第十一話:戦闘(後) ~握る武器の使い方~
「弘法筆を選ばず、っていう
――「コウボウ」? 工房……攻防……光芒……。
この世界で――というよりも日本で使用されている日本語で、イセルは麗菜を含めたこの世界の住人と意思疎通を行っている。これは召喚者である麗菜の知識が影響しているのだろうと、イセルや鏡花は推測している。
だが諺や言い回しは、国の文化や国民性、歴史に根差して出来たものが多く、イセルにはそのような知識まで持っているわけではない。そのため話が通じるといえ、言語においても、イセルは今なお学びの途上だ。
僅かに眉根を寄せながら沈黙する様子を見て、刃嵐がすぐに口を開く。
「ごめんごめん。弘法っていうのはこの国に昔居た僧侶の
答えが示されたにも関わらず、イセルはさらに眉間の皺を深くする。
「つまり武器を上手く扱えずに戦う術を失っている私は、コウボウには程遠い未熟者だと? いや……確かに二度も得物を失ったのは、己の未熟の致す所。そう誹られても言い返せない。しかしだな」
口調は静かだが、言葉の節々からは不機嫌さが滲んでいる。そしてイセルは折れた刀を、刃嵐に見せつけるように突き出す。
「片や粗雑な
刃嵐の腰に下げられた刀に目を遣りながら、不満気にイセルは訴える。本人に自覚はないだろうが、その様はどこか拗ねた子供のように見える。
刃嵐は穏やかに微笑みながら、ゆっくりと頭を振る。
「誤解させてしまったのなら謝るよ。だけど君が未熟者だなんて、とんでもない。君は僕がこれまで出会った中で、最強という言葉に一番近い武人だと思っている」
「……随分と買われたものだな。そこまで貴公に私の戦いを見せたつもりはないが」
刃嵐の言葉が上辺だけの世辞ではないと認識したイセルは、やや戸惑いながらも突き出した腕を下げる。
「これでも僕は、武に身を置く人間だ。立ち居振る舞いだけでも、君が相当の実力者だと分かるよ。それに、有栖野家の御子息との模擬戦も見せてもらったからね。もっともあの試合も、君にとっては全然本気じゃなかっただろうけど」
「……あの日、学校に居たのか?」
「いや、後日映像だけ見せてもらったよ。見た後に後悔したね。あの場で実際に、この目で君の戦いを見たかったって」
手放しに称賛する刃嵐に、イセルは居心地悪そうに視線を泳がせた。
「だからこそ、君は武器に左右されるような半端者ではないと断言できる。二回も刀を折ってしまったのは、君が刀の性質をまだちゃんと理解していないからだ。それさえ分かれば、君はこの武器でも十分に戦える」
そう言って刃嵐は、自身の得物とは別に持っていた刀――他の隊員やイセルが使っていたのと同じ『
「……評価されて悪い気はしないが、それでも武器はより良い物の方がいいのは自明だろう。貴公のそれと同等の武器はないのか?」
「申し訳ない。これは僕の魔導器でもあるんだ。僕にしか扱えないし、このレベルの刀を量産するのは、費用も技術も足りてないのが現状でね」
苦笑する刃嵐。だがイセルもその台詞に納得したのだろう。それ以上追及することなく、差し出された『閃鉄』を受け取った。そうして刃嵐は表情から笑みを消し、イセルを真っすぐに見る。
「他の追随を許さないほどの、高い技量と図抜けた膂力。この二つの両立こそが、イセル=ボーデルト=ミハイル=ファルザーという戦士の、強さの
映像越しにしか見ていないが、君の本来の得物は閃鉄と比べ物にならない、それこそ聖剣と呼ぶに相応しい武器だった」
使い手と武器の両方を評価する刃嵐。彼の言葉を、イセルは静かに聞いている。
「閃鉄は魔導士が使用することを前提に作られた刀だ。素の耐久力をある程度犠牲にして軽量化し、その代わりに魔力を通すことで耐久力が強化される。結果、魔導士が使うことによって、軽くて頑丈な武器として機能する。白兵戦を行う戦士にとっては、これほど最適な武器はないだろう。
魔力のない今の君では、耐久力強化が見込めない。だがそれでも、閃鉄は『刀』だ。刀は他国の刀剣類と比べても、その質は決して劣ることはない。特に斬れ味や鋭さは、世界一だと思っている。それは君も使っていて分かったんじゃないかな?」
「私のアルジェグラウスに比べれば遥かに下回るが、まあ……そうだな。斬れ味に関してだけなら、及第点と言ったところか」
手にした閃鉄に目を落としながら、イセルは刃嵐の言葉に渋々同意する。小さく苦笑いしながら、刃嵐は続ける。
「だから刀は、そこまで力を込めなくても対象を斬ることが出来る。過度な力はむしろ、
だからイセル。『技』と『力』の両方で振るのではなく、力を抑え……違うな。君の場合は『技』だけで戦うように意識するのが、ちょうどいいかもしれない」
「『技』だけで、戦う……」
元居た世界では、全身全霊を尽くして魔王を討ち果たしたイセル。どのような戦闘でも自身の持つ憎しみを余すことなく剣に乗せ、文字通り自身の全てを使って戦場を駆け抜けていた。
同時にそれは、憎悪の対象である魔獣や魔王が、全力を以て相対しなければ容易に命を落とす相手であったことを意味する。己の全てを以て戦うことは、戦場における最低限かつ絶対の条件だとイセルは認識していた。
魔力を失っている今では尚更、技と力を尽くして戦うのが当然とイセルは考えている。そんな彼にとって、刃嵐のアドバイスは
イセルの困惑を察知したのか、刃嵐は小さく苦笑し、外周に一度目を向ける。二人の四方は刃嵐が発動させている『
「少し見ていて」
そう言って刃嵐は、足元に山吹色の魔法陣を展開する。魔法陣に記された術式は、身体強化。脚部のみに魔法を施した刃嵐は、高く跳躍し異形の群れに躍り出る。
着地と同時に抜刀。
一刀の下に、三体の異形を沈黙させる。そうして近くに群がる異形を数体、瞬く間に駆逐する。
脚部以外の身体強化はされていないにも関わらず、その太刀筋は苛烈かつ強力で、けれど一切の無駄なく洗練されており。
――なんて綺麗な斬撃だ。
その剣技は、イセルに美しさすら見せた。
ある程度の数を斃したあと、刃嵐は再び跳躍しイセルの下に戻る。
「力は抜いても、手は抜いているわけじゃない。単なる力任せではなく己の身体を正しく操作し、刀そのものの
部下にはよく『
「気合ではなく、理合……」
「
苦笑しながら言う刃嵐。だがイセルの表情――何かを掴み取ったと思わせる、確信に満ちた面持ちを見て、息が詰まったように口を噤ませる。
「ハラシ殿、ありがとう。少しだけ、分かった気がする」
鞘から刀を抜き、刃嵐に鞘を預けるイセル。
「……やれそうかい?」
刃嵐の問いかけに、イセルは言葉で答えなかった。イセルが深く腰を落としたかと思えば、瞬時に跳躍し刃嵐の『明壁』を飛び越える。
「GyあああaAAaaあアああ!」
異形たちは目のない頭部を、舞い降りようとするイセルへと向ける。
――『力』を抑えろ。刀の重さを握れ。今以上に、『技』で戦え。
刃嵐の剣技を思い返しながら、イセルは刻み込むように己に言い聞かせる。
上段に構えた刀を、着地と同時に振り下ろす。着地点に居た異形が中心から真っ二つに斬られ、体が砂塵に還る。叩き斬るような唐竹割りと違い、その斬撃は、まるで素振りのように抵抗のない静かな軌跡だった。
大挙して押し寄せる異形の群れは、イセルの間合いに入った瞬間に砂へと成り果てていく。
――もっとだ。もっと体を使え、技を使え。
これまでのイセルは、斬り飛ばすと表するに相応しい斬撃で異形を狩っていた。だが刃嵐のアドバイスを受けたあとでは、別人と見紛うような戦い振りに変貌していた。
――ハラシ殿の剣は、もっと洗練されていた。もっと、美しかった!
力を極力抑え、刃嵐の技に近づけるように自身の動きを最適化する。異形からの攻撃を刀で真っ向から受けるのではなく、得物に極力負担をかけないよう、刀に添わせるようにいなす。そうして胸部の中心――異形の弱点である核のある場所を、確実に攻撃する。
「……参ったな。いつ以来だろ、
一人残された
「僕も負けてられないな」
『明壁』を解除し、異形の殲滅に戻った。
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