第11話 謁見(えっけん)前編

「こりゃ凄いよ。あのダンジョンから魔石をそのまま持ってくるなんてねぇ」


 ギルドの受付も、本物の魔石を見る事自体が初めてらしい。そのまま買い取る事もできるらしいのですが、そもそも攻略したダンジョンの報酬がとても良かったので、私達はそのまま魔石を持ち帰る事にしました。


「これで良かったのですか?先輩」

「ああ、助かる。これでいろいろ試す事ができるよ」


 先輩はそう言って私から魔石を受け取ると、すぐに宿へ戻り何かを始めたようでした。いきなり暇になってしまった私は、ダンジョンで手に入れた他の材料系アイテムを換金するため、町の中を散策する事にしました。


「あの…すいません。召喚の勇者様ではないですか?」

「…?はい?」


 街中で声を掛けられた私は、声のした方向へ顔向けると、そこには現代だったら絶対「某男性アイドル事務所」に所属していそうな顔立ちの男性が立っていました。しかし、言葉がまだ微妙にしか分からない私は、何を言われたのか分かりませんでした。


「えっと…何と言えば良いのか…。ワタシ、コトバ、ワカリマセンーン」

「っぷ…あははは。」


 ふざけたつもりは無かったのですが、急にその男性が笑い出したのは事実です。


「本当に現地語が通じなかったのですね、では今の私の言葉なら通じますか?」

「えええええ!?日本語!?」


 その男性は急に、を話し始めたので、驚きを隠せませんでした。


「ニホンゴ…と言うのですか。ふむ。通じたのは本当のようですね。実は私、古代言語を研究している学者なのです。隣国であり現在の前線国でもあるシリヌス公国から参りました。クランネル・キシリスと申します。」

「あ~そうなんですね。で…そんな偉い学者さんが私に何か御用ですか?」


 クランネルと名乗るその学者は、私に一通の手紙を差し出しました。


「私の役目は、この国で召喚された勇者と会う事。そしてこの手紙を届ける事にあります。」


 私が嫌な予感がしながらも、手紙を開封し中身を見てみる。


―――やっぱり…。


 中身は現地語で書かれているため、案の定一部の単語を除き、文章の全てを読み取る事はできなかった。


「失礼…。2枚目をご覧ください」


 クランネルがそう言うので、私は2枚目を見てみると、そこには私の知るところの『日本語』に訳されたような文脈が綴られていた。


【突然の手紙でさぞ驚かれたであろう。私はシリヌス公国大統領ライル=シリヌスである。勇者殿が召喚されたと言う噂は、私の耳にも届いている。そこで単刀直入に言おう。私に会ってはくれないだろうか。そしてこの国のため、いや世界中のために貴女の力を借りたい。来てくれた暁には我が国に先祖代々受け継がれてきた伝説の武具をそなたに贈ろうと思う。良い返事を待っている。】


 なるほど、これはどの世界でもよくある『引き抜き』と言うものか。私は思わずため息が漏れてしまう。だが決して条件は悪くない。少なくとも一晩の宿すら危うかったこの国よりは、雲泥うんでいの差がある事は間違いない。一国の大統領ともなれば、まさに『謁見』と言えるでしょう。しかし…。


「はぁ…お断りする…。と言ったら?」

「それは無いと思っております。我々が本気になれば、この国が1年で運用する資金を1日でご提供できるかと…。」


 相手には絶対の自信があると感じました。恐らくどんな手段を用いてでも、引き込んで来るように言われているのしれない。


「少し…考えさせてください。一人で即答すると困る人がいますので…」

「…なるほど、お連れの方がいらっしゃる…と。分かりました。しばらくはこちらに滞在しますが、決断は早い方が良いかと…。ご存知かと思いますが、魔族の軍団が攻めて来るのも時間の問題…ですので…ね。」


 そう言い残すとクランネルはもう一枚、宿としている場所を示した物を手渡し、その場を去って行きました。私は怖くなって宿へすぐ戻り、先輩の部屋を訪ねました。


 コンコンコンコン。


 ドアをノックすると、先輩の声が奥から響いて来る。


「イサミンか?」

「はい。先輩、今…空いてますか?」


「丁度、一休みしてたところ…入って」


 私は先輩の部屋へ入ると、ついさっきまでのやり取りを説明し、手紙を渡しました。


「ふむふむ。やるなぁ…その学者。翻訳前の内容とニュアンス的なものが若干違うくらいで、きちんと翻訳されている。イサミンが読んだ内容が全くのデタラメって事は無いよ、安心して。」


 先輩にそう言われて私は、少しホッとしました。もし仮に私だけが暴走してしまうような内容にすり替わっていたらと思うと、内心ドキドキしていたのです。


「先輩はどう思います?弱小とはいえ、この国の国家予算額を交渉の場に出してくるほどの価値が、私達にはあると言う事でしょうか。」

「謁見…ねぇ…。正直なところ…胡散臭いと思っている。」


 この世界で私の知り合いは先輩しかいない。しかも頼れる上司。そんな先輩が『胡散臭い』と言うのだから、私に接触してきたあの男は間違いなく私達の召喚を自国の手柄にしたいのだろう。


「先輩、もしかして私達を引き抜くために?」

「いや、それは分からない。確かに私が同じ立場なら、前線にすぐにでも来て欲しいと思うけどね。」


 私はそれを聞いて本日何度目か分からないため息をつきました。


「前線に…、私達が!?」


 私達が悩んでいる間にも、魔族の軍団は前線であるシリヌス公国の国境に迫りつつあるのでした。

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