SNSの孤島で

 SNSという文明の利器は、物理的な距離を無視して、好きな人を目の前に召喚することができる。また相手が自分からこちらに来ることもできるが、中年男性には来訪者がなかった。それは彼に親密な友人がいなかった為だ。


 中年男性はSNSを使う唯一の目的を果たす為に女子高生を召喚した。そして「ももきち@16歳 JK 용 사랑 해요」と書かれた名前とその下に貼られた女子高が笑顔で指ハートをしている写真を見て、にんまりと笑いを浮かべた。中年男性にとって、名前と写真の裏にブラックボックスがあることは片想いの妨げにはならかった。

 

 中年男性が求めると、「ももきち@16歳 JK 용 사랑 해요」が言葉を発した。


「今日はずっと頭の中でポンデリングが回ってた!やっと食べれる❤(*’▽’)❤

#知らねえよ

#でも美味しい

#カロリー0理論」

 

 ブラックボックスは添付されたポンデリングの穴の中から瞼を僅かに朱色に塗った片目を覗かせる写真を表示しながら、「ももきち@16歳 JK 용 사랑 해요」の最新の投稿(といっても7、8時間前だが)を読み上げた。その声は抑揚のない機械的なものだったが、寧ろ脳内で好みの声を当てはめることができる分、中年男性にとっては喜びだった。彼は自分の描く「ももきち@16歳 JK 용 사랑 해요」のイメージの確かさを確かめる為に、過去の投稿も求めた。以前見た内容を忘れていた訳ではなく、毎日の習慣が彼にそれをさせた。


「おはよ~

#顔の腫れヤバい

(耳の生えたフード付きのバジャマ姿で歯ブラシを咥えた寝ぼけ眼の写真)」


「ライブ行きてえ

(ミュージシャンのライブ中の写真にマジックペンで『사랑 하는❤』と描かれた画像)」


「期末早く終われ(;O;)

 #ヤバい

 #呟いてる暇あるなら勉強しろ」


「ヤリたいだけでDMしてくる人消えて

 あと韓国好きなだけで批判してくる人も

 지옥에 나가 라

 #共感したらRT

 #ラブ&ピース

 #러브 앤 피스

(しかめ面で頬を膨らましている写真)」


「ねむ(-_-)zzz

#満員電車臭い氏ね」

 

 中年男性はブラックボックスをまじまじと見ながら、その中で生活している「ももきち@16歳 JK 용 사랑 해요」に思いを馳せた。


 この時間だったらもう寝ているだろう。そこは年の割には幼い内装の部屋で、彼女はウサギのぬいぐるみを抱いて寝ているのかも知れない。自宅と学校の報復の生活の中で、時々趣味に寄り道しながら、彼女は傷付いたり乗り越えたり諦めたりして、少しずつ大人に近付いているのだろうが、今だけは、赤子のように安らかな寝息を立てていることを祈ろう。

 

 もしかしたら、ブラックボックスの中に女子高生はいないのかも知れない。と中年男性は今日も考えた。「ももきち@16歳 JK 용 사랑 해요」という架空の人物を、誰かが作り、演じているのかも知れない。「ももきち@16歳 JK 용 사랑 해요」の正体は、16歳でもなく女性でもないのかも知れない。その嗜虐心に駆られた誰かは、騙されている誰かのことを嘲笑しながら投稿を続けているのかも知れない。

 

 中年男性はそう思いながらも、尚もニヤニヤとした笑いを浮かべていた。何故ならそのような不安を掻き立てる想像は、彼にとっては希望のスパイス以外の何物でもなかったからだ。彼は募る一方の恋焦がれる気持ちを抱きながら、油の浮いた掌でブラックボックスを撫でた。



 満足の吐息を出した後、今回も中年男性はブラックボックスの錠前に手をかけて、ポケットから取り出した専用の鍵で施錠し、ブラックボックスの蓋を開けた。


 そこには禿げ頭があった。深夜、携帯にニヤニヤ顔を照らされているその人物は、中年男性自身だった。

 

 中年男性は、先程まで自分が行った妄想を、どこかの誰かがするのをニヤニヤ顔で想いながら、今日もSNSの中で一人、孤独を紛らわしていた。


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