第7話 私達の知らないところで…。

―――私達が就寝中の頃、北の大国オシレウヌでは…。


「陛下、ご報告がございます。」

「レギウスか…。戦線はどうなっている。」


 元々国王が座っていたであろう豪華な装飾が施された玉座に、漆黒の鎧に赤いマントを身につけた男が足組をして座っている。


「はっ!わが軍3千に対して、あちらの軍勢は両国合わせておおよそ5万。数の大半は冒険者を中心に構成されている模様。」

「ほう…5万か…。随分とのだな。冒険者なんぞ所詮烏合の衆。魔物1匹でもゆうに数人の人間を相手にできよう?」


「はい。こちらの優勢は揺るぎないものと考えます。しかしながら、敵に送り込んだ間者の情報によると、各国で『異世界召喚』の儀式が行われているようです」


 その言葉を聞いた途端、漆黒の鎧を着た男は眉を潜めた。


「『異世界召喚』…。かの200年前に我が父を死に追いやった、伝説の勇者を再び召喚ぼうと言うのか。ははは。それは面白い。」

「我が王よ。情報が本当であれば、その者はわが軍にとって脅威となります。今のうちに手を打っておくべきかと愚行します。」


 漆黒の鎧を着た男は、立派に生やした顎鬚あごひげをさすりながら考える。


「良いではないか。200年前に存在した儀式ではあるが、伝え聞くところによれば、召喚儀式の魔法陣もその手段、触媒、手順。そう言ったたぐいのものは、我らに知られぬよう召喚成功後に破棄したと…。そうでなければ、我らなら容易たやすくその魔術を盗み、我らの意のままに異世界人とやらを召喚していたであろうに…。」


「はい。仰る通りです。」


「ならば…放っておけば良い。それに、例え本当に召喚できたとしても、父をも越える魔力を得ているこの私が負けるわけがない。だが…警戒は怠るな。動きがあればすぐに知らせるのだ。」

「はっ!我が王!」


 側近のレギウスは玉座の間を出て行く。漆黒の鎧を着た男は玉座から立ち上がると、何かを期待しているかのように不気味な笑みを浮かべる。


「ふふふ。勇者…か。面白い…。人である以上、父を討った男は生きてはいまいが、もしそのような強き男が我が前に立ちふさがるのなら、私の全力を持って返り討ちにしてやろうぞ。このデューク・アンドレアが…な」


―――一方その頃、オシレウヌ王国とは南西に国境を挟む『シリヌス公国』では、オシレウヌとの国境2キロ手前で戦争に備え、砦が築かれていた。急ごしらえの砦で町からも遠かったため、近くには作業用のテントが建てられていた。


「首尾はどうだ。」


 シリヌス公国の第二王子レイ=シリヌスが、その陣頭を取っていた。


「はっ!砦の完成度は8割を超えています。まもなく本国より派遣されます魔法兵団によって、砦に魔法防御の結界をかける予定となっております。」


「うむ。相手は魔族だ。対魔防御は入念に一か所の漏れも無く行え。少しのかけ漏れが戦場では死に直結するものと思え。」


「お任せください」


 そう言うと、部下はテントの外へ出て行く。レイは羊皮紙に書かれている見取り図に目を通す。


「はぁ…兄上の指示とはいえ、この平和なご時世に軍隊を指揮することになるとは…」


 シリヌス公国での国王は"象徴"として存在するのみで、基本的な政治は国民が行っている。その代表であり公国大統領がレイの兄、第一王子ライル=シリヌスである。


「兄上がどのようなお考えなのかは分からぬが、同盟国であったオシレウヌの国境付近には、まだ多数の集落が存在しているはず…。そんな場所を戦場に選ぶとは、魔王討伐後の復興を考慮していないと言う事なのだろうか」


 首都陥落以降、オシレウヌ国内の情報は工作員を派遣して探りを入れようとしたが、どの工作員も情報を持ち帰る事は無かった。捕らえられたのかはたまた殺されたのか、いずれも不明で本国へ戻る事が無かったからだ。そのため国内がどのようになっているか、その手掛かりすら掴めず議会は紛糾。公国議会としては最低限可能な限り魔族との戦に備える事のみを採決するに至ったのだ。


 それはオシレウヌ南東に隣接する『魔導国家ミシディ』も同じだった。ミシディはシリヌスとは対称的に、魔術研究を中心に発展をしてきた国家であり、過去に異世界召喚の術を開発したのもミシディの魔導士によるものでした。しかし魔族の王デュークの予想通りで、召喚者が溢れて力の均衡が崩れる事を恐れた過去の魔導士が、召喚術を後世に伝承しなかったため、魔導士の中でも優れた十人の賢者からなる魔導委員会は、召喚術の再考計画をいち早く取りやめ、オシレウヌ国境に魔導障壁を展開する決定を下していた。


「どうだ。動きはあるか?」

「今のところはまだ…。」


 賢者の一人。武の賢者ラーヴァ率いる第一防衛魔導隊。護衛役の兵士約5000人と魔導士100人で編成された防衛部隊で、国境付近に展開する魔導障壁の維持を任務としていた。


「相手は魔族。記録が正しければ現時点で展開している障壁ですら、数で押し切られる可能性は十分ある。私達なら被害は最小限だろうが、食い止めなければもっと被害が増える可能性は非常に高い…」

「ラーヴァ様…。」


 普段からどんな状況でも気丈に振る舞う彼は、部下に両手を上げて鼓舞する。


「だから…我々はここで何としても魔族の進行を食い止めねばならぬ。その気持ちは隣国とて同じ事だろう。24時間、交代で魔導障壁を持続させるのだ。よいな!」

「ははっ!」


 二つの国、それぞれの国境には既に、魔族の大群が差し向けられているのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る