第21話

第二十一話



 ラミアの真剣な眼差しに私は沈黙する……


 そう、私達はこの世界の住人ではない……元々は"異形の者達"と同じ世界の住人なのだ……

 私達は、この世界を"ティラ"、住人を"ティラヌス"と呼び、向こうの世界を"バルケ"、住人を"バルケヌス"と称した

 とは言っても私もラミアもこの世界で生まれ育ったので実際の向こうの世界の事は良く知らない……千年前の戦いの時にラミアは少しだけ門の向こうを垣間見たらしいが……


 私が知識として知っている事は、私達の祖先がこの地ティラに移住してきたのは約千二百年前の事だった

 

 門の向こうの世界バルケでは、私達のような人種"ピレウス"と異形の者"マナウス"が共に共存する世界だった

 

 "ピレウス"と"マナウス"は元々は同じ種族だったのだが長い年月の間に別の種族へと進化して行き個々に子孫を残せるようになった

 以前は"マナウス"も"ピレウス"と同じような姿をしており、この世界のように男女として対となり子孫を残していたのだが……高度に発達した魔術がそれを必要としなくなった


 そして別の生活圏を持つようになりやがて姿も異なったものとなっていった

 小さな衝突はあったものの適度な距離を取り長らく安定した関係を保っていた

 

 しかし、千二百年前に"マナウス"の長"ゾルデ"が自らを魔王と名乗り独裁を強いた頃から関係が悪化する

 過激な種族主義思想で"ピレウス"の排除に乗り出すと大規模な戦争が勃発する、戦いで追い詰められた私達"ピレウス"は異界の門を開く術を獲得していた事もあり、同じ人種"ティラヌス"が済むこの世界ティラへの移住を決断する


 この決断により多くの"ピレウス"がこの世界ティラに移り住むこととなった、移住の完了と共に異界の門を固く閉じ向こうの世界バルケとの一切の関わりを絶った


 この世界ティラに"マナウス"が進行して来る事が懸念されたがその可能性は低かった

 何故なら、この世界ティラは向こうの世界バルケに比べ極端に魔素濃度が低いため"ピレウス"に比べて多量の魔素を必要とする"マナウス"は長くは生存できないからだ

 

 案の定、"マナウス"はこの世界ティラに侵攻しては来なかった……

 

 そして、この地にティラに移り住んだ私達の祖先はこの世界の住人"ティラヌス"と非常に良好な関係を築き上げる

 私達の祖先は、その優れた魔術と知識で生活水準を向上させ豊かにし後にこの世界の住人達から"神々"と呼ばれるようになるのである


 ただ残念な事に、同じ人種であっても"ピレウス"と"ティラヌス"の交配は魔術を以てしても不可能であったが、私達は徐々に数を増やしていき私達が生まれ楽園とも呼ぶべき世界を作り上げた


ピレウス白魔術学園は向こうの世界を知らない世代に私達"ピレウス"の歴史、文化、伝統そして知識と術を伝えるために設立されたものなのだ


 それと、自らに適合する繁殖相手を探すと言う目的もある……単一性種である私達ピレウスにとっては種の維持のためには重要な事である……私にとってラミアは適合確認された相手なのだ


 しかし、その二百年後に魔王"ゾルデ"の子孫の"ゲール"が突然に侵攻してくることとなる……


 物思いにふけり、窓から入ってくる月明りを見ながらぼんやりとしている私に

 「エレーヌっ! ボーっとしてっ!」

 少し不機嫌そうなラミアの声でふと我に返る


 「……ラミア……私……」

アデレーナに全てを話すべきなのかを悩む私に


 「でも……エレーヌ……"このまま"って訳にも行かないでしょう」

ラミアも少し躊躇ためらいがあるような口調で答える


 「そうだね……私達の事もそうだけど……アデレーナの事は……」

私は一番の懸念事項を口にする


 「……あの女"アデレーナ"……間違いなく……混血ね……」

 「それも……二分の一ハーフよ……」

ラミアが私と同じ結論を口にする


 「ラミア……あなたもそう思う……」



 混血……エレーヌは"ピレウス"と"マナウス"の混血児である可能性が極めて高い……

 "ピレウス"と"マナウス"は同じ種族であったので極めて低い確率だが交配が可能なのである

 生まれてきた子供は異能ともいうべき稀有けうな力(黒魔術)を持って生まれてくる……但し、途中で亡くなったり精神に異常を起こすことが多々ある為に禁忌とされている

 だが……姿容は違えども互いに元は同じ種族、好意を抱き魅かれ合う事もあるのである


 思い返せば、私がアデレーナに好意を抱いたのも当然で、決して異世界種族嗜好と言う特殊な趣味に目覚めたわけではなかったのだ……


 "ピレウス"と"マナウス"が交配した場合、100パーセント"ピレウス"が妊娠し生まれてきた子供も100パーセント"ピレウス"の姿で生まれてくるのである

 そのために、混血児は全て"ピレウス"の側で生活することとなる……戦いが始まるまでは問題が起きる事は無かったが戦争が始まると混血は微妙な立場に置かれる事となる

 

 憶測ではあるが、アデレーナは千二百年前の戦争の際に何らかの理由で封印されていたのが最近になり封印が解けたと推察できる

 因みに、ラミアは八分の一の"マナウス"との混血(このぐらいだと"ピレウス"とみなされる)であり私は100パーセント"ピレウス"なので……私がラミアと交配した場合、妊娠するのは私である確率が非常に高い


 「……はぁ~……どうしよう……ラミア……」

私がラミアに助けを求めるように溜息をつく


 「エレーヌっ! 分かっているとは思うけど……」

 「契約はしっかりと守ってもらうわよっ!」

 「アンタには私の子供を産んでもらうからねっ!」

ラミアが私に詰め寄ると

 「一つだけ聞いていい……」

 「あの女との相性は……どうだったの」

ラミアは目を細めて疑惑の眼差しを向ける


 「えっ???……あっ~……そっその……」

私は焦って言葉に詰まる


 「適合したのね……エレーヌ……」

ラミアの目元をヒクヒクさせながら言う

 「……はい……その通りでございます……ラミア様……」

私は目線を逸らすとまなさそうに言う


 「そう……なの……エレーヌ……」

 「これって……浮気ってやつよね……」

ラミアが薄ら笑いを浮かべながら呟くように言う


 「えっ???……それは……ラミアが生きてるって知らなかったからで……」

 「それに、ラミアだって四又かけたてんでしょう……」

 「だから……お相子あいこねっ!エヘッ💛」

私は愛嬌を振りいて何とか誤魔化そうとしたが無駄だった……


 「あれはアンタとの契約前のお話なのよ……だから、契約違反にはならないのよ」

 「この部屋は……強力な封印魔法が施してあるの……」

 「どんな大きな声出しても大丈夫よ……エレーヌ……うふ💛」

ラミアがにっこり笑って言う


 「ひぃーーーーーっっっ!!!」

 「ごめんなさい……ラミアっ!!!」

必死で謝る私をラミアはその怪力でねじ伏せ服を脱がせ裸にして縄で縛り上げる

 「そんな縄っ! 何処から持ってきたのよっ!!」

私はなす術もなくお尻を突き上げた恥ずかしい格好で縛り上げられた


 「はいっ! いっちょ上がりっと!!」

 「分かってるでしょ! 不義密通のお仕置き……エレーヌ……」

そう言うとラミアがニヤリと笑いハリセンのような棒を取り出す


 そう……ピレウスの古くからのある不義密通の刑罰……"百叩きの刑"である

 ピレウスには太古より不義密通を行ったものは公衆の面前で裸にされ縄に縛られてお尻を百回叩かれるという恥ずかしい刑罰があるのである


 「じゃ……やるわねっ……エレーヌ……💛」

必死で謝る私を無視してハリセン棒を振り上げる


 「ぎゃーーーーーっっっ!!!」

 「ちょっと! 待ってっ!! 待ってっ!!!」

 「アンタの怪力でお尻ぶっ叩かれたら洒落になんないわよっ!!!」

必死で訴える私に

  

 「大丈夫よ……エレーヌ……やさしくするから💛」

そう言うとラミアは私のお尻めがけてハリセン棒を振り下ろした


 "ビシッ!"

物凄い音が部屋に響く


 「ぐへっ!!!」

余りの痛さに呻く私のお尻をラミアは数を数えながら容赦なく次々にぶっ叩く

"バシッ! ビシッ! バシッ! ベシッ!"

薄暗い部屋にお尻を叩く音が響く

 「あひっ! ひんっ! あふっ! あうっ!」

私の呻き声も部屋に響く


 ラミアは百回、私のお尻をぶっ叩くと真っ赤に腫れあがった私のお尻を見て

 「はいっ! お終い……これで許してあげる💛」

 「早く回復魔法かければ……」

そう言うとラミアは私の縄を解いてくれた


 「ラミア……アンタって女は……」

私はひぃひぃ言いながらジンジンと発熱するお尻に回復魔法をかける


 「どうせ、直ぐに直せるんだからいいじゃないの」

ラミアは笑いながら言う


 「痛いのはっ! 凄っく痛いだからねっ!!」

私はブツブツ文句を言いながらお尻を撫でる


 「さてと……エレーヌ……つづき……」

ラミアは私を見て不気味に笑う


 「へっ??? なに……ラミアっ……」

という私が言う間もなくラミアは私に抱きついてきた

 「ちょっと待って! 今は体力消耗してるから……」

私が息を切らしながら言うがラミアは容赦しなかった


 「ここからが、本当のお仕置きよっ!!」

そう言うと私の弱いところを責めたてる


 「ひぃーーーーーっっっ!!!」

 「お願いっ!今日は勘弁してぇーーーーっっっ!!!」

私の願いも虚しくその後、何回も昇天させられる事となった



 私とラミアが馬鹿な事をしている頃、アデレーナは聖城でテオドラと宰相のカイロス、大将軍のユーラスの三人と反乱軍の今後について話し合っていた


 反乱軍の兵士達については1700名を全員を受け入れで一致したものの、王女ビアンカの処遇を巡って対立していた

 既に、ダルキア帝国側からの内々の休戦交渉の打診があり互いの条件の摺り合わせ段階にあるのだった

 未だ、ダルキア帝国に残存するであろう反ダルキア帝国勢力の象徴となりえる王女ビアンカの引き渡しを皇帝バルドゥイノがノーワ帝国に迫ってくる来ることはほぼ確実だった


 王女ビアンカの引き渡しを条件に有利にダルキア帝国との交渉を進めようとする三人とアデレーナは真っ向から対立したのであった

 これが、アデレーナの帰りが遅れている理由である



 森の中の屋敷の窓に少し日が差し込んでくる


 「ふぁぁぁ~ 良く寝たなぁ~」

そう言うとラミアはベッドから立ち上がる、ベッドではエレーヌがまだ寝ている

 「エレーヌ……良く寝てる……」

 「昨日は、少し虐めすぎたかな……ごめんね…エレーヌ……」

そう言うとラミアは私の頬を撫でた


 「ムニャムニャ……アデレーナ……」

私は無意識のうちにアデレーナの名前を口にする


 「こっ!こいつ!……今度はもっともっともっともっと虐めてやるっ!」

ラミアは心に固く誓うと、窓の傍に行き外を見る

 窓の外には反乱軍の兵士達のテントがいくつも見え、何人かが外に出てくるとそそくさと森の中へと入っていく

 「何してんだ……あいつらは……」

 疑問に思うラミアであった


 彼等は用を足しに行っているのである、昨日から散々に飲み食いしたのだから当然である……何人もの反乱軍の兵士達が森の中へと用を足しに入っていく


 警備の兵士達も分かっているので咎めもしない……その内の一人が戻ってこなくても警備の兵士の誰一人気付くことは無かった


 森の中を一人の反乱軍の兵士が足早に歩いている、彼の名前は"ブラリオ・ベラスコ"、ダルキア帝国第二軍特務隊の隊員である


 カリナ達と同じ第二軍所属の忍びではあるが暗殺・破壊工作などを複数で行うのではなく"草"と呼ばれる地元密着型の単独での諜報活動を任務とする

 単独で敵地に潜入し長年に渡り定住することが多い、偽ボアレス事件の"クレメンテ・ガルドス"と所属は違うが同じ部類である


 彼の任務は、"衝立の女神"と"ピレウスの聖女"の容姿を正確に伝える事である

 写真などの無いこの時代には、重要人物の容姿を知る事は非常に重要であったからだ、故に部隊でも特に記憶力と画力に優れた彼にこの任務を与えられたのだった


 彼は非常に幸運だった……

 一つは、アデレーナが不在だったので正体を見抜かれなかった事

 もう一つは、カリナ、セレスティナと面識が無かった事、これはカリナ、セレスティナにとっても幸運な事だった


 だが、彼は一つだけ大きな勘違いを犯していたのだった、この事が後に皇帝バルドゥイノの運命を大きく左右させる事となる


 それは、ラミアとアデレーナを勘違いした事である

 アデレーナが不在であったためにラミアを"ピレウスの聖女"と勘違いして報告してしまったのである

 皇帝バルドゥイノの魂の天敵ともいえる強力な黒魔術師の存在を見落とす事態となったのである


 数日後、無事にアルテシア山地の森を抜け出たブラリオは正確な二人の容姿を絵にして報告をする……更に数日後には皇帝バルドゥイノの元に届くこととなった


 「これが、"の女神"と"ピレウスの聖女"か……」

帝国軍総長のカリストから絵を受け取ると……

その絵を見た瞬間に皇帝バルドゥイノの背筋に悪寒が走る……今までに感じた事のないこの得体の知れない感覚……

 これが恐怖と言う物だとは皇帝バルドゥイノには知る由も無かった

 

 「大儀であった……」

皇帝バルドゥイノはそう言うと横に置かれたワイングラスの手を伸ばす


床に膝をついたままで皇帝バルドゥイノを見ていた帝国軍総長のカリストは、驚愕し我が目を疑う……ワイングラスに注がれたワインがほんの微かだが揺れているのだ


 "まさか……皇帝陛下の手が震えているのか……"

 "それ程までの強敵なのか……"

 "ならば……是非、この目で直に見たいものだ……"

怖い物見たさとでも言うのだろうか帝国軍総長のカリストに興味が湧いてくる


 「ノーワ帝国との交渉はどのようになっておるのか」

 「多少の譲歩は許可する、早々に休戦交渉を進めよ」

皇帝バルドゥイノが帝国軍総長のカリストに命ずる


 「ははっ~、女王ビアンカの引き渡しを如何いたしましょうか」

 「ノーワ帝国の内部でも意見が対立しているとの事です」

帝国軍総長のカリストは、懸念事項となっている女王ビアンカの引き渡しのお伺いを立てる


 「構わぬ、ノーワ帝国が引き渡しを拒むのならばそれでも良い」

皇帝バルドゥイノは躊躇ためらうことなく女王ビアンカの引き渡しにも無視する


 「ですが……女王ビアンカを生かして措けば後の憂いとなりえますが……」

 「それでもよろしいのですか……」

当然のカリストの具申に皇帝バルドゥイノは手にしたワイングラスを眺めると


 「よいっ! 長きの戦いで近隣諸国は平定したものの……」

 「国土は荒れ、兵も民も疲弊しておる……それに対してノーワ帝国は豊かな国だ」

 「今は軍の再編と国力の増強に注力せねばならん」

 「でなければ……あ奴らには到底敵わぬわ……」

今までに見たことも無い皇帝バルドゥイノの真剣な目にカリストは益々、私達に興味を持つのであった


 「皇帝陛下っ! 」

 「よろしければ、私め自らノーワ帝国との交渉に赴いてもよろしいでしょうか」

カリストは、ここぞとばかりに皇帝バルドゥイノにお伺いをたてる


 「よかろう……帥に全て一任する」

 「その目でしかと確かめてくるかよいわ……」

そう言うと不敵な笑いでカリストを見る皇帝バルドゥイノの目に……

カリストは己の目論みを皇帝バルドゥイノに正確に見抜かれている事に気付くのであった 


 かくして、数日後にノーワ帝国の聖城にダルキア帝国からの親書が届くこととなる

 親書の大まかな内容は以下の通り至ってシンプルなものであった



 ○○年○○月○○日○○時より

 

 トメルリ街道、国境線上にて休戦交渉を行う

 "衝立の女神"と"ピレウスの聖女"の同席を条件として

 女王ビアンカの引き渡し要求を取り下げる


 ダルキア帝国より交渉人として帝国軍総長のカリスト及び

 司令官ブラウリオ・アギレラが同席する


 護衛の随伴兵力は下記の通り

 重装歩兵100  弓兵50  槍兵50  軽装戦車30

である。

 

  思いもよらない意外なこの条件によって両国の休戦交渉の準備は整うこととなる



 第二十一話 ~ 終わり ~

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