第16話

第十六話



 ダルキア帝国から神聖ノーワ帝国へ通ずる街道におびただしい数の兵士が姿を現す

 皇帝バルドゥイノの進軍命令を受けてダルキア軍の本隊が進軍を始めたのだ……


 その頃一足早く、別動隊の隠密も遊撃隊と共にアルテシア山地の森に入っていた


  "この森の向こうにカリナの仇がいる"

セレスティナの心の中にカリナの顔が浮かぶ


 「とばし過ぎだっ! セレスティナっ! 後続が着いてこられんぞっ!」

三人組隊長のシリノ・ジャマスがセレスティナに注意する

 「後続の連中は図体のデカイのが多い、お前みたいにすばしこくないぞっ!」

少し笑ったように言う


 「すいません……気がはやりました……」

セレスティナは少しペースを落とす


 後ろからは、遊撃部隊の連中のボヤキ声がかすかに聞こえてくる


 "畜生! 何てヒデー道なんだっ! 道って言えるもんじゃねえなっ!!"

 "後ろの奴らはどうだっ!"

 "姿は見えませんが付いてきているみぇーですぜっ"

 "この森の向こうには聖女様と女神様がいるんだろ"

 "へつへっへっ聖女様と女神様か~いいよな~"

 "どうせブッ殺しちまうんなら、その前に楽しんでもいいんだろっ!"

 "ああっ、好きにしろって命令だ"

 "好きなだけ奪い、好きなだけ犯し、好きなだけ殺せって命令だろっ"

 "しかも、殺った奴にはスゲー報奨金が出るって話だせっ!!!"


 普通の人なら聞き取れないが耳の良いセレスティナには明確に聞き取れる

 おぞましい内容の会話を聞いていると嫌気がさしてくる

 "耳の良いのも考え物ね……"

そう心の中で呟くと聞こえないようワザと気を逸らした

 "こいつらがいなければもう森を抜けているはずなのに……"

セレスティナは少し焦りを覚えていた……

 "あんなゲス野郎どもに殺らせてたまるかっ!"

聖女様と女神様は私が殺る……そう心に誓っていたからだ……そのためにこの作戦に志願したのだ

 焦るセレスティナの前にはまだまだアルテシア山地の深い森が行く手を覆い隠していた



 その頃、私とアデレーナは森の小屋で普段の生活に戻っていたのだが偽ボレアス事件の後アデレーナはすっかり元気が無くなってしまった


 口数も減り、食欲も無い、明らかに偽ボレアスに能力を使ったのがアデレーナの精神に影響していることは確実だった


 私は知識として黒魔術師が能力に目覚めた時に必ず起こす精神障害だということが分かっていた、それを承知で偽ボレアスに能力を使ってもらったのだ……後悔と罪悪感が私を攻め立てた……

 

 これで、アデレーナが黒魔術師だということがほぼ確定された事だけが唯一の成果だった


 黒魔術師が必ず乗り越えなければならない宿命ともいえる精神崩壊を招く大きな壁……この壁を乗り越えられる事がいかに難しいかは黒魔術師の極端な数の少なさが物語っている。

 この壁を乗り越えるには時期が早ければ早いほど良い、出来ればその能力に目覚めた直後が最善だが、アデレーナは能力に目覚め既に一年以上を経過している……しかも、最近では私も防御魔法無しでは心を読まれてしまう程に、その能力は極めて高くなっている


 この事は、アデレーナにはあらかじめ話してある……黒魔術師の事を話した時に、アデレーナは何も言わずに聞いていた……そして……言った言葉も……

 "私、やっぱり普通じゃなかったんですね……"

私を見て笑いながら言った時の顔が今でも脳裏に焼き付いている……そして、最後に……

 "もし、私が壊れちゃったらエレーヌさん……"

 "その時は……私を……楽にしてくださいね……"

 "お願いします……約束ですよっ!!"

楽にするって……私に……そんなこと出来るはずがない……


 アデレーナの異変にカリナも気付いている……私は。カリナにも話しておくべきだと思った

「カリナ……少し話があるんだ……」

私が次の言葉を出す前に

 

 「アデレーナさんの事ですね……」

カリナは先に次の言葉を口にした


 私は、包み隠さず知っている事を全てをカリナに話した

 話を聞いたカリナは暫く話の内容を理解するのに時間を必要としたようだった


 「要するに……試練の時なんですね……」

 「何となく分かります……」

 「私も忍びの者になった時に同じような事がありましたから……」

カリナも幾多の厳しい試練を乗り越えて優秀な忍びになったのである

 ……因みに、野〇ソが平気で出来るようになるのも若い乙女には大変な事なのだ


 そんな、カリナに言わなければならない事があった

 「カリナ……アデレーナの事で一つだけお願いがあるの」

 「……アデレーナの事を"化け物"だと"気持ち悪い"とか思わないでほしいの……」

私はカリナの目をジッと見て言う……すると……


 「そうですね……私も初めは……そんな風に思ってました……」

 「始めて、心を読まれた時には本当に"化け物"に見えました……」

 「本当に怖かったから、アデレーナさんに従順に従ってました」

 「……でも……今はそうは思っていません……」

そう言うとボーっとしているアデレーナの方を見ると小さな声で

 「今は、エッチでド変態のオヤジ程度にしか思ってませんよ」

と笑いながら言った


 「あ~、私もそう思うわ……それ……」

それから少しの間、私とカリナはアデレーナの変態性癖の話題で盛り上がっていたが当人は全くの無反応だった

 

 カリナが食事の支度の為に席を外すと、私はアデレーナの横ですっと寝ているポチをみる

 「ポチ……お前が一番……アデレーナの事を心配してるんだよね……」

そう言いながら寝ているポチの頭を撫でるが何も反応しなかった


 ……ポチはアデレーナが聖城から帰ってきて以来、ずっと狩りにも行かずアデレーナの傍を離れずにいる、本当に主人思いの良い奴だと思うがこのままだとポチの体のことが心配だった

 「ポチ、たまには外に出れば……お腹も減ったでしょう……」

私は寝ているポチに話しかけたが、やはり何の反応も無かった


 

 その頃、国境付近のトメルリ街道でダルキア軍と神聖ノーワ軍とが対峙していた


 このトメルリ街道筋が重装歩兵によるファランクスを得意とするダルキア軍の大部隊を進行させるのに必要な条件を満たすことの出来る、アルテシア山地を抜ける街道で唯一開けた平原を有するの最良の地形だからである

 

 それを見越してノーワ帝国軍はここに陣を張っていたのである


 「やはり、ここに来たな……」

 「ざっと……2万5千程か……意外と少ないな……」

 「それでも我が方の1万8千より多いか……」

 陣取った高台から望遠鏡を覗きファランクス隊形で進軍してくる前衛のダルキア軍重装歩兵部隊の兵の数をみて、大将軍のユーラスが言う


 当初は進軍してくるダルキア軍の数を3万以上と予想していたからである


 それには、ダルキアの事情があった……三カ国同盟国を併合はしたものの、未だに旧勢力は存在しておりこの機に乗じて各地で反乱を起こす可能性があったので国内にある程度の兵を残して置かねばならなかったからである


 国内の残留兵力を合わせれば国民皆兵のダルキアの兵員動員数は常時でも余裕で5万を超えるのである


 「よしっ! 、計画通りに行くぞっ!!!」

そう、大声で大将軍のユーラスが高らかに叫ぶ、ここに大陸史上最大規模のトメルリ会戦が始まることとなる


 「神聖ノーワ帝国に栄光あれっ! 神聖皇帝に勝利をっ!! ピレウスの神々よ我らに加護を!! 」

周りの兵士も続けてが叫ぶ

 ……"その頃、その兵士たちが叫びを捧げた"栄光と勝利と加護"の神聖皇帝エレーヌさんは山の森の小屋で食事中であった"



 「第一軍騎馬隊っ! 全騎突撃っ!! ファランクスを突き破れっ!!!」

 ユーラスの号令で中世ヨーロッパの騎士に似た精鋭の騎馬軍団の2千騎が長槍を構え一直線にダルキア軍の重装歩兵部隊に突入していく


 前回の戦いでノーワ帝国軍は騎馬隊でファランクスを突き崩しそこから軽装歩兵が得意の近接戦闘を仕掛ける事でファンクスを崩壊させダルキア軍を撃退しいてる


 当然、ダルキア軍も前回の戦いを教訓にノーワ帝国軍の戦法を研究しており対騎馬戦法を考案していた


 大陸を分断するアルテシア山地の南側の神聖ノーワ帝国と北側のダルキア帝国とでは気候も地形も異なるために軍の構成も戦法も大きく異なっている

 温暖で湿潤な気候で草木が茂り林や森の多い神聖ノーワ帝国では機動性に優れた騎馬隊が発達し、寒冷で荒涼とした気候で開けた平原や草原が多いダルキア帝国では戦車が発達したのである


 騎馬隊に及ばなくとも小回りの利く軽装戦車で移動しつつ突撃してくる騎馬隊を遠距離から強力な大弓で狙い撃ちする戦法である

 ダルキア軍内に騎馬隊を設立することも提案されたが長い経験と実績を誇るノーワ帝国軍の騎馬隊に付け焼刃の騎馬隊では太刀打ちできないと判断し得意な戦車戦で対抗しようと考えた訳である


 古代エジプトのチャリオットに似た二人乗り二頭立ての軽装戦車はノーワ帝国軍の騎馬隊より小回りが利かないので接近戦では太刀打ちできないが、二人乗りなので御者と射手が分かれおり攻撃力と防御に優れ持久力もある事を利用しようと考えたのだ

 

 ノーワ帝国軍の騎馬軍団の突撃を阻止するためにダルキア軍から戦車隊が重装歩兵部隊の後方から前進してくる……その数はおよそ800台……

数こそノーワ帝国軍の騎馬隊の半数にも満たないが戦力的には同等である


 「なんだっ! あれはっ!!」

後方からファランクスをすり抜け土埃を舞い上げながら騎馬隊に突っ込んでいくダルキア軍戦車隊の光景を目にしてユーラスが声を上げる


 互いに戦い難い相手であるが、戦車戦の実戦経験の豊富なダルキア軍は一直線に突入してノーワ帝国軍の騎馬軍団を回避するように二手に分かれ側面に回り込み騎士の鎧を貫く貫通力に優れた矢を強力な大弓で次々に放つ


 強力な矢は多くのノーワ帝国軍の騎馬隊の鎧を射抜き倒したが、矢を逃れた半数はダルキア軍の軽戦車部隊に突入すると得意の長槍で次々と戦車の兵士を串刺しにし戦車の車輪を破壊し転覆させる


 激しい騎馬隊と戦車隊の戦いが落ち着いてくると

 「そろそろ頃合いか、騎馬隊を後退させよ!!」

 「歩兵部隊はその場で待機っ!!」

ユーラスは大声で指示を出す


 ノーワ帝国軍の騎馬隊が後退すると後方から重装歩兵がファランクスを組み接近してくるファランクスの後ろに待機しているダルキア軍の長弓歩兵部隊が長弓を射ると無数の矢の雨がノーワ帝国軍の歩兵隊前衛に降り注ぐ


 「よしっ! 軽装歩兵部隊少しずつ予定の位置まで後退せよっ!!」

ユーラスは軽装歩兵部隊に後退を命じる

 ノーワ帝国軍の軽装歩兵部隊は徐々に後退を始めるとそれに合わせてダルキア軍の重装歩兵部隊がファランクス隊形で前進を始める


 その様子を反対側から見ていたダルキア軍ノーワ帝国攻略軍の司令官ブラウリオ・アギレラは違和感を覚えていた

 小柄で白髪混じり齢55歳の実戦豊富なこの司令官は前回のノーワ帝国軍との戦いを経験している

 「厄介な騎馬隊は撃退したな……」

 「ん~状況は、我が軍に有利だが……引き際が良すぎる」

 「ファランクスを突き崩さねば奴らに勝機は無い」

 「なのにどうして騎馬隊を下げて後退する」

 長年の経験から、ノーワ帝国軍の動きに違和感を覚えていたが、隠密からの情報でノーワ帝国が二つに分かれているという事を知っていたのが彼の判断を鈍らせることとなる


 「全軍進撃せよっ!」

司令官ブラウリオが号令をかけると二万五千人の兵が一斉に雄叫びを上げる

進軍の合図の太鼓が鳴り響くと二万五千の兵団が一つの生き物のように一糸乱れず動き出す


 最前列の重装歩兵、弓兵、長槍兵の順に並んだダルキア軍のファランクスは最前列の重装歩兵の持つ堅固な鎧と盾の鉄壁の防御で相手の攻撃を防ぎ後方に控えた弓兵が遠方の敵を狙い撃ちしそのすぐ後ろの長槍兵が接近してきた敵を排除する


 ダルキア軍はこの戦法で多くの敵を破ってきたのであるが、この戦法には欠点がある一糸乱れぬ行軍を行うにはある程度の条件を満たす必要がある

 大部隊が行軍できる広さと平坦な地形である、この街道はその条件を満たしているはずだった


 順調に進軍を始めて暫くすると最前列の重装歩兵たちが目の前の光景を見て驚く

 「どうしたことだこれはっ!」

 平坦なはずの街道の至る所に巨石が転がり穴が掘られ大木が転がっている

 ダルキア軍の進軍の足が止まる、そこにノーワ帝国軍の騎馬隊が軽快に障害物を避けるようにして襲い掛かってきた……その後ろには軽装歩兵が付いてきている


 「クソッタレッ!!! められたぞっ!!!」

 「これでは前進も出来んし、戦車も使えんっ!!!」

 司令官ブラウリオが悔しそうに叫ぶと直ぐに命令を出す


 「敵襲っ! 重装歩兵っ防御隊形っ!!」

 「弓兵っ! 撃ち方初めっ! 」

 「槍兵っ! 一歩前へっ!!!」

防御陣形を指示すると同時に後退命令を出す

 「全軍っ! この場から後退っ!!!」

ゆっくりと後退を始めるダルキア軍……ファランクスは前進とは違い後退は歩みは早くはない……というより退くということ自体が考慮されていない……

"無敵ファランクスに後退無し……"それが、ダルキア帝国軍の誇りでもある


 雨のような弓矢を恐れもせずにノーワ帝国軍の騎馬隊が最前列に突っ込んでくる多くの騎馬隊が矢の前に倒れても次々と突撃する騎馬隊の一騎が矢を受け血飛沫ちしぶきを上げながらも遂に突入に成功し重装歩兵が薙ぎ倒され鉄壁のファランクスに穴が空く


 ファランクスに空いた穴から侵入してきたノーワ帝国軍の騎馬隊を長槍兵が槍でぶっ叩き落馬させる、混乱するファランクスは徐々に統制が取れなくなってくる


 飛び交う怒号と悲鳴……そこに、ノーワ帝国軽装兵がなだれ込むとファランクスは完全に崩壊する

 司令官ブラウリオはファランクスが崩壊したことを悟ると

 「もはやこれまで……全軍、各自後退せよっ!!!」


 ファランクスが崩壊した事を確信したユーラスが腰の剣を抜き高く振りかざすと

 「全軍っ! 突撃っ!!!」

大声で叫ぶと後方の部隊も一斉に突撃を開始する


パニック状態に陥りバラバラになって敗走するダルキア兵士を次々と長槍で串刺しにしていくノーワ帝国の騎馬隊……ノーワ帝国軍の完全勝利は目前だった……


 しかし、そこに後方で待機していたはずのダルキア軍の軽装戦車が突入してくると再び騎馬隊との激戦となった

 ノーワ帝国の騎馬隊とダルキア帝国の戦車隊は共にその国の精鋭中の精鋭、花形である、その意地とプライドを賭けた戦いは激烈を極めた


 このダルキア軍戦車隊の果敢な行動によりダルキア軍は全滅を免れ多くの者が生き延びたが、その代償として開戦時800台の戦車は戦闘終了時には200台に満たず戦車隊は壊滅的な損失を被ることとなる


 この戦いの中でノーワ帝国騎馬隊とダルキア戦車隊に英雄が誕生する


 殿しんがりつとめ、たった一台の戦車で追いすがるノーワ帝国騎馬隊に果敢に突入し騎馬9騎を打ち取った女戦車乗りである

 彼女とその相棒はこの戦いを生き抜き、後にダルキア帝国軍で初めての女性戦車隊長・副隊長となる


 一方、多くの矢を受け血飛沫ちしぶきを上げながらもにファランクスに突入しファランクス崩壊の糸口を作った騎馬兵は戦死している

 驚くべき事に彼は、この戦いが初陣の若干17歳の騎馬兵見習いであった

 死後、帝国史上最年少でノーワ帝国の最高勲章である聖ピレウス大十字章と騎士として最高位である天位を授かる事となる


 この戦いに於ける両軍の損失はノーワ帝国軍の2500人に比べてダルキア軍は倍の5000人を超えた


 ノーワ帝国軍の戦死者の半数は騎馬隊であり、その多くがダルキア軍戦車によるものである

 その結果として戦車の威力を思い知ったノーワ帝国軍にも戦車隊が新設される事となる


 ノーワ帝国軍以上に大改革を行ったのはダルキア軍で帝国設立時より伝統のファランクスと重装歩兵を廃止し騎馬隊を新設、全く違った軍組織へと変貌する事となる

 

 軍の変革には両国ともに長い時間を必要とした上に、ダルキア軍の大敗は旧三カ国同盟国に於いて反乱を招きダルキア帝国は混乱に陥る

 一方、ノーワ帝国軍では戦に勝利こそしたものの主力の騎馬隊は壊滅状態となり回復には時間を要した


両国の諸事情により暫くの間、両軍に大規模な会戦はなく一時の平時が訪れる事となる


 この会戦開始から遅れる事、僅か数時間……アルテシア山地の森で世にも不思議な戦闘が繰り広げらていた事は全く知られていない

 



第16話 ~ 終わり ~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る