第27話
第二十七話
ダルキア帝国との停戦協定の締結後から三か月余り、季節は移り暑い夏になり……両国は停戦協定を忠実に守ったために大陸から大きな争いは無くなっていた
とは言え、両国とも着実に軍備は拡充されつつあり……新たな大戦への充電期間である事は誰の目にも分かる事だった
この停戦協定がいつまで続くは誰にも分からなかったが、数十年ぶりにつかの間の平和が訪れたことは確かだ
神聖ノーワ帝国では、軍備の拡充による軍需景気により経済は好調に推移していた……当然、人々の暮らし向きも良くなり国は活気づいていた
同じことがダルキア帝国でも起きていたことは想像に容易い
そんな人々が希望を持ち社会的にも明るくなりつつある頃、森の中の屋敷では停戦協定などとは関わりもなく平常運転である(アデレーナだけは例外でテオドラや帝国の重鎮達との交渉で多忙だった)……が、少なからずの変化はあった
ビアンカとサリタは"聖・衝立の女神"教会の修道女となり、その身の安全と身分を保障されるようになった
カリナとセレスティナは教会の世話役(メイドさんのような扱い)として正式に神聖ノーワ帝国の臣民(ダルキア帝国では戦死扱い)となった
アデレーナはと言うと"聖・衝立の女神"教会の分派としてピレウス教会の修道師という立場になっていた……一見すると自分の教会を新たに与えられたかのように見えるが……
実のところは、超常の力を持つ私とラミアを危険視したテオドラやノーワ帝国の重鎮達が私達を隔離し監視しておくために設けられたような教会であり、同じく厄介な能力を持つアデレーナ自身も教会から遠ざけると言うテオドラの思惑による一石二鳥の処置でもあった
当然、アデレーナはテオドラの思惑など全て承知である……同じくテオドラもアデレーナが自分の思惑を見抜いている事は承知の上である
と言う事で現在、この森の周辺と屋敷は聖域とされ神聖ノーワ帝国の臣民も許可なくして立ち入ることを許されない、同じようにダルキア帝国もビレウス不可侵条約の為に干渉することは出来なくなっていた
皆で食堂で昼食を取っている時に
「あ~あっ!……退屈だっ!!!」
突然ラミアが言うと大きな欠伸をし両手合わせて大きく背伸びをした
それを見てたアデレーナは
「いいじゃないですか……平和で……」
「どんな理由であろうとも争いが無くなるのはいい事です」
パンをかじりながら言う
「そうなんだけどね……」
「何処か行きたいよ……」
ラミアがアデレーナの方を見て言うと
「"聖・封印の女神"教会でしたらいつでもお供しますけど……」
「当然、エレーヌさん同伴で」
アデレーナが恨めしそうに言うは……
そう、あれから三か月経つがラミアは未だに私とアデレーナの契約の儀式をはぐらかしているのだ……
アデレーナもそろそろ我慢の限界になりつつある……
「……海とか行きたい……」
ボソッとラミアがアデレーナの方を見て言うと
「何言っているんですか……エレーヌとラミアさんはこの聖域からは許可なくして出れません」
「これは、神聖ノーワ帝国とダルキア帝国との停戦協定の要なのです」
アデレーナが淡々と言う……そう……停戦協定後にダルキア帝国の出した正式な停戦協定書にはピレウスである私とラミアの行動制限が付け加えられていたのである
これはダルキア帝国の皇帝バルドゥイノからの勅命であるとの事で後出しであり厳密には協定違反となるがダルキア帝国側はこれと引き換えにトメルリ街道の支配権を神聖ノーワ帝国側に認めるという願ってもない有利な条件を提示してきたためにテオドラや帝国の重鎮がそれを受け入れたのだ
当然、テオドラや帝国の重鎮どもには皇帝バルドゥイノの真意など分かるはずもない……この時点において皇帝バルドゥイノの打ったこの一手はピレウスの動きを封じ込める一時の時間稼ぎとしては良手であったといえる
アデレーナは、この条件に同意する代わりにビアンカとサリタやカリナとセレスティナの生命の安全と地位の保障をテオドラから取り付けたのである……この件はラミアも同意している……とは言え……事実上の巣籠生活も三か月になると……
今回のコ〇ナウィ〇ス騒ぎでもここら辺が限界だと言う事は実証済みである
「海ですか……いいですね」
不意にサリタが呟くと
「私は山育ちなので海には憧れがあるんです」
遠い目をして言う……そう……海無し国(県)の住人ならば誰でも持つ感情である
それを見て私は
「アデレーナ……何とかならない……」
「たまにはどこかに行ってもいいんじゃ……」
私がアデレーナに言うとアデレーナは考え込む
「まぁ……近くなら何とかならない事は無いと思いますが……」
「聖域から出る以上はテオドラ様や帝国の重鎮達の許しがないと……」
そう言ってアデレーナは少し困ったような表情になる
アデレーナの表情を見るに……どうやら、そう簡単には許可されないであろうことが読み取れたので私は
「アデレーナ……バレなきゃいいんじゃないの……」
私が意味有り気ニヤリと笑いを浮かべると……アデレーナの顔から血の気が引いて行く
「だっダメですっ!!!」
「もしも、バレたらエライ事になりすよっ!!!」
「下手すれば停戦協定がパーになりかねませんっ!!!」
「ダメったら絶対にダメですっ!!!」
必死になって私を説得にかかる……そんなアデレーナに私は
「要はこの聖域から出なければいいんでしょう」
「聖域から出ずに海に行けば"問題無し"って訳でしょう」
私が意味ありげな笑いを浮かべるとラミアが"はっ! "とした表情をする
それを見ていたアデレーナの顔色が益々悪くなっていく
「あのっ! エレーヌさんっ!!」
「"退屈だから海へ行く"と言うこの女(ラミア)の我が儘だけで世界の平和をぶち壊すわけにはいきませんっ!!!」
アデレーナは席から立ち上がるとラミアを指差して私に詰め寄る
「まぁまぁ……落ち着いて、落ち着いて……」
そう言ってラミアが割って入るとアデレーナがギロリとラミアを睨むと
「元はと言えば貴方が"海に行きたい"なんて言うからでしょうがっ!!!」
アデレーナの怒りが爆発する
他の四人はただ黙って様子を見ている……そう……この三人の揉め事に下手に割って入ればどんな目に合うか考えただけでも身の毛がよだつのだった
暫くの沈黙を置いてラミアが切り出す
「聖域の外に出られないのなら"聖・封印の女神"教会へも行けないね」
そう言うとラミアは意地悪そうに笑う……アデレーナの顔がヒクヒクと引き攣るのが分かる
「そっそっ!それは……それは……うっ……」
「何とかテオドラ様や帝国の重鎮達と交渉してみます……」
アデレーナは観念したかのように肩をがっくりと落とすと席に座り込んだ
ラミアの顔が勝利の笑みを浮かべる
「やったー!海海海っっっ!!」
そう言うとラミアは食べかけの昼食をガツガツと食べだした……他の四人も何だか嬉しそうな表情を浮かべているのだった……
昼食を食べ終わるとアデレーナは聖城へと出かけて行った……私とラミア以外は必要があれば聖域から自由に出ることを許されている
昼食が終わり、聖城へと出かけて行くアデレーナを見送りながらラミアが呟く
「大丈夫かなぁ……」
少し不安げなラミアに私は
「何とかしてくれると思うよ……」
「アデレーナは交渉上手だしね」
実際にビアンカとサリタやカリナとセレスティナの事はじつに上手く交渉して良い結果を出している……
そうしているとカリナが私とラミアに声をかけてきた
「私、海ってなんだか憧れます……」
「実は私は海に一度も言った事も無ければ見たこともありません」
「海の水は塩辛いって事ぐらいしか知りません……行けるのなら本当に嬉しいです」
そう言うと嬉しそうに笑った……そんなカリナを見た私は、もしも、許可が出なくてもアノ手を使って海には行こうと決心したのだった
日が傾いてもアデレーナは帰って来なかった……交渉が長引いている事が感じられる
やがてセレスティナが夕食の支度を始める気配がする……私はキッチンの方へと行くと一人でキッチンにいるセレスティナに声をかける
「セレスティナ……これから夕食の支度するの」
と私が言うとセレスティナはこちらに振り向くと
「あっ……はい、これから夕食の支度をしようと思うのですが……」
「アデレーナさん……今日、戻ってきますかね……」
セレスティナが気にかけるのは当然だった……
停戦交渉の後、暇な私達とは違いアデレーナはビアンカとサリタやカリナとセレスティナの処遇を巡りテオドラ様や帝国の重鎮達との交渉で帰りが遅かったり、場合によってはに二~三日帰ってこない事もあったからである
少し不安そうにしているセレスティナに
「今日の夕食は私が作るよ……いつも作ってもらってばかりだしね」
そう言うと私はキッチンの横の食材を手にして何があるかを確認する
ここには女子しか居ないのに、まともな飯が作れるのはセレスティナだけなのだ……
「そんな事……これは、私の任務……じゃなくて仕事ですから」
「それに、仮にも神聖ノーワ帝国皇帝のエレーヌさんにそんな事はさせられません」
そう言うとセレスティナは私をキッチンから追い出そうとする……
"そう言えば私って神聖ノーワ帝国皇帝だったんだよね"完全に忘れていた……
だったら、聖域から出るのも神聖ノーワ帝国皇帝の命に於いて可能じゃ……などと一瞬だけ思ったがそんなの無理だと直ぐに気付く……が……セレスティナには有効かも……
そう考えた私はセレスティナに
「セレスティナ……神聖ノーワ帝国皇帝の命に於いて今日の夕食は私が作ります」
と言ってみたら……セレスティナは少し困惑したようだったが
「……エレーヌさん……って料理出来るんですか」
セレスティナは疑惑の眼差しで私を見る
実は私は料理が得意だ……これは本当なのだ……と言うよりラミアとの共同生活で糞不味いラミアの飯を回避するために自然と料理をするようになったのだった
「まぁ……見ててよ」
そう言って私は骨付きの鶏肉にヨーグルトを刷り込み放置……鍋に水を入れ火にかけるとジャガイモ・キャベツ・牛肉を用意する、手早く包丁で皮を剥き切る……
牛肉を炒めて沸騰しかけた鍋に放り込む、ジャガイモ・キャベツを放り込みキッチン横の何種類ものスパイスで味付け最後に赤カブを薄くスライスしたのを入れて暫く弱火で煮込む……
その間に何種類ものスパイスを少しずつ混ぜ合わせると(カレー)調味料を作る
少し柔らかくなった骨付き鶏肉にスパイスを塗すと再び放置する……
オーブンに薪を入れて火を起す、オーブンが温まる間にオレンジを絞り乾燥した海藻から煮出したゼラチン質にに混ぜて小さな器に注ぎ冷ます……
レタスやトマトを切って木皿に盛り付ける……オーブンが温まったら柔らかくなった骨付き鶏肉を余熱でじっくりと焼き上げる
かくして鮮やかな赤いスープ(ボルシチ)、スパイスの香る骨付き鶏肉のオーブン焼き(タンドリーチキン)、オレンジのゼリーが出来赤った
私の余りの手際の良さにセレスティナは呆然としていた……そんなセレスティナに私は出来上がった料理の味見するように言う
「美味しいです……」
「どれもこれも初めて見る料理ばかりです……」
「後で作り方を詳しく教えてほしいですっ!」
料理を口にした後でセレスティナの目が輝く……疑惑の眼差しは完全に消えていた……
「エレーヌさんって……凄く料理が上手なんですね」
「なんだか私……」
そう言いかけてセレスティナは私を見ると頬を赤くして黙り込んでしまった
……いつの世にも"料理男子?"は女子にモテるのである……当然、私はそんな事は気にもしていない……
「この匂いは……」
ラミアの声が聞こえてくる
「やっぱりっ!エレーヌの骨付き鶏肉だっ!」
「美味いんだよねソレっ!」
嬉しそうなラミアの表情が私の目に入る
皆が食卓に就くと夕食が始まる……
ラミア以外は初めて口にする料理に警戒しながらも舌鼓をうつ……
「美味しいですね……」
ビアンカが言うと他の三人も頷いた……どうやら口に合ったようだった……
私はホッと安心した……残念ながらアデレーナはこの食事に有り付くことが出来なかった
その日から、私とセレスティナはよくキッチンで一緒に料理をするようになった
なんだか私はセレスティナと一緒に料理をするのが楽しく感じられるような気がしていた……セレスティナも私と同じ……それ以上に楽しく感じられているのだった
当然のことながら……ラミア、アデレーナ、カリナの三人は仲良くキッチンに立つ二人の仲睦まじい姿を見てヤキモキするようになるのだった……
第二十七話 ~ 終わり ~
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