第19話

第十九話



 旧トリニア帝国・タイノス帝国の反乱軍の生き残り1700人は、アルテシア山地の深い森の中にいた


 ビアンカ・グラナドスが率いる反乱軍が森に入ってから、はや三日が過ぎ兵士たちにも目に見えて疲れが出て来ている


 食料や飲み水など十分な備えも無いうえに怪我人もいてその歩みは遅かった、幸いにも今のところダルキア帝国軍の追手は無く死者も出ていない


 「もう、そろそろ森を抜けるはずです」

この付近の地形に詳しい案内役の兵士がそう言うと、それを聞いた兵士達に安堵の表情か浮かぶ……が、明らかに体力的に限界がきているのが分かる


 「ここで、暫く休憩する」

ビアンカが大きな声で叫ぶと兵士達は呻き声を出しながら疲れ果てたように地面に腰を降ろす


 「あ~っ!! 老体には堪えますな……」

長年にわたりビアンカに仕えてきた老兵士が腰を叩きながら呟く

彼の名は、カミロ・アルバ、齢74歳旧トリニア帝国の王家に仕えビアンカ付きの侍従でもあった


 「無理をさせて、すまぬ……」

ビアンカが済まなさそうに言うと


 「姫様、気になさいますな……」

 「この歳になって、息をしていられるだけでも儲けものですわ」

そう言うと顔をクシャクシャにして笑った

 「どうでしょう、姫様……皆も疲れ切っております」

 「暫く休んでおる間に意気の良いの二~三人を斥候せっこうにお出しになっては」

カミロがビアンカに具申ぐしんする


 「……そうね……だったら、私が行きましょう」

思いもよらないビアンカの言葉に


 「姫様っ! ちょっと待って下されっ!」

慌てたように止めな入るが……カミロはビアンカの性格を良く知っている

ビアンカがいう事を聞くとは思えない……余計な事を言ってしまったと後悔した

 「姫様、御一人では危のうございます!」

 「爺、最後の頼みにございますっ!」

 「せめて、腕の立つものを何人かお連れになってくだされっ!」

カミロは涙ながらに訴える


 「分かったわよ……」

 「……それと……皆の事、頼んだわよ」

そう言うとビアンカは男性の案内役の一人と騎士1人、ビアンカ付きの女騎士一人の計三人の兵士を連れて森の奥へと分け入っていく


 「姫様っ! くれぐれも無理をなさらぬようにっ!!」

後ろからカミロの心配する声が聞こえてくる


 

 森の中を歩きながらビアンカは考え事をしていた

 "皆を無事にノーワ帝国に送り届けることが出来たら私はどうなってもよい"

 "たとへ、祖国を捨てた逃亡者としてさげすまれ、丸裸にされ地に頭を擦り付けようとも……"

 "これが私の……旧トリニア帝国の王家最後の責務……"

ビアンカはそう心に誓っていた

 


 そんな、崇高な思いで赴く先の住人たちは新しい屋敷の内装と部屋割りとで揉めに揉めている最中だった


 アデレーナの礼拝堂、カリナのトレーニングルーム、セレスティナのダルキア風のリビングとキツチン、応接室にゲスト・ルーム、途中から無理矢理に参加してきたラミアのサウナルームは難なく施工することが出来たのだが……問題は寝室のほうだった……


 カリナとセレスティナは同室で問題無いのだが、部屋の内装を生まれ故郷のダルキア帝国北部風か南部風にするか、シングル・ベッド二つを要求するカリナに対して大きなキングサイズのべッド一つのセレスティナが対立しお互い一歩も譲る気なし……


 そしてこっちでは、アデレーナとラミアのどちらが私と同室なので揉めている……


 こうなると思っていたから、私は寝室の個室案を提案したのだったが……あえなく却下されてしまった……

 それにしてもラミアの奴、ろくに紹介もしていないのにすっかり馴染なじんでるな……まぁ昔からああいう奴だったしな……


 当分、決着が付きそうにないので私は、こっそりとその場を離れると屋敷の横の空き地に行く


 "ここがいいかな……"

私は心の中で呟くと地面に手を当てる

 「グラン・ホール」

小さなな声で呪文を唱えると、地面にテニスコートほどもある深さ1メートルほどの窪みができる

 "ちょっと、大きかったかな……まっいいかっ!!!"


 少し歩いて、転がっている大きな岩に手を当てると頭の中にイメージを描く

 「リビルト」

 呪文を唱えると巨岩が粒子となり窪みの上に集まって行く……そして、立派な神殿風の露天風呂へと姿を変えていく

 「うんっ! なかなかの出来ねっ!!」

 「後は……お湯っ!! お湯っ!!!」

私は満足そうに独り言を言うと再び地面に手を当てる

 「ディープインパクト・ボーリング」

呪文を唱えるが……何も起きない……

 「あれっ! おかしいな……外したかな……」

そうしていると……ゴゴゴゴゴゴッ……と地響きのような音がしてくる

 「やったー! 当たりっ!!」

と嬉しそうに叫んだ瞬間……私の足元からお湯が噴き出たのは良かったが……

噴き出した真上に私が立ってた……源泉温度58℃のお湯が容赦なく私の股間に襲いかかる

 「あひぃーーっ!!!」

 「熱っ! 熱っ!!」

股間に熱いお湯が物凄い勢いで当たり、危うく大事な所を大火傷をするところだった


 見る見るうちに巨大な湯舟はお湯で満たされていく……温泉の噴き出る穴に石を置いてお湯の量を調整し、この新築屋敷で私の唯一の希望が完成した。



 "何なんですかっ! あれはっ!!"

屋敷の様子を茂みの間からうかがっていた案内役が声を上げそうになるをビアンカが制止する

 残りの二人の兵士は間抜けなエレーヌの行動に必死で笑いをこらえている


 私が来る少し前に、ここまでたどり着いたビアンカ達は、奥深い森の中に不釣り合いな立派な石造りの屋敷を発見し警戒して茂みに潜み待機したのだ、そしてその全てを見ていたのだった……


 "確か……この辺りにはピレウス神殿があります"

案内役の兵士が小さな声でビアンカにささやくように言う


 "まさか! あの男は神に準ずる者なのか……それにしては、少し間抜けだな……"

 "だが……あのように奇跡をいとも容易く……間違いない……"

ビアンカの身体は小刻みに震えている……初めて本物の神の存在を目の当たりにしたからだった

 "だとしたら……あの者に我らの事情を話せば何とかなるか……"

ビアンカが考えていると……


 "せっ 聖獣だっ"

案内役が小さな声で驚いたように言う、ビアンカが視線を移すと体長三メートル以上はある大きな聖獣か間抜けな男の方に近付いていく

 

 "危ないっ!!!"

思わず心の中で叫ぶがどうすることもできないほどに聖獣は男の側に近付いていた

 "ダメだ、手遅れだっ"

しかし、次のビアンカは信じられない光景を見る事になる……


 近付いてきた聖獣は男に襲いかかる事も無く擦り寄っている、しかも、聖獣と何か話をしているようにも見える

 "ええっっっ!!!"

ビアンカも残りの三人も心の中で驚きの声を上げる



 「ポチ……お前も私と同じで仲間外れだね……」

ポチの首筋を撫でながら言うと


 「クォ~ン」

と相槌を打つかのように鳴く

 

 「お前は、あの小屋のテーブルの下が良いんだね……」

そう言うとポチは尻尾をパタパタと振る



 その頃、部屋割りで揉めていたアデレーナが外の異変に気が付くと慌てて屋敷の外へ出る

 その様子を見ていた三人も慌ててアデレーナの後を追いかけた


 "ラミアさんと言い合ってて気が付かなかった……屋敷のすぐ近くに誰かいる……とても強い……意思……"

屋敷の外に出ると目の前にさっきまで無かった神殿のようなものがある

びっくりして辺りを見回すとエレーヌとポチの姿が目に入る


 「エレーヌさんっ!!! 誰かいますっ!!!」

尋常でない大声で叫ぶアデレーナに私は驚いて振り向くと


 「待たれよっ! 我らは怪しい者ではないっ!!!」

声がすると茂みの中から豪壮な鎧に身を包んだ女騎士が1人が出てくると腰の剣を地面に棄てた


 「私は、旧トリニア帝国の王家第一王女ビアンカ・グラナドスっ!」

 「ダルキア帝国の支配を良しとせず、帝国より脱出した旧トリニア帝国・タイノス帝国の反乱軍の生き残り1700人を代表し神聖ノーワ帝国へ亡命を希望する!」

堂々とした態度に私は呆然としていると、アデレーナが私のすぐそばに駆け寄る


 「この方の言っている事は、全て事実です」

 「私達に対する敵意もありません、純粋に兵の身を案じ保護を求めています」

アデレーナは私の耳元で囁くように言うと、大きな声でビアンカに

 「貴方がたの要件は分かりました」

 「私は"聖衝立の女神"教会のアデレーナ・アルベリーニ、という者です」

 「後ろの茂みにお隠れになっている三人の方にも危害を加える意思はありません」

 「安心して出てきてください」

そう言うと、茂みの中から三人の兵士が姿を現すと同じように腰の剣を投げ棄てた

 その様子を見てアデレーナはポチに小屋に戻るように目で合図するとポチは小屋の中へと姿を消していった


 「我らの望み受け入れられようか」

ビアンカが大きな声で胸を張り堂々と問いかけてくる


 「どうしましょうか、エレーヌさん」

私にアデレーナが問いかける


 「へっ????」

私はアデレーナの問いかけに言葉を失う

 

 「何言っているんですかっ! エレーヌさんは"神聖ノーワ帝国神聖"なんですよっ!!」

 「エレーヌさんが判断すべき事なんですよっ!!」

アデレーナは私に強い口調で囁くように言う


 「えっ??? 私っ???」

突然のデリケートな政治的な判断を振られ混乱している私に


 「この者は信用して大丈夫です」

アデレーナは私を見て言う、その自信に満ち溢れた目に私も心を決める


 「分かりました、貴方がたの亡命を受け入れるようはからいましょう」

私が大きな声でビアンカに答えると張り詰めたビアンカの表情が一気に緩むと目から涙が溢れ出るのが見えた

 ビアンカの足元が少しフラつくのを見た女騎士が慌てて寄り添う


 「こちらで暫くお休みになられてはいかがですか」

アデレーナがビアンカ達に言うと二人の兵士が歩み出る


 「我ら二人は森の中で待機している同胞に連絡してまいります」

そう言うとビアンカに付き添った女騎士一人を残して足早に森の中へと姿を消していった


 「こちらへどうぞ」

アデレーナはビアンカに手を差し伸べる


 「申し訳ございません……」

ビアンカはアデレーナの言葉に小さな声で答えた


 「カリナさんセレスティナさん、悪いですがゲストルームの用意をお願いします」

カリナとセレスティナは付き添いの女騎士と共に屋敷へと入っていった


 「エレーヌさん、ラミアさん、さっきのように少し森の木を切り拓いていただけませんか」

アデレーナは事態が良く把握できずに呆然としている私達に指示を出すと私の方を見て

 「私は聖都に赴き事情を伝えてまいります」

 「後の事は、よろしくお願いします」

そう言うと大きな声でポチを呼ぶ、ポチが小屋から出てくるとポチの背中に乗り、まるで"も○○け姫の△ンのように物凄い勢いで走り去ってしまった


 「なんか……アデレーナ……凄いね……」

ラミアがポツリと呟いた


 「ああ……そうだね……」

私も本当にそう思ったのだった


ラミアが屋敷の方を見ながら何か考え事をしている

 "……なんか、気になるな……あれ……"

そう呟くととラミアは私の手を掴んで屋敷の方へ歩き出した


 「ちょっと! ラミアどうしたの……」

何も言わずに歩くラミアに私は慌てる


 そのまま、屋敷に入るとゲストルームのドアをノックするラミア……

 中から返事がするとドア開く……部屋の中に入るとビアンカが鎧のままベッドに横になっている


 「何してるのっ! さっさとその窮屈で重そうな鎧を脱がせなさいよ!」

ラミアが強い口調で言う、それを聞いたお付きの女騎士が訳を話しだす


 「申し遅れましたが私は、サリタ・アルバと申します……」

 「騎士ような格好をしていますが、本当はビアンカ様付きの待女です」

 「姫様のこの鎧は……トリニア帝国の王家に伝わる魔装の鎧……」

 「この鎧を身に纏った時よりビアンカ様はいかなる攻撃に不死身となられました……」

 「しかし……その代償として、この鎧は身に纏った者の魂を喰らいます」

 「纏った者の魂が朽ちるまで脱ぐことは叶いません……」

サリタの目から涙が流れ落ちる


 「やっぱりね……そんな事だと思ったわ……」

ラミアは呆れたように言う

 「ほらっ! エレーヌっ! アンタの出番よっ!!」

 「お得意の脱がせ魔法っ!」

 「そこのベッドで寝てる、お姫様、素っ裸にひん剥いちゃっていいわ!!」

 「全開で一発、お願いっ!!!」

そう言うと私に魔法を発動させるように目で催促する


 「ちょっと……変な言い方しないでよね……」

私はブチブチ言いながらも言われた通りに全力で"パージ"の上位魔法を発動させる

 「パージング」

閃光が部屋の中に満ちる


 「バカっ! やり過ぎっ!!」

ラミアの怒鳴り声が聞こえてくる

部屋にいた私以外の全員が丸裸になっていた……ビアンカの鎧も見事に消えてなくなっている

 「何してんのよ! 早くっ! 服持ってきてよっ!!」

ベッドで寝ている一人を除いて、部屋の隅でコソコソと局部を隠している他の三人とは違いラミアだけは素っ裸で隠そうともせずに堂々と胸を張っている


 「はいっ! 仰せの通りにっ!!」

 そう言うと私は、屋敷を出てアデレーナの小屋に行くと適当に何枚かの服を手にして、すぐに部屋に戻った


 部屋の中では、ラミアがビアンカの額に手を当てていた

 「うん、精神面は問題ないわね……」

 「後は……肉体面、外傷はなさそうね……問題は……魂ね……」

少し難しそうな表情をするラミア

 「あっエレーヌっ! 良い所に帰ってきたわ」

 「ちょっと、この子にポーションかけてみてくれる」

ラミアは裸のままで横たわるビアンカを見て言う……部屋の隅ではそそくさと他の三人が服を着ている


 「いいけど……ラミアも早く服着なよ」

そう言うとラミアにアデレーナの服を手渡した、ラミアの服の予備が無かったのでアデレーナの服を持って来た


 「これって、あの女の服じゃないの……」

少し嫌そうな顔をしながらも服を着るラミア

 「くぅ~っ、服まで嫌味ね……」

アデレーナの服を着たラミアはかなり余裕のある服の胸の部分をパタパタしながら言う

 「でも、ウエストもガバガバね……あの女、結構……腹出てんだな……」

そう言うとニヤリと笑った


 そんなラミアを横目に私はビアンカにポーションをかけようとする

 ビアンカの左胸に手のひらを当てる……直接、体に振れ心臓の上から術をかけるのが最も効果が高いからだ……にしても……いいオッパイしてるな……などと不埒な事を考えながらも術を発動させる


 横でサリタが心配そうに様子を見ている

「ポーションっ!」

手のひらから光が発せられると、ビアンカの顔色が赤みを帯びてくると、小さな声を出すと目を開けた

 「良かった…気が付いたようだね……」

 「どこも痛くない? 苦しい所はある?」

私はビアンカに話しかける……横でサリタが涙を流している


 「はい……どこも痛いところはありませんし、苦しくもありません」

 そう言うと、虚ろな目で辺りを見回す……そして、自分が裸だと言う事に気が付き私の手が自分の胸に触っている事に気が付く

 「えっ???」

見る見るうちにビアンカの顔が真っ赤になる

 「あのっ! てっ手がっ!! その……」

ビアンカが恥ずかしそうに言う


 「エレーヌっ! 手っ!!」

ラミアが不機嫌そうに言と、私はすぐに手を退けた


 「すいませんっ……助けて下さったのですね……」

 「私……男の人に胸を触られるのは初めてなもので……」

すまなさそうにビアンカが謝る……ラミアと他二名が笑いを堪えている……


 「あの……ビアンカさん……私……女です……」

私が悲しそうな顔をしてポツリと言う


 「へっ?」

ビアンカは間の抜けたような顔をする……その横でサリタも"嘘っ!"という顔をしていた

 「しっ! 失礼しました!!……私ったら……」

ビアンカは相当に混乱しているようだった


 「後はよろしくね!」

 「ラミア……ちょっと付き合ってくれる」

そう言うと傷心の私はラミアを連れて部屋を出て屋敷の外へ向かう

 

 「さて、アデレーナの言いつけ通りに、ここいら辺の木をなくしちゃいまかすね」

 「勿論、ラミアも手伝ってねっ!」

 「手っ取り早く1700人分の空き地を造成するとすれば……」

と私が準備運動に腕を回しながら言うと


 「エレーヌ……アレやるの……」

 「私……丸焦げになるの嫌よ……」

ラミアが私の方を不安そうな表情で見る


 「大丈夫よ……ちゃんと手加減するから」

私は自信満々に言うがラミアは顔を引き攣らせながら後ずさりすると屋敷の中へ消えていった

 「何よっ! 信用してくれてもいいじゃないのっ!!」

私はブチブチ文句を言いながら大技の呪文を詠唱準備に入る……今までの小技とは違い相当なと集中力と魔力が必要な代物……


 「ヘリオスっ!」

呪文を唱えると辺りが静まり返る……森に吹いていた風がピタリと止まると、鳥たちが一斉に飛び立つ、目の前の森の木々に陽炎が立つと火柱が上がり一斉に燃え上がる


「ん~いい具合ね、これで、400メートル四方は丸焼けね]

 「多少の火の粉は飛んでるけど、屋敷は石造りだし大丈夫ねっ!」

一息ついて、ふと視線を逸らすとアデレーナの小屋が燃えている……燃え盛る小屋からポチがお気に入りのテーブルを必死に引きずり出そうとしている

 「ぎゃーっ! ポチっ!! いつ戻ってきたの???って、そんな事言ってる場合じゃないっ!!!」

  焦った私は降雨魔法を唱えようとするが、大技を使った後なので上手く魔法が発動しない……あたふたしている間に小屋は完全に火が回り焼け落ちる


 すると、後ろからアデレーナの声がする

 「どうしたんですかっ! エレーヌさんっ!!」

 「物凄い勢いで煙が上がっているのでダルキア帝国軍が追撃してきたのかと思い急いで戻ってきたのですが……」

 「どうやら……違ったようですね」

息を切らしながら心配そうに言うアデレーナに私は何も言えなかった


 屋敷の玄関で様子を窺っていたラミアが

 「あ~あ……またやっちまったよ、エレーヌの奴……」

 「まぁ……この前みたいに、学生寮を丸焼けにしたよりはまだマシかな」

 「……あの時は、私も巻き込まれて丸焼きにされたんだよな……」

 慌てふためく私を見ながら言った……


 私が何とか、降雨魔法を発動させ小屋の火を消し止める……が……

 ポチは何とかお気に入りのテーブルは持ち出せたようだが小屋の中の物は全て燃えてしまったようだった

 「どうしよう……アデレーナ……みんな燃えちゃった……」

 消し炭しか残っていない小屋の焼け跡に呆然と立ち尽くす私

 

 「いいんですよ、皆が無事だったんですから」

そう言うとアデレーナは微笑んだ……

 (当然、すぐに魔法で再建したことは言うまでもない……)

 

 アデレーナと二人で何か燃え残ったものはないかと探していると異形の者達から受け取った"黒い剣とランプ"だけは、まるで何事も無かったように元のままの姿で焼け残っていた


 "あ~良かった…これだけでも燃え残ってて、でも、あの炎の中でもなんともないなんて……やっぱり、ただの黒い剣とランプじゃないんだ"

私は、黒い剣とランプを拾い上げると大事そうに抱きしめた



 私とアデレーナが黒い剣とランプを持って屋敷に入るとがそれを見たラミアが目を細める

 「その"黒い剣とランプ"何処で手に入れたの……」

何だか、様子がいつものラミアと違う


 「これは、"異形の者達"から頂いたものですが……何か……」

アデレーナが不思議そうに言うと


 「それっ、多分……"黒曜剣こくようのけん霊体黒火灯れいたいこっかのともしび"だよ……」

 「黒曜剣は霊体を切裂き滅ぼす剣、霊体黒火灯の黒光は肉体から魂を分離させる」

 「超弩級のレア・アイテムだよ……私も実物を拝むのは初めて……なんせ、この世界の代物じゃないからね」

 「1000年前の戦いの時に、この二つがあればもっと楽に完全に魔王を倒せただろうね……それほどの力があるんだよ」

そう言うと珍しそうに見つめている……

そういえば、ラミアってこの手のマジックアイテムに詳しかったな……というより……オタク……だったような……などと私が考えていると


 「"完全に"って」どういう事なんですか」

アデレーナが慌てたように問い返す


 「そのままの意味だよ……1000年前の戦いで"異界の魔王"は肉体を失くしたが、魂は滅んではいない」

 「その魂はこの世界に残り力を徐々に蓄えながら今も何処かに存在しているってこと」

そう言うとラミアは淡々と語り続ける

 「"異形の者達"がそんなとんでもない代物をこちらに託したってことは、門の向こう側の奴らはこっちの世界には手出しする気が無いってことだし」

 「私達の手で魔王を完全に滅ぼしてほしいって事だろうね……」

 「つまり……魔王の復活が近いって事だよ」

アデレーナの表情が凍り付く……これを受け取った時に"異形の者達"から聞いた言葉そのままだった


 「ダルキア帝国皇帝バルドゥイノ……」

この"黒い剣とランプ"の事を知っていた者の名前を、私は小さな声でを呟いた……


 暫くの沈黙……しかし、それを破るような喧騒が森の中から聞こえてくる


 「あっ! 言い忘れていました……軍が亡命者たちの当面の食料や衣服などを提供してくれるとの事です」

 「多分、輸送部隊が到着したのではないかと……」

アデレーナが気を取り直して言う


 少しするとると大荷物を背負った何百人もの兵士と荷物運びの人足が森から出てくると屋敷の前に集結する


 「あっ! ポチはっ!!!」

私が慌ててそう言うと

 「大丈夫です、ポチは知らない人の前にはよほどの事がない限り姿を見せませんから」

アデレーナの言う通り、そう言えばポチの気配が無い……テーブルも無くなっている


 「エレーヌさん……先ほどのダルキア帝国皇帝バルドゥイノに"異界の魔王"の魂が宿っていて魔王として復活が近い言う事……本当でしょうか」

 アデレーナは真剣な表情で私とラミアに問う


 「多分……間違いないと思う……」

私がそう言うと、ラミアも頷いた……それをきいたアデレーナの顔色が変わる


 「私は、これからすぐ急ぎ聖城のテオドラ様にこの事を報告に行きます」

 「すみませんが後の事はお任せいたします」

そう言うとアデレーナは足早に森へと姿を消した


 それから間もなく、森の中から旧トリニア帝国・タイノス帝国の反乱軍の生き残り1700人が次々と到着する

 皆、疲弊している様子が見て取れる


 その後、私の作った空き地に次々と野営用のテントが張られ何もなかった焼け野原は駐屯地へと姿を変えた


 第十九話 ~ 終わり ~

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