第3話:死してなお、高みを目指して
──とある貴族家に一人の男児が生まれた。
名前をアル・ノワールと名付けられた男児は、健康ですくすくと育ってきた。
ノワール家の三男として生を受けたアルは、優秀な長男がいることから当主を継ぐ予定もなく、両親からも自由に生きろと言われている。
そんなアルだが、とある人物が転生した姿だった。
「──ここから、剣の道を極めるのか」
そう、アルベルト・マリノワーナが転生した姿こそ、アル・ノワールだった。
精神はアルベルトなのだが、その言動はその時々のアルベルトの年相応だったことに不思議な気分を味わっているアル。
それでも、剣の道を極めたいという思いがあればそれでも構わないと口にせずとも思っていた。
「ヴァリアンテ様は、俺の思うがままに生きろと言ってくれたんだ。ノワール家の三男として生まれたのも、ヴァリアンテ様の祝福だったのかもしれないな」
貴族家でありながら自由に生きられる、このことにアルは感謝していた。
実際のところはたまたまなのだが、そのことをアルが知るよしもない。
ただ、自由に生きるとはいっても何でもしていいわけではない。当然ながら最低限の教育は必要であり、アルも成人するまでは義務教育を受けなければならない。
「教育を受けられるだけでもありがたいことだな」
アルベルトの幼少期は田舎だったこともあり満足のいく教育を受けることができなかった。
言葉通りに最低限の教育は受けられたが、学びたいと思ってもそれ以上を学ぶことは難しい。
下級貴族とはいえ貴族は貴族である。ノワール家の教育が最低限であるはずはなく、アルが望めばある程度の予算は出してくれるだろうと考えていた。
「剣術学校とかもあるんだろうか。今度、先生に聞いてみようかな」
先生、というのは家庭教師のことである。
ノワール家では学校に通うことができる12歳までは家庭教師が一般教養を教えてくれる。
今のアルは6歳なのでまだ先なのだが、今のうちから自分が通うかもしれない学校について知っておくのも悪くはないだろう。
そんなことを考えながら家庭教師を部屋で待っていると、いつもと同じ時間にドアがノックされた。
「はい! 今開けます!」
アルはすぐに椅子から立ち上がりドアを開けると、そこには祝日以外は顔を合わせている家庭教師が笑顔で立っていた。
「おはようございます、アル君」
「おはようございます、エミリア先生!」
アルの部屋に入ってきたのは、家庭教師のエミリア・ハルクライネ。
「今日もよろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします!」
挨拶もそこそこにアルは勉強机のところへ歩き出したのだが、その背中にエミリアから声が掛かる。
「あぁ、アル君。今日は特別授業を行いますよ」
「……特別授業?」
突然のことに困惑しているアルに、エミリアは勉強机ではなく来客用の机を指し示した。
アルは示された通りに来客用の机の前に座ると、エミリアは机の上に何やら複雑な模様が描かれた布を敷く。
意味が分からずにアルはエミリアに視線を向けた。
「この魔法陣では、アル君の魔法適正を判別することができます」
「魔法適正ですか?」
剣の道を極めたいと思っているアルからすると無意味なことだと思い、ちょうど良い機会だと学校について聞いてみることにした。
「エミリア先生。俺は剣の道を極めたいと思っているんですが、学校では剣術を学ぶことはできますか?」
「剣術? アル君は何を言っているのですか? 我々が学ぶのは魔法のみであって、剣術などといった過去の産物は一切学びませんよ」
「……か、過去の産物?」
まさかの答えにアルの頭の中は真っ白になってしまった。
剣の道を極めるために転生し、その能力だってこの体には備わっているはず。
だというのに、剣術が過去の産物だというのだ。
「そうです。とりあえず、この魔法陣に両手を置いて」
「……は、はい」
考えがまとまらなくなってしまったアルは言われるがままに両手を魔法陣の上に置く。
何やらエミリアが詠唱句を読んでいるが頭に入らない。
(……け、剣術が、過去の産物? どういうことだ?)
最悪の可能性が頭をよぎり、転生したこの体でこれからどうしたらいいのか。
そんなことを考えていると──魔法陣から七色の光が淡く溢れだした。
「……ほう、これは、なんというか」
頭が真っ白なアルでも淡く輝く七色の光は美しいと思えたのだが、エミリアの反応はあまり芳しくない。
「どうしたんですか?」
「……いえ、そうですか。結果は旦那様から教えてもらってくださいね。私は少し席を外します」
「……はい」
部屋を出ていくエミリアを見送ったアルは、力が抜けたようにドカッと椅子に腰掛けた。
「……剣術が、ないのか? まさか、全くないってことは、ないよな?」
アルが転生したこの世界は魔法国家カーザリア、そこの辺境にある都市ユージュラッド。
一抹の不安を抱きながら、アルは父親からの呼び出しを待つことにした。
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