第26話

  ~ 第二十六話 ~



"聖・封印の女神"教会でのひと騒ぎの後、 森の屋敷の帰り道を歩きながら私とラミアはアデレーナの事を話していた


 「ねぇ……エレーヌ……どうするつもり」

ラミアが困ったように問いかけてくる


 「……」

私は無言で歩く……そんな様子を見ていたラミアが切り出す


 「……どうしようもないよね……」

 「この事は、内緒にしておいた方がいいよね」

後ろ頭を掻きながら仕方なさそうに言うと


 「……そうだね……」

 「アデレーナは知らない方がいい……」

私も小さな声で同意する


 「で……エレーヌ……アデレーナとの"契約"はどうするの……」

 「肉体適合はしたんでしょうが……」

目を細めてラミアが私の方を見と不機嫌そうに言う


 「……うん……」

私は申し訳なさそうにする

 「……ラミア……どうしよう……」

 「私達も特化型ピレウスだから……その……問題は無いかな……」

 「ラミアは……どうなの……」

私はラミアに不安そうに問いかける


 この地に移住し魔力維持の為に魔法技術を使い肉体的に強化していった代償として子孫を残す事が以前よりも難しくなっていたピレウスは独特な婚姻システムを取り入れた

 それが、最良のパートナーを探し出すための"お試し期間"である……所謂、事前交渉の事である・・・(カトリックなど宗教的に離婚が難しい国なんかは結婚前に同棲するのと同じような習慣、フランスなんかがそう)


 同時にマナウスとの戦いで大きく数を減らしていたピレウスは従来の所謂"一夫一妻"制を廃し"多夫多妻"制を導入する……しかし、相手の同意を得る必要がある 

 つまり、ラミアの許しが無いと正式な"契約"は認められない……"契約の石板"での誓いにラミアの許しは必要な事項なのだ……

 でも……"聖・封印の女神"教会には行き辛い……そんな事を考えていると黙っていたラミアが話し出す


 「いいよ……承認するよ……チョットばかし嫌だけどね……」

 「あの女もずっと、独りボッチじゃ……可哀そうだし……」

そう言うとラミアは嫌そうに笑った

 「でも、ちゃんとした機能が備わっているとは……」

ラミアは感心したように言う……それを見ていたは私は


 「アデレーナは幸運だったと思うよ……」

 「完全に兵器として育成される前に凍結封印された……」

 「心が真っ白なままで聖職者の神官長ボアレスさんに保護されて"聖女"として厳格に育てられた」

 「だから、兵器でありながら人としての心を持つことが出来た……」

私は状況から憶測で考えている事を口にする


 「ええええっ! そんな事ないっしょっ!!」

 「あの女って、ド変態だよ……エレーヌも大変だね……」

ラミアが悍ましそうな表情で私を見て言う


 「うっ……」

私はラミアを言葉を否定することが出来なかった……

確かに、本来の特性と完全に相反する教育を受けたために著しく歪曲した特性を持ってしまった事は確かだと思う……等と思惟に耽っていると


 「そうそう……私、この事は"封印"するね」

 「でないと、あの女に気付かれちゃうから……」

そう言うとラミアは小さな声で呪文を唱える


 ラミアは自らの記憶を封印するのだった……これで、アデレーナに心を読まれても大丈夫という訳だ

 封印した記憶は"秘密の言葉"で解くことが出来るのだが、それを知っているのはラミア本人だけだが何が鍵になっているかは私にも解らない……

 そんな事よりもラミアって結構いい奴なんだ……私は、ラミアのそんなところが気に入ってる


 「……あれっ……何の話してたんだっけ???」

暫くするとラミアは全てを忘れたように言う


 「"休戦交渉"行ってきた事の話だよ」

私は何事も無かったようにラミアに向かって笑いかける


 「あっ! そうだった……腹減ったなぁ……」

そう言うとラミアのお腹が"グゥ~"っと鳴る


 「早く帰ってセレスティナさんに何か作ってもらおう」

 「何なら、私が何か作ってもいいよ」

私が機嫌よく答えると


 「どうしたの……エレーヌ……気持ち悪いよ……」

ラミアが気持ち悪そうに私を見る


 「……」

私は何も言わなかったが、いつものラミアに安心したが少し悪い事をしたような罪悪感にもとらわれた

 

 森の屋敷が見えてくる……"帰ってきた"そういう何とも言えないホッとした不思議な気持ちになる私とラミアだった 




 ダルキア帝国の交渉団が帝都に到着すると、皇帝バルドゥイノの御前にてカリストとブラウリオの両名がノーワ帝国との交渉とピレウスとの不可侵交渉が上手く成立したことを報告していた


 「そうか……ピレウス共との不可侵交渉は成立したか……」

とう言うと皇帝バルドゥイノに安堵の表情が滲み出る

 「両名とも大儀であった」

皇帝バルドゥイノが玉座から立ち上がると両名にねぎらいの言葉をかける


 皇帝バルドゥイノの安堵の表情を読み取った軍司令ブラウリオも皇帝バルドゥイノと内心は同じであった


 軍司令ブラウリオは、軍人らしく超現実主義者であるが信心深い側面もある

 現場の軍司令官として、あのような超常の力を持つ者達と戦うなど自殺行為に近いと分かっているからである

 もしも戦うとしても"アレ"を見た兵共は怯え戦う気力など完全に失せている……もはや戦う前から勝負はついている


 しかし、隣のカリストにはそんな事よりも自らが犯した失態の事が気がかりであった

……そう……"ピレウス相手に策を弄するでない"この皇帝バルドゥイノの命に背き策を弄してしまった事である

 それが結果的に"衝立の女神"と"ピレウスの聖女"は本物であるという事をその場にいた兵達に実証してしまったからである

 

  「時に……カリストよ……ピレウスはどうであったか」

皇帝バルドゥイノがにカリストに問いかける……


 「はっ! ははっぁ~!!!」

カリストの心臓は、はち切れんばかりに脈打ち手足が小刻みに震える

 「あの者達は、陛下の申し上げた通り"本物"にございます」

 「我らごときが手出しして敵う相手にはございませぬっ!」

震える声で何とか答えるとその横から


 「カリスト殿の申す通りにございます」

 「まさに神話の伝承にある"ビレウスの雷神"そのものにございます」

 「その力、一瞬で古城を小山ごと消し飛ばすほどにございます」

 「このブラウリオしかと眼に焼き付いております」

ブラウリオがカリストに同調するかのように興奮した口調で具申する


 「そうか……未だその力は衰えてはおらぬか……」

 「交渉のおりにピレウス共は何も申しておらなんだか」

皇帝バルドゥイノが問いかけてくる……それを聞いたブラウリオが答える


 「確か……"ゲール"の件に関してだけは除外します"とか申しておりましたが……我らには何の事だか全く分かりません」

そうブラウリオが言うと皇帝バルドゥイノの顔が険しくなる


 「……そうか……そのように申しておったか……」

 「両名ともご苦労であった……下がってよい」

 「暫くは、英気を養うがよい」

そう言い残すと皇帝バルドゥイノは玉座の間を去って行った……その後を共の者も付いていく、その姿が見えなくなるまで二人はそのままの態勢で控えていた


 カリストの顔に安堵の表情に変わる……何とかこの場の危機を乗り越える事が出来たからだった……今は、その心は安堵感に包まれ先の事を考えてはいなかった


 二人は顔を上げるとゆっくりと立ち上がるとお互いの顔を見合わせた


 「皇帝陛下は今後の事を何もご指示なさらなんだ……」

 「このような事は今までになかった事だ」

ブラウリオが驚いたように言う


 「今まで皇帝陛下は、立ち止まることなく走り続けた……少しは息をつかぬとな……」

カリストは少し笑った表情でゆっくりと答える……が、それは自らの気持ちでもあった

 二人は軽く会釈すると各々別方向へと謁見の間を後にした



 お付きの者を下がらせると一人で豪華な執務室に戻った皇帝バルドゥイノはゆっくりと椅子に座ると大きなため息をついた

 皇帝バルドゥイノは何故か底知れぬ不安を感じていた

"余はどうかしてしまったのだろうか……"

今までに経験したことのない自らの心情に戸惑っていた

それが、自らの精神に憑依した"ゲール"のものだとは知る由も無い事だった


 "底知れぬ不安"……それは、皇帝バルドゥイノの精神に憑依した"魔王ゲール"の焦りだった

 千年の間に何度も憑依を繰り返し"魔王ゲール"は皇帝バルドゥイノを操る程には力を取り戻しつつあったが肉体を失った代償は大きく、憑依を繰り返す度にその魂は著しく劣化し、もはや多くの時間は残されていなかったのだ

 "このままでは滅びを待つのみ"……その"魔王ゲール"の焦りが皇帝バルドゥイノの底知れぬ不安の根源になっている


 "魔王ゲール"は追い詰められていた、残された時間は多くはない……

 到底、正面からピレウス共と戦えるだけの力は無い……しかも、ピレウス共には"黒曜剣"と"霊体黒火灯"という必殺の切り札まである……

 このまま、滅びるか……それとも……"魔王ゲール"に最後の決断の時が迫っていた……



 屋敷の前に来ると私達の気配に気付いたポチがゆっくりとこちらに近付いてくる

 「ポチ……戻っ来てたんだ……」

私がそう言うとポチが"クゥ~ン"と鳴く……そうすると屋敷の玄関の扉がバーンと勢いよく開くと

 「おかえりなさいませっ!」

森の屋敷の玄関で、私はアデレーナの強烈な抱擁に出迎えられていた


 「ぐへっ!」

アデレーナは私に抱きつくと感触を確かめるように頬をスリスリしている

そこまではよいのだが……いつもの悪い癖が出る


 「アデレーナ……お尻撫でるの止めてくれる……」

私は目を細めてアデレーナに言うと


 「少しぐらいいいじゃないですか……減るもんじゃないし……」

そうブツくさ言うと何だか考え込む

 「……エレーヌさん……太りました……」

 「何だか腰回りがパワーアップしているような……」

そう言いながらアデレーナは私の脇腹のぜい肉を指で摘まんだ……

その様子を見ていたラミアが"ぶっ"と吹き出しそうになる


 「アデレーナ……💛」

私はニッコリと笑うと次の瞬間に電撃を発動した


 「ふぎゃ~っっっ!!!」

アデレーナの悲鳴が森に響き渡った

 「あがががっっっ……」

 「いきなり酷いですっ!」

 「ああっ……でも何だか嬉しいような……懐かしいような……変な気分です」

そう危ない事を言うとアデレーナは私をジッと見つめた

 「おかえりなさいませ……エレーヌさん……」

 「お勤めご苦労様でした……中に入ってゆっくり休んでください……」

そしてニッコリとほほ笑んだ


 「ただいま……アデレーナ……」

私はそう言うとアデレーナに微笑み返した……そんな私の顔にアデレーナがゆっくりと自分の顔を近づけて行く……次の瞬間に……


 「うぎっ!!!」

アデレーナかいきなり悲鳴を上げると地面に蹲る

 「ぁっ!あっ!……おっお尻がっ!!!」

 「……何てことするんですかっ!!!」

またしても、ラミアがアデレーナのお尻に一撃を加えたのだった


 「なんか……ムカついたから……つい……」

悪びれもせずラミアが言う……騒ぎに気付いて皆が集まってくる


 「おかえりなさい……」

皆が私とラミアを出迎えてくれる……何だか嬉しかった

"ここが私の居場所なんだな"本当に帰ってきたという実感が湧いてきた


 

 第二十六話 ~ 終わり ~

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