第22話 決戦!勇者vs魔族 その壱

「あ~あ勿体無かったなぁ。戦場となったあそこには、大量の魔石が転がっていただろうけど…。」


 先輩はそう言って口惜しそうに爪を噛んでいる。ただ、魔物が全滅したわけではないので、国境付近の冒険者が私利私欲のために拾いに行くことも、しばらくはないだろう。すると、船長が私達の方向を向いて言う。


「ところで、飛空艇こいつの動力はどのくらい稼働するんだ?」


 先輩は少しだけ頭の中で考えた後に答えた。


「フル充電してあるから…。多分、そのまま飛行を続けた仮定すれば、あと3の刻を過ぎるくらいまでは飛べると思う。」


 つまり、空中待機ならあと3時間と言う事。それまでに敵の親玉を叩いて戻らなければならない。


「十分なようで短い。そんな時間ですね。」

「ああ、だがあんたらが本当の勇者ならやってくれる。俺は、いや俺達はそう信じている。」


 顔に似合わず、船長はそんなな言葉を投げかける。


「ふふっ。船長さんに似合わない台詞じゃないですか?」

「ヴィーダだ。」


「え?」

「俺の名だ。一度しか言わない。必ず帰って来い。」


 私達は、それまで全く聞きもしなかった船長の名前を、初めて耳にした。


「行ってきますね。ヴィーダ船長。」


 私達はそう告げると飛行艇の甲板へ向かう。高度を下げたとはいえ目測で数百メートルはある高さ。異世界に来る前は5階建てのアパートの5階に住んでいて、遊園地のジェットコースターも嫌いじゃない性格とはいえ、さすがに高層電波塔の天文台よりも高い所は飛行機以来。しかも船を改造した飛空艇だけに、上空の強い風が二人の体を押し返す。


「この風…なんとかならないの?」


 高所の恐怖よりも先に、風でおかしな方向に飛ばされてしまう事が心配でした。


「風の魔法を使えば、抵抗を抑えられると思うけど、ポイントを無駄にしたくないのよね。」

「確かに…敵の強さも分からない以上、下手にスキルを増やしても…ってイサミン、限界突破してるんだから少しくらいはいいじゃない?」


 先輩の言いたい事も分かります。私のレベルが限界突破している以上、カンスト(レベル99)してしまった先輩よりもスキルポイントに余裕があるのは明白。そんな私がポイントをケチってどうすると言いたいのでしょう。


「先輩、このまま行きます。まだ成功した事が無いけど、飛翔魔法を使ってみます」

「えええええ!?」


 今まで頑張っても、しかできなかった飛翔魔法。ぶっつけ本番失敗したら地面に激突、魔王退治どころの問題ではなくなってしまう。


「あああ、こんな事ならパラシュートも作っておくべきだったぁ~」


 この世界に鳥類のような空中を自在に飛行できる生き物以外で、空を飛んだ事が無い世界で、パラシュートと言う技術自体が発展していない。つまり飛行艇が撃墜された時は、搭乗者の命を守るものは何も無いのです。


「先輩、今まで一人でこの飛翔魔法を練習してきましたけど、成功しない理由はなんとなく分かるのです。」

「イサミン、どういうこと?」


「私は…空飛ぶ系の漫画を見てない!!」

「え?どういう事?」


「だから…こう…、ファンタジー的な…。主人公が空を飛んだりなんて頭の中に無いから飛べないんだと思うの」

「それじゃあ飛べないじゃん!イサミン」


「だから!教えてください!先輩。私にいったい何が足りないのかを!」

「教えるって…どうやって?頭の中でも覗き込んでみる?」


「… … …それだ!先輩、一番記憶にある主人公が飛べる作品を思い浮かべてください!」

「ん?良いけど…?」


 私はスキルコンソールを開き、公開されている基本スキルをいくつかピックアップする。記憶を操作するスキルはこの世界の基本スキルには無い。しかし、今の私達にはスキルを作り出す力がある。


「先輩!失礼します!!」


 そう言うと私は、先輩の額に自分の額を思いっきりぶつけた。


「いったぁぁぁぁい。いきなり何するのイサミン。」

記憶転写Memory transcription


「はぁ!?」

「先輩が今、心の中で思い描いた世界、マンガ?アニメ?とにかくを私の脳にさせてみたのです。」


 私に足りない物。それは『ヲタクの知識』による想像力。ゲームはやっていたけれど、そのゲームでは空を飛ぶ機能が無かったし、リアルで飛行機にすら乗った事が無い私は、空を飛ぶイメージが湧かなかったのです。


「これなら…イケそうな気がしてきました。先輩、私の手をしっかり握っていてください。」

「お…お手柔らかに…ね」


 私は目を閉じ、先輩から貰ったイメージを膨らませる。自分が空中を舞っているイメージ。


飛翔Flying


 すると今まで感じていた強風が、微風そよかぜのように柔らかく感じられ、次の瞬間、私達の体は船の甲板を離れ、空へと舞い上がっていた。


「うわぁぁぁぁ。」


 いきなり空中に飛びあがった事もあり、先輩が大声を上げる。その声に驚き、私はようやく目を開いた。そこにはまるでドローンで空撮したような光景が広がっていた。不思議にも恐怖は感じなかった。まるで自分が錯覚すら覚えた。


「先輩!行きますよ!魔王を倒し、世界に平和を!」

「う…うん、そ…それより…も、は…早く…降ろして…ね」


 先輩は船酔い…もといしている様子。早く降ろさないと、胃袋の中身を全て出してしまいかねない。私達はと言うよりもはや、と言う表現が正しいくらいの速度で上空から降下していく。ちなみに、魔法の効果で急激な気圧変化にも耐えられるようです。

 雲を抜け、眼下に町が見えて来る。私は意識を集中させ、降下速度を調節していく。


「先輩!間もなく敵陣のど真ん中に入ります。」


 魔法の降下で、パラシュート並みにゆっくりとなった下降速度で、私達は敵の本拠地であろう大きな城、元この国の王城へと辿り着いたのでした。

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