第25話

 ~  第二十五話 ~



 往復八日間の旅を終えた交渉団の隊列が聖城に着いたのは昼過ぎだった


 「はぁ~……やっと着いたね……」

ラミアが死にそうな表情で窓の外を見て言う


 「本当……やっとだね……」

私も眠そうに答えると馬車が止る……馬車から降りてラミアと二人で背伸びをしているとテオドラがカイロスとユーラスを伴ってこちらの方にやってくる



 「お二人とも、お疲れさまでした」

テオドラがそう言うと、その横でカイロスとユーラスの二人が何やら私達を奇異の目で見ているような気がする……


 "まぁ……無理もないか"

と思ったが私にはテオドラにお願いしなくてはならない事がある

 「あの……テオドラ様、一つ頼みごとがあるのですが……」

私がテオドラに話を切り出す

 「これから"聖・封印の女神"教会にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

私がテオドラの様子を見計らって用件を話す


 「えっ? "聖・封印の女神"教会ですか……???」

 「別に構いませんが、これから直ぐにですか……」

 「長旅でお疲れになっているのでは……」

テオドラは少し戸惑っているようだったが……少しの間を置いて

 「分かりました、これからご案内申し上げます」

 「"聖・封印の女神"教会は聖城に隣接しておりますので歩いて直ぐです」

そう言うと歩き始める、私とラミアはその後に付いていく……護衛の兵士も一緒に付いてくる

程なくして"聖・封印の女神"教会に到着した

ノーワ帝国最古級の神殿と言うだけの事はあって随分と風格のある建物だ


 「ここが"聖・封印の女神"教会です」

テオドラがそう言うと教会の中から三人の神官が出てくる


 「これは、テオドラ様……何かご用件でも」

真ん中の初老の神官が言うと


 「ここのお二人が教会に行きたいと申しますのでお連れ致しました」

テオドラが用向きを伝えると初老の神官が私とラミアの方を見る


 「お二人は確か……」

初老の神官は私達の事を知っているようだった……

 「お初に御目にかかります……"衝立の女神"と"ピレウスの聖女"よ……」

 「私は"聖・封印の女神"教会の神官長代理の"セルジオス・ドゥーカス"と申します」(現在、神官長の席はボアレスの死後に空席となっている)

 「本日は、"聖・封印の女神"教会にどのようなご用が御有りでしょう」

そう言うと深々と頭を下げる

 

 「"封印の石板"をお見せいただけないでしょうか」

私がそう言うとセルジオスは不思議そうな顔をした後でテオドラの方を見る

すると、テオドラが小さくうなずくとセルジオスも小さく頷いた


 「こちらへどうぞ……」

そう言うと教会の扉の方に手招きをする……私とラミアは案内されるままに付いていく……テオドラと護衛の兵士は聖城へと引き返していった

 "カイロス達の報告と休戦交渉の細かい調整業務が残っているらしい……"


 

 教会の中の奥深く立派な祭壇の前に"封印の石板"はあった……

 その"封印の石板"を見て私とラミアはピレウスの"契約の石板"である事に気が付く……

 「間違いないね……」

私がラミアに言うとラミアも頷く……だとすれば……私は傍にいるセルジオスの方を見ると

 「"聖・衝立の女神"教会の"アデレーナ・アルベリーニ"の事をご存じでしょうか」

そう尋ねるとセルジオスは少し考える


 「はい……存じております……が、詳しい事は私は知りません」

 「お亡くなりになられたボレアス殿しか詳しい事はご存じないかと……」

セルジオスは少し申し訳なさそうに言う


 「アデレーナの両親や出身地に付いてもですか」

私がセルジオスに質問すると


 「残念ながら私めは存じておりません……」

セルジオスは小さな声で答えた


 そうしているとラミアが私の手を引っ張ると"契約の石板"は前に立つ……

すると何やら呪文を唱えだす

 グォ~ン、グォ~ンと"契約の石板"がうなる……

その様子を見てセルジオスとお付きの二人は慌てふためくがラミアはそのまま呪文を唱え続けた……


 次の瞬間、私とラミアは真っ暗な別の場所にいた……

 「ラミア……ちょっと、今のマズかったんじゃないの……」

 「セルジオスさん達……今頃、パニックになってると思うよ……」

私はラミアの突然の行動に呆れるように言う

 私の懸念通りその頃、"聖・封印の女神"教会では"封印の石板の前で"セルジオス達はパニックになっていた……


 ラミアは再び呪文を唱えると周りが明るくなっていく……

 「ここに来るの久しぶりだね……」

ラミアが物思いにふけったように言う……私も小さく頷く


 ここは、多くのピレウス達が永遠の眠りに就く場所……地下の集団墓地だ

 "契約の石板"とは"メモリアル・ストーン"つまり墓石である(キリスト教会の十字架に近い)……ピレウスにとっては墓所への入り口であり、この石板の前での契約はに文字通り二人が死が別つまで共に歩むことを誓う重要な儀式なのである……


 二人で墓所の奥に向かって歩いていく……通路の両側には数多くの墓標が立ち並ぶ、この地に移り住んでよりマナウスの侵攻があるまでの二百年の間に亡くなったピレウス達の墓標だ

 魔法錬成された硬化テクタイトの墓標は千年間も完全に放置されていたにもかかわらず綺麗なまま輝いている……


 そして、ここには墓所以外の役目もあった……私達が目指しているのはそこである

 ラミアは何も言わずに黙々と歩いていく、私もその後を黙ったままで付いて行く……ラミアが立ち止まる……

 「ここだよね……」

ラミアが小さく呟くように言う……


 「そうだよ……ここに間違いない……」

私も小さな声で同意する


 そこには、そんなに大きくはない石の扉がある

 扉には強力な"封印魔法"が施されている……千年を経てもなおその効力は殆ど衰えていない、私ならば解除不可能かもしれないがラミアになら可能だろう


 「それじゃ……"封印"解くね……」

そう言うとラミアは両手を扉に当てると呪文を唱え始める

キィーンという少し耳障りな音がすると扉はゴゴッっと音を立てて開く


 ここは、ビレウス秘密魔法工房……ここで私とラミアは生まれた……つまり、私達に父母も兄弟も姉妹も居ない……生まれた時より天涯孤独である


 このピレウス秘密魔法工房の存在は極一部の人しか知らない、マナウスに故郷のバルケ追われこのティラに移住したピレウス達は魔素の希薄なこのティラでも強力な魔法が使えるように自らの肉体を強化せざるをえなかった


 同時に、いつ侵攻してくるかもしれないマナウスに対抗するために極秘裏に研究機関が設けられ以後二百年間に渡って途絶えることなく研究し続けられた、そして自らの肉体を少しづつ強化していった


 その過程で得られた魔法技術を使い半ば人体実験とも言える極限にまで大幅な強化が施されたのが私達のような特化型ピレウスである……私の知りうる限りではマナウス侵攻時、その数は約500体に達していたはずである


 しかし、道徳的に非道な行いであるために完全に一般には秘密裏に進められ、私達もその全てを隠し普通にピレウス白魔術学園の一生徒として在籍していた


 そして、実際に私達のような特化型ピレウスは千年前の戦いで大きな犠牲を払いながらもマナウスを撃退し多くの仲間を更なる異次元へと逃がすことに成功しているのである……


 ピレウスは滅びてはいない私達が盾となっている間に別次元へと逃げ延びたのだ……今となっていは逃げ延びた次元も存続しているのかすら分からない

 私とラミアはその最後の生き残りなのだがアデレーナもその可能性が極めて高いはずなのだ


 アデレーナは……おそらくはマナウス侵攻時に生育調整中で強制的に凍結封印された可能性が高いそれを確認するためにここに来たわけなのだ


 二人して工房の奥へと進んでいく……見覚えのある物ばかりだ

 千年の時を経ても何も変わっていない事に少し変な感覚にとらわれる



 「ここだね……」

そう言ってラミアが立ち止まる……目の前に幾つもの魔法機器が整然と並んでいる

ここは工房の心臓部である集中最終育成房である

その反対側には番号の振られた石柱が幾つも並んでいる

私とラミアはその石柱を一柱づつ丁寧に調べていく


 「あった! これだよ!!」

突然、ラミアが少し興奮したような声を上げた


 「ほんとっ!」

私も少し大きな声を出すとラミアの方に向かって急ぎ足で近付く

そこには、周りと比べても明らかにそんなに時間が経っていない小さな足跡が床の上に長年の間に積もった埃の上に点々と付いていた

 

 「間違いないね……あの女の足跡だよ……」

ラミアが床の上に付いた足跡を見て言う


 「まだ、決まった訳じゃない」

私が床の足跡を見ながら言う


 「これ見て……」

死んだような目でラミアが私に足跡の始まっている元を指差す……そこには記録プレートが残されていた

 "試験体 No,MP_Ep001-Exe00506"

そのコードを見て私の心は凍り付いた……アデレーナは……工房の真の目的、二百年間の生体兵器研究の成果、ピレウス魔法技術の結晶……そのコードは、完全な人造人間を意味するものだった……


 生体兵器……つまり、アデレーナは純粋に破壊と殺戮が目的の完全な兵器として作られた戦いの道具と言う事なだ


 「そんなの……嘘でしょう……アデレーナが生体兵器だなんて……」

その時、私の脳裏にアデレーナが精神崩壊寸前だった頃、ダルキア帝国の特殊部隊が攻めてきた数か月前の記憶が蘇る

 "エレーヌさん達は私が守って見せる……"

その後の情け容赦ない殺戮……戦意を失くし逃亡した者達に至るまで全員を惨殺……

 以前、五人の盗賊を迷うことなく惨殺しポチの餌にした事……人の命を奪うことを全く躊躇せず殺戮に対する罪悪感のなさ……

 

 それなら、聖獣を操る能力も理解できる……何故なら、聖獣もまた生体兵器として遥か以前に生み出された生体兵器の末裔と言われる存在なのだから……


私とラミアは足跡を辿って行く……そこにも"契約の石板"と同じものがあった

そこで足跡は途切れていた……


 そう言いながらラミアが"契約の石板"に手をかざすと石板が唸り始める

 次の瞬間、私とラミアは別の場所へと転移する


 転移した先は"聖・封印の女神"教会の礼拝堂の祭壇の前だった……

丁度、多くの修道士たちが礼拝している真っ最中だった……突然、光と共に祭壇の前に現れた私とラミアを見てただ呆然としている


 「……どうもっ!……礼拝中に失礼しまたっ!!……」

静まり返った礼拝堂にラミアの声が響き渡る……そして頭を深々と下げた、私も愛想笑いを浮かべながら同じように頭を下げると、そそくさと礼拝堂から退散するのだった……修道士たちはただ呆然と私達を見送っていた


 早足で出口に向かながらラミアの方を見る

「これって後々に何かとややこしくならない」

そう私が不安そうに言うと


 「多分……絶対に……ややこしくなるだろうね……」

 「まぁ……こうなっちゃったものは仕方がないんじゃない」

ラミアは少し笑いながら足を速める


 教会の出ると駆け足で聖城の出口へと向かう

すれ違う人が何事なのかと私達を不思議そうに見ている

聖城の門に辿り着くと門番の兵士が私とラミアを制止する


 「急用ができたので森の屋敷へ帰ります」

ラミアが慌てて言うと


 「あっ! えっ! はい……そうですか……お通り下さい」

ラミアの気に押されて道を開けてくれた、それに門番は私の事を知っているので別に不信にも思わなかったのだろう

 私とラミアはそのまま聖城を後にして急いで森の中の屋敷に逃げるように帰って行くのであった……


その後の聖城で、私達の色々と危ない噂が起ったのは想像するに易い事であった…



 第二十五話 ~ 終わり ~

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