使、と」

「……あぁ、言ったな」

「であれば、僕が魔法で高評価を残すのも難しいと思うのです」

「ちょっと、アル君!?」

「構わん、続けろ」


 止めに入ろうとしたエミリアをレオンが制したところで、アルは言葉を続けていく。


「魔法で高評価を残せなければ、結局のところ僕はそれまでの人間で終わってしまいます。ならば、魔法以外のところで評価を得られる部分を見つける必要があると思うのです!」

「それが、剣術だとアルは言いたいのか?」

「はい!」


 転生して今までで一番大きな声を出したアルに、レオンは腕組みをしながら目を閉じる。

 考えるまでもないと一蹴されてしまいそうな暴論なのだが、レオンはそれをすることなく自分の中でしっかりと考え、そして結論を出そうとしている。

 ノワール家が貴族として生き残っているのは、レオンの思慮深さがあったからだと屋敷にいる全ての者が考えていた。

 それはノワール家の三男として転生し、ここまで一緒に暮らしてきたアルも同様だ。

 だからこそ、アルは自分の気持ちに素直になって思いを伝えたのだ。

 レオンならば、一蹴することなく必ず何かしら答えを出し、それを伝えてくれるだろう。

 そうなれば、アルとしても今すぐに剣術を学べないとしても先の未来では剣術につながる糸口を見つけることができるかもしれないと。

 そして、長い時間を思考に費やしたレオンが、ゆっくりと口を開いた。


「……アル、一つ聞かせてくれないか?」

「……はい」

「なぜ、剣術だと思うんだ? なぜ、剣術だと言い切れるのだ?」

「それは……」


 ここで答えを間違えてしまっては、糸口すら見つけられない気がする。アルは不思議とそう確信してしまった。


「……神のお告げです」

「……神、だと?」


 あらゆる言葉を尽くすことも短い時間で考えたが、その場しのぎの言葉ではレオンに響かないことは分かっている。

 ならば事実を告げるべきだろうと判断した。


「俺は、夢の中で神のお告げを聞きました。神の名前はヴァリアンテ様。女神ヴァリアンテ様は、俺に剣術の能力を授けると言ってくれたのです」

「女神ヴァリアンテ? ……聞いたことがありませんね」


 エミリアは疑問顔でアルの話を聞いているが、レオンは真剣なまなざしを向けてくれている。


「だからこそ、俺は剣術を学び、剣の道を究めたいのです。過去の産物だと言われようとも、俺が生きていくには剣術が絶対に必要なのです!」


 アルは視線をレオンから一度も逸らすことなく言い切った。

 後は待つだけだ、レオンの答えを。

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