退かない殻
やることがなかったので、久しぶりに蛹にリモコンを向けた。再生すると蛹の成長が2020年から始まったのを見て、ああ、ここまで見ていたんだな。と思い出したが、それまでの蛹の成長過程については思い出せなかった。
幼虫は脱皮しようとしているが、殻が頑として割れない為、成虫になれていない。だから幼虫は殻を恨めしく思っている。とはいえ殻がまだまだ元気なのだからしょうがない。
殻が元気なのは、延命装置が取り付けられ、幼虫を押さえ付ける為の力が多分に残されているからだ。そのせいか、殻は自身をまだ成虫だと思い込んでいる。体に殻特有の硬さがあるにも関わらず。
可愛げがないので、今の殻が幼虫だった時のことを振り返ろう。と再び蛹にリモコンを向けた。一時停止して、40年前、1980年まで巻き戻してゆく。小さくなってゆく蛹に、殻が空中で修復されながら被ったところで、再生する。
まだ幼虫だった殻が、成虫になる為に当時の殻を割ろうと体に目一杯力を入れると、当時の生気のない殻は簡単に割れた。成虫になった殻は外気を浴びながら思う存分伸びをした。
若かったんだな。と思うだけだった。一時停止して、早送りしてからまた2020年で再生する。
殻は羽化する際の自分の頑張りを思い出しながら、「それに比べて最近の幼虫は」と悪態をついている。しかし幼虫は殻が成虫になった時よりも力を入れているのだ。純粋な力比べでは若い幼虫に分があるが、殻特有の硬さに体力が加わって、殻は極めて割れにくくなっているのだ。
成長が進まず、見栄えがしないので、一時停止して40年後、2060年まで早送りしてゆく。しかし蛹の成長が止まってしまったので、おかしい。と電光板を見ると、確かに数字は進んでいる。数字が2060年まで進んだので、再生する。
殻はまだ割れていない。殻には40年前よりも遥かに技術的進歩を果たした延命装置が取り付けられており、肉体は40年前と同じどころかずっと若返っている。しかし硬さは相変わらずで、まだ「それに比べて最近の幼虫は」と繰り言を発している。
殻はその段階で永遠の生命を手に入れていた。従って幼虫は永遠に幼虫である。幼虫はもうすっかり羽化を諦めており、ただ肉体が腐ってゆくのを待っている。
その後いくら早送りしても殻の成長は止まったままなので、蛹を捨てた。
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