第15話


第十五話



 私達が暢気に日常を送っている頃、千年の歴史を誇るとされる三カ国同盟国の聖地……パルキア公国の首都パナル神殿は最後の時を迎えていた

 パナル神殿は、この大陸で神聖ノーワ帝国のピレウスと双璧をなす聖地である

 先祖代々にわたりこの地ので千年もの時を支配者として治めてきたパルキア公国の教皇クレト・エスクデーロは燃え上がる神殿を見て呆然としていた


 「こんな馬鹿な……聖地を、神殿を焼くなどあり得ぬっ!」

 しかし、目の前では起きている事は現実なのである……

 ここが聖地である限りダルキア帝国ですら容易に手出しできまいと高を括っていた教皇クレトには受け入れがたい事実であった


 ほどなくして、ダルキア帝国の兵士が宮廷に乱入し教皇クレトはなす術もなく捕らえられた

 捕らえられた教皇クレトの前にダルキア帝国の皇帝バルドゥイノが姿を現す


 「この罰当たりの不届き者がっ! 」

 「聖地をけがし、その上に神殿を焼き払うなど言語道断っ!!」

 「神をも恐れぬ愚か者めがっ!!! 」

物凄い形相で皇帝バルドゥイノに向かって怒鳴る


 「ふっ……言いたい事はそれだけか……その言葉、そのまま返してくれるわっ!」

 「何が神をも恐れぬだ……余が何も知らぬとでも思うたか」

 「聖地などと片腹痛いわっ……神の名を語る偽物めが……」

 思いもよらぬ、皇帝バルドゥイノの言葉に教皇クレトが困惑するが……皇帝バルドゥイノはそのまま話し続ける

 「古の時代この大陸で神と呼ぶ者が存在したのは聖地は唯一ピレウスのみである」

 「うぬらのこの聖地は偽物よ、神と何の所縁ゆかりも無いわっ!!!」

皇帝バルドゥイノの言葉に周りの兵士たちもどよめきだす


 「なっ!何を根拠にそのような戯言たわごとを……」

教皇クレトが息を荒くする


 「根拠か……もしも、本当に千年の歴史があるのなら伝承の通りに、この地に神は蘇ったか」

 「かの神聖ノーワ帝国のピレウスでは"衝立の女神"が蘇ったそうだ」

 「もう一度問う……この地に神は蘇ったか……」

神聖ノーワ帝国のピレウスに"衝立の女神"が蘇ったことは教皇クレトの耳にも入っていた


 「……それは……それは……」

教皇クレトが言葉に詰まる


 「どうした……教皇クレトよ……なぜ答えぬ……」

 「正直に言うたらどうじゃ……このパナルの神殿は、ピレウスの威光にあやかるためにお前の先祖が創った偽物の聖地だとな……」

 「もう少し、下衆言い方をすれば神の名を語って先祖代々金儲けをしていたとな」

周りの兵士たちはお互いに何かを話し始める


 「なっ何を馬鹿な事を言うっ!!!」

 「そのような根も葉もない事を言いよって、この不埒者がっ!!!」

教皇クレトは声を大きくするが、兵士たちの疑念は確信へと変って行く事を止められなかった

 求められれば身を削ってでもこの神殿に多くの寄付を先祖代々、長年にわたり寄進してきた者たちの子孫が兵士としてこの場に大勢いたからだ……皆、神の威光を信じ救いを求めての事だった

 兵士たちが最後の最後に皇帝バルドゥイノの勅命を受けるまで、この神殿への攻撃を躊躇ためらったのもその信仰心からだった


 それが全て嘘だったと気付いたとき教皇クレトとその先祖が言ってきた自称千年続いた神殿と彼らに対する信仰心は一瞬で崩壊した、そして、失望が憎悪に変わるのも一瞬だった



 皇帝バルドゥイノが帝都ゲノリウスを離れ自ら遠路はるばるパルキア公国の首都パナル神殿まで出向いてきたのには理由があった

 

 皇帝バルドゥイノ自身さえ気付いていない魂の奥底にいる存在……それが、千年前に我が前身の力を封じ肉体を滅ぼし魂を引き裂いたピレウスの者たちを語る偽物の存在そのものを許さなかったのだ

 

 嘘で築き上げられた偽物の神殿とそれを語る者……皇帝バルドゥイノは自身にも理解できないほどの嫌悪感とはらわたが煮えくり返るような怒り……


 その最後を見届けるためだけにこの地まで赴いてきたのである


 燃え上がり崩れ落ちる偽の神殿と怒りに満ちた兵士たちに八つ裂きにされ絶叫し苦しみ死んでゆく詐欺師どもの最後を見ていると己の魂の奥底で何者かが歓喜の声を上げるような気がして魂がしずまって行くのが分かった


 こうして、長年にわたって嘘で築き上げれた偽の神殿と偽の聖地はその痕跡すら無く破壊され領主諸共この世から完全に消え去り、その跡地には毒が撒き散らされ完全に不毛の地となった……


 

 その後、自分たちの聖地と神が偽物だと知った時に多くの者は次の神としての救世主を求めるのは、この世界では至極当然の事だった……

 ダルキア帝国皇帝バルドゥイノがその救世主となるまでさほどの時間を必要としなかった

 かくして、三カ国同盟国はダルキア帝国に完全に併合されることとなった

 


 程なくして、神聖ノーワ帝国のアソピオスとテオドラの元に事の詳細に伝えられる


 パルキア公国とパナル神殿、教皇クレトの最後を聞いたアソピオスは

 「偽物か……我らも他人事ではない……」

 そう言うと傍にいる妹のテオドラの方を見る


 「確かに、私達……サマラス一族はそうかもしれません……」

 「ピレウスと"衝立の女神"は本物ですよ」

アソピオスの方を見ながら言う


 「そうだな……何にせよ、我らサマラスも役目を終えた……」

 「サマラスの血が絶えるのも必然じゃったのかもな……」

 「お前には……すまぬが儂はもう一度、狸寝入させてもらおうかの……」

昼の暖かい日差しが差し込む部屋で兄妹は笑っていた……


それから数日後、アソピオスはこの世を去った享年72歳だったが、この事は国民に伏せられたが、何故かダルキア帝国の皇帝バルドゥイノには届いていた


 アソピオスの崩御により、神聖ノーワ帝国に神聖皇帝はその代役すらも不在となった

 

 後を任されたテオドラがまず初めに行ったことが完全に空席となってしまった神聖皇帝の席を何らかの形で埋める事であった


 白羽の矢が立ったのは……"衝立の女神"のエレーヌだった

 テオドラの使いで侍従長のスピロ・ガラニスと供の者が森の小屋にやってきたのは極秘に行われたアソピオスの葬儀が終わり喪が更けた翌日の朝だった


 「えっ! 先々代神聖皇帝様が崩御ほうぎょなされたのですかっ!!」

私は思わず声を上げてしまうがアデレーナは平然としていた


 「はい……今はテオドラ様が代理で業務をこなしています」

 「つきましては、"衝立の女神"様とアデレーナ様に至急に聖城にお越し願いたいとのご要望です」

 「出来ればこれより、我らにご同行願えないものでしょうか」

侍従長のスピロが真剣な表情で言う……居間に寝ているポチにかなり怯えているようだが無理も無い……


 「これからですか……」

 「テオドラ様の命とあらば……参ります」

そう言うとアデレーナは私の方を見る……私もそれを承諾した


 「カリナ……私達ちょっと聖城に用があるから留守番頼むね」

 「ポチも留守番頼んだわよ」

そう言うとカリナとポチを残してすぐに小屋を後にし、昼前には聖城に着いていた

カリナはもう逃亡したりしない事も分かっていたし、ポチがいれば大丈夫だろう



 聖城の会議室に通されると大きなテーブルを囲んで神聖ノーワ帝国の重鎮じゅうちんが3名待機していた


 「よく来てくれました……」

 「向かって右から、宰相のカイロス、大将軍のユーラス、神官長のボレアスです」


  テオドラがテーブルの3人を紹介すると私達に椅子に座るよう言う

 「早速ですが、"衝立の女神"様……重要なお願いがあります」

 「貴方に神聖ノーワ帝国の神聖皇帝に即位していただきたいのです」

面倒な前置き無しでテオドラが言う


 「えっ!!!」

私はアソピオスの崩御の時よりも驚いたが、アデレーナは悲しそうな表情をしていた

 「私ですか……私が神聖皇帝にですか」

 「何かの冗談でしょうか……」

私は顔を引き攣らせてテオドラに言う


 「冗談でも何でもありません……私は本気です」

 「御存じの通り、兄のアソピオスには世継ぎがおりません、私にもです」

 「平時ならば時間をかけて相応しい者を跡目にあてがえば良いのですが……」

 「今は状況がひっ迫しております……ダルキア帝国の皇帝バルドゥイノが我が国に侵攻を画策しております」

 「このような時に神聖皇帝が不在では軍の統制が取れません」

 「私にも、ここにおる者たちにも出来ません……それが出来るのは貴方様だけにございます……」

 「何故ならば……既にダルキア帝国皇帝バルドゥイノは神格化されております」

 「これに対抗し得るのは同じ神格化された存在が必要なのです」

テオドラが力強く口早に言うと


 「ここにおられる3人の方もご了承しているのでしょうか」

私は重鎮の三人に目をやった


 「三人とも異存はないそうです」

テオドラも重鎮の三人を見て言うとアデレーナの方を見る


 「そうですか……その前に一つ片付けてなくてはならない事があります」

私はアデレーナの方をもう一度見ると彼女は小さく頷いた、アデレーナはスッと席を立ち上がり


 「この中にダルキア帝国に内通している者がおります」

アデレーナの言葉に私以外の者の表情が凍り付く


 静まり返った部屋の中にアデレーナの足音だけが響く……そしてある人物の前で立ち止まった

 「神官長のボレアス様……いえ……クレメンテ・ガルドスさん」

そう言うとアデレーナがニッコリと笑った


 「なにを言っておるっ! 無礼なっ!!」

 「言い掛かりも程々にせぬとただではすまぬぞっ!!」

神官長のボレアスは大声で怒鳴るように言う、その様子を見ていたテオドラは


 「アデレーナ……間違いないのですか」

アデレーナの能力を知るテオドラは冷静に問い直す


 「はい、間違いありません」

 「神官長のボレアス様は既に一年ほど前にこの者の手により亡き者となっております」

 「この者はクレメンテ・ガルドス、36歳、ダルキア帝国第二軍団所属の諜報員で隠密隊員です」

 「この者は、四年前に我が国に入国し教会に下働きとして雇い入れられ、巧みに神官長のボレアス様に近付き三年間にわたり観察しその形態を模写、一年前にボレアス様を殺害し入れ替わりました」

 「ボレアス様の亡骸は教会の地下室の古い棺の中に隠されております」

 「ボレアス様を狙った訳は、聖職者には妻子がいない事、隔離された環境で人の出入りが殆ど無い事、背格好が似ている事、髭もじゃで変装が容易な事……など、入れ替わっても正体を見破られにくいからです」

アデレーナは神官長のボレアスを冷酷な目で見ながら淡々と話す……


 「なっ何を戯言たわごとを言うかっ!」

 「儂が神官長のボレアスで無いという証拠はあるのかっ!!!」

テーブルを叩くと椅子を跳ね除け立ち上がりアデレーナに向かって声を荒げる


 それを見ていたテオドラは

「では、神官長のボレアスどの……貴方が神官長に就任した際に我が兄のアソピオスが貴方に託した言葉を覚えておりますか」

ボレアス本人と自分にしか知りえない質問する


 「……」

ボレアスの顔から血の気が引いていきは黙り込んでしまにう……

宰相のカイロスが疑惑の目を向け……大将軍のユーラスは腰の短剣の柄に手を掛けた


 「違いますっ! 忘れているだけですっ!!」

ボレアスが必死に言い訳をするがボレアスを見るテオドラは目を細めたままだった


 「……もはやこれまでっ!!」

偽ボレアスは口をモゴモゴさせる


 「ダメっ!! 誰か止めてっ!!!」

アデレーナは偽ボレアスの方に手を伸ばすが手遅れだった


 偽ボアレスは歯に仕込んだ毒薬を飲み込むと床に倒れた、血走った目でアデレーナを睨むと

 「こっこの……化物めがっ……」

これが偽ボレアスの最後の言葉となった


 偽ボレアスの最後を見ていたアデレーナは死んだような目をしてその亡骸を見つめていた……


 「私って……やっぱり……」

震えながらアデレーナが途中まで言ったところで私はアデレーナをギュッと抱きしめた


 「大丈夫だよ……アデレーナ……どんなことがあっても……私……」

私が小さな声で言うとアデレーナも私に強く抱きついてきた……その体は震え冷たかった……


 私は、震えるアデレーナを抱きしめたまま……

 "人とは何と自分勝手な生き物なのか、自分に都合の良いものは"神"で都合の悪いものは"化け物"か……"

心の中でそう呟やいた



 その後、アデレーナの言った通り教会の地下室の古い棺の中から神官長ボレアスの亡骸が見つかった


 アデレーナの能力を知る事になった、宰相のカイロス、大将軍のユーラスにはテオドラから帝国軍事機密として他言しない事が命じられ二人は了承した

 同じように神官長のボレアスの件も極秘とされた

 

 その後の会議でダルキア帝国の諜報網を利用して、逆にこちらから、それらしい偽情報を流してダルキア軍を罠に嵌める作戦が検討された


 我が国の国力と戦力を誇張して流しダルキア帝国の侵攻を思い留まらせ政治的に和平協定を結ぼうとする宰相のカイロスの案と、敵を領土内におびき寄せ地の利を生かし有利な条件で攻撃を仕掛けダルキア軍に大打撃を与えた後に協定を結ぶ大将軍のユーラスの案の種類が検討される事となり


 結果的に、ダルキア帝国皇帝バルドゥイノの性格からして侵攻を思い留まる事は無いと判断され大将軍のユーラスの案が採用されたがあまりに領土内の深くにダルキア軍を進行させると略奪や破壊による被害が大きすぎるという宰相のカイロスの進言も一理あり比較的、初期の段階でダルキア軍の鼻っ柱をへし折る戦略が検討され実行されることに決定された


 私とアデレーナの出番はなく、お留守番を言い渡された……確かに、二人とも戦争のやり方なんてなんて全く分からないので当然と言える

 完全なお飾り"神聖皇帝"だが私にはその方が良かった


 

 作戦が決定すると、すぐに神聖ノーワ帝国では着々と戦争準備が整えられた、準備が整うと偽の情報が流される


"神聖ノーワ帝国は神聖皇帝の後継を巡って宰相のカイロスと大将軍のユーラス対立が激化し国は二分されている、今が開戦の絶好の機会である"と


 思惑通り、この報を受け取ったダルキア帝国皇帝バルドゥイノは神聖ノーワ帝国への侵攻を決断しダルキア全軍に進軍命令を出す事になるが、計算外の命令も出す


 それは……以前にも一度決行して失敗した"衝立の女神"殺害と"異界の剣とランプ"の略奪または破壊であった


 皇帝バルドゥイノは魂の奥底でこの二つが自分とって危険な存在である事を直感していたのである……


 そのためだけに極秘に別動隊として、ダルキア帝国軍でも悪名高い遊撃隊を深いアルテシア山地の森を抜ける別ルートで私たちの山小屋に向かわせる事にしたのである


 大部隊で移動は不可能と言えるが少人数で能力的にも優れる遊撃隊には可能だと判断したからでノーワ帝国軍の不意を突くことが出来るとも判断したからだ……その判断は正しかった


 ノーワ帝国軍の幹部は、このルートで大部隊が進行してくることは無いと考えたので、戦力的に劣るノーワ帝国軍は大半の戦力を街道筋に配置した、よってこの付近には殆ど部隊は配備されていなかった


 ダルキア帝国軍でも悪名高い遊撃隊とは、人員数は不定で戦闘能力は桁外れに優れているが兵士としては大きな問題のある者たちが集められた部隊である……現状は100名ほどである


 桁違いの戦闘力でダルキア軍の急場を幾度となく救ってきた部隊であるが戦場での度を越えた情け容赦のない殺戮と極悪非道な振る舞いでダルキア兵士にすら忌諱きいされている


 アルテシア山地の深い森を抜けての侵攻であるために道案内と斥候として三人の隠密部隊が先行することになる……侵攻前の部隊……その中に、忍び装束に身を包んだ小柄な少女の姿があった……セレスティナだった


 「カリナ……仇は必ず獲るからねっ」

彼女は目の前に広がる広大なアルテシア山地の森に向かって独り言を言った

……その森の向こう側ではカリナが平穏な生活をしいてることなど知る由もない


第十五話 ~ 終わり ~

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