第十一話:戦闘(前) ~少年が抱える感情、それは~

 中央機動魔導科連隊は陸上国防隊総司令部――正式名称は『陸上総隊』――が直轄する部隊の一つであり、全国の陸上国防隊から選抜された魔導科兵のみで構成されている。


 直接戦闘を主な任務とする第1・第2中隊、この二中隊の補助や作戦立案・情報収集など、戦術支援や連隊自体の運営を担う第3中隊、計三個中隊で編成される。連隊という戦術単位にしては小規模なこの部隊は、構成人数も他部隊のそれを遥かに下回る。一般の普通科歩兵一個中隊が200人程度であるのに対し、この連隊の第1・第2中隊はそれぞれ24人、第3中隊は50人と、総人数は百人にも満たない。

 陸海空のそれぞれの国防隊において、魔導科兵は普通科兵よりも圧倒的に数が下回ることを加味しても、一国の陸軍総司令部直轄部隊がこのような少人数であることは、一見すると異常に思われるかもしれない。


 だが中央機動魔導科連隊の戦力が他の連隊規模の部隊に比べて劣るかと言われれば、答えは否だ。日本では実戦に耐え得ると認められた魔導士のみが、魔導科兵として着任することを許される。個人の戦力という観点で見れば魔導科兵は、普通科歩兵は勿論、非軍属の魔導士と比べても高い実力を誇る。中央機動魔導科連隊の構成兵は、そこからさらに過酷な訓練や審査を経て選抜された兵士であり、隊員一人で普通科歩兵小隊二個分の戦果をもたらすと目されている。

 陸上総隊の切り札と呼ぶに相応しい、少数精鋭の魔導科兵部隊。それが中央機動魔導科連隊だ。

 弱冠25歳にして同連隊第1中隊隊長を務める疾ヶ瀬はやがせ 刃嵐はらし一等陸尉は、巣鴨・護国寺における異形の出現の報告を受けて、己が率いる部隊にイセル、啓治の2名を加えた26名を三つの班に分けた。


 一つは第3小隊8名。サンシャインシティ周辺の整理および一般市民の避難誘導を、警察と協力し行うために残す。


 一つは第2小隊8名に加え第1小隊から4名、計12名を護国寺へ。


 そしてもう一つは刃嵐、啓治、イセル、そして第1小隊3名の計6名とし、巣鴨の対象制圧に向かう運びとなった。




 サンシャインシティを含めた池袋区内で異形が出現して、30分以上経過した。政府の対応は早く、直ちに魔法生物兵器によるテロが確認されたことを国民に公表し、都内全域に居る民間人に向けて近くの建物への避難や、警察・国防隊の指示に従うことを要請する緊急放送を発信した。

 

 そのため新たに異形の出現が確認された巣鴨・白山通りも、一般市民の犠牲は目に見える範囲では確認されていなかった。もっともそれは時間の問題であり、二百体以上の異形が魂を求めて、いずれ家屋に浸入することは予測できていた。


 そんな異形の群れに立ち向かうべく、国防隊員が応戦していた。魔導科兵や魔法警察官は居らず、普通科歩兵が隊列を組み、自動小銃による斉射や手榴弾で異形の撃滅を試みている。

 異形の核を壊すだけならば魔法である必要はない。銃弾や爆発の破片が核を傷つけるだけでも、異形を崩壊させることは可能である。しかしながらやはり身体強化による近接戦闘よりも精確さにはどうしても一歩譲ってしまうため、思うように数を削ることができず、苦戦しているのは明らかだった。


 「こちら機動魔連第1中隊隊長、疾ヶ瀬。これより巣鴨に出現せし対象集団への近接戦へ移行する。現地応戦中の『中即連ちゅうそくれん』部隊、直ちに発砲をやめ後退せよ。繰り返す――」


 先頭を走る刃嵐が無線機を用いて通信を行う。だがその通信の途中であるにも関わらず、白銀の貴影が飛び出した。


 「おい、イセル!」


 啓治の制止を聞いても、些かも躊躇う様子なく、イセルは単独で突撃していく。


 「あの馬鹿、勝手に動くなって言ったのに――つか、身体強化使ってる魔導科兵おれらに並走するどころか追い抜いていくって、どんな体してるんだあいつ」


 呆れ調子の啓治とは違い、刃嵐以外の三名の隊員は表情を凍らせている。イセルの突然の行動に、刃嵐も虚を突かれたようだったが。


 「――現地応戦中の『中即連』部隊、直ちに発砲をやめ後退せよ。当区域の対象殲滅は、以降我が隊で対応する」


 通信を終えて、直ちに残りの隊員に指示を出す。


 「申川さるかわ二尉、雉野きじの二尉、いぬい三尉。そして筧三尉は手筈通り、外周から対象の撃滅にあたれ。小官はイセルの周囲、中心部から戦闘を行う」


 「「「了解!」」」


 「了解」


 三人の隊員が声を揃え、ややタイミングがずれる形で啓治が了承を示した。それぞれの応答を確認したあと、刃嵐はイセルを追うように移動速度を上げた。


 一人突貫したイセルは、速度を緩めることなく異形レヴナンテの群れに突入する。駆け抜けざまに異形を斃しながら、普通乗用車を踏み台にして高く跳躍する。

 限界まで肺を膨らませ、自身の体が最高点に到達したところで。


 「破ぁっ――!」


 吸い込んだ空気を一気に解放し、全域に響き渡る裂帛を放った。


 「なんつー馬鹿声だありゃ。拡声魔法なしって嘘だろ? こっちの肌までビリビリきてるぜ」


 両耳を指で押さえながら、啓治が呆然と呟く。刃嵐は僅かに顔を顰める程度だったが、他の隊員や、後退途中の国防隊員は反射的に手で両耳を抑える。

 そして先の戦闘と同様に、異形共が一斉に奇声を上げ、イセル目掛けて殺到する。


 「うっわ、本当にあいつの言った通りだ。声デカい奴に集まる習性でもあんのか?」


 「筧三尉、無駄口を叩くな! 直ちに戦闘を開始しろ!」


 刃嵐が叱責しながら、イセルの下へと駆けていく。


 「へいへい。ほんじゃま、ボチボチ始めますか」


 啓治はさして堪えた風でもなく、自身の周囲に火球を数個展開し、戦闘行動に移った。


 異形は自身の周囲に居る生物の魂を察知し、殺傷することで魂を得ようとする。だがそれとは別に、異形は生物が発する声や足音――その振動を、肉体で感知している。視覚や聴覚を持たない異形が唯一有する感覚器官は、肉体そのものだ。この振動覚を用いることで、異形は獲物の位置を探り出す補助としている。

 イセルの裂帛は尋常ならざる音圧で、異形たちの肉体を振動させる。それを受けた異形の群れは、肉体全てを震わせる声を放つ存在を、より剛くより大きな魂を持つ者と認識する。そして強大な魂を取り込もうと、異形たちはイセルに押し寄せることになる。

 これが無秩序に殺戮を振り撒く異形の注意を、イセルが一手に集めるカラクリだ。啓治のぼやきは、意図せず正解を突いていた。


 着地したと同時に、イセルは一息に5体の異形を沈黙させる。大挙して押し寄せる異形の群れに怯むことなく、手にする刀を奔らせる。


 ――出てこい、俺はここに居るぞ!


 技量を損なうことはないが、先ほどの戦闘に比べイセルの戦いぶりは荒々しい。それは、己の存在を誇示するためのものだった。

 元居た世界において、国や両親、戦友、そして命を賭してでも守ると決めた妹を、イセルは魔王率いる軍勢に奪われた。魔王や魔獣、それに与した者は全てイセルの憎悪の対象であり、救世を為した大英雄が抱く憎悪は――その深さとはげしさは、常人が容易く理解することなどできない。

 異形は、そんな仇敵が使用していた外道の業だった。異形を目にした瞬間から、イセルはかつて己を焼き焦がした、そしてついに克服できなかった炎が再び灯るのを自覚していた。

 イセルが今この場で戦う理由。それは異形からこの世界の人々を守るためでもあったが、本当の目的はこの事件の首謀者――異形を作り出した張本人を引き摺り出し、惨殺し、胸に宿る憎悪の炎を鎮めるためだった。


 ――解っているさ。この憎悪おもいは決して認めちゃいけない、忌むべき感情だって。


 イセルは英雄という存在に、誰よりも憧れていた。幼き頃に聞いた母親の寝物語や、王室に貯蔵されていた英雄譚や騎士道物語に登場する主人公達のようになりたいと、心の底から夢見ていた。

 物語の主人公は苦難や絶望の淵に立たされても、憎しみを抱くことはあっても決して囚われることなく敵を打ち倒し、自身の大切な存在――恋人や家族――を失うことなく世界も救う、完璧な結末ハッピーエンドを勝ち取っていた。どんな強大な悪意や理不尽からも全てを守り切り、救う存在こそ、真の英雄だと信じて疑わなかった。


 そして同時に、今の己が決してそんな英雄には成れないのだと。


 ともすれば目に入る全てを殺戮し、破壊しかねない激情を、刃を振るう原動力とする復讐者が英雄に至ることなどないと、イセルは当の昔に悟っていた。


 ――それでも、俺は!


 目の前の異形を叩き潰すように、唐竹割りを繰り出す。肉体の崩壊を見届けることなく、イセルは背後から刃を振り下ろそうとする異形に振り向く。

 まずは異形の攻撃を受けるべく、その刃に自身の刀を合わせた瞬間だった。


 甲高い音が鳴り響き、イセルの手から質量が消える。


 「なっ!?」


 またしてもイセルは、自身の得物を折ってしまった。


 ――しまった、しくじった!


 異形の斬撃を紙一重で躱し、折れた刀を異形の胸部に突き立てる。刀を失ったイセルに容赦なく、異形は押し寄せてくる。


 「面倒な……!」


 表情に苦みを添えて、先程と同じように異形共を同士討ちさせようとするイセル。だがそんな彼の周囲に、雷が落ちる。


 「ギシャアアああアアああああ!?」


 雷はイセルを巻き込むことなく、異形のみに損傷を与える。直撃した異形は核を灼かれて崩壊した。その他の異形は完全に斃せはしないものの、電撃の余波のせいで感電し動きを封じられている。

 次にイセルの四方に、山吹色の魔法陣が展開される。


 ――『明壁バリア』……に、雷の属性を付与しているのか。


 麗菜の『明壁』とは違い、今発動しているそれは帯電しており、攻撃する度に異形が感電していた。


 壁に囲まれた形のイセルの傍に、術者が降り立つ。


 「余計な世話だったかな?」


 苦笑しながら訪ねる刃嵐に、イセルは首を小さく振って答える。


 「いや、すまない。助かった。手間をかけさせた」


 素直に礼を言われたのが意外だったのか、刃嵐が僅かに目を見開く。そしてすぐに小さく微笑みを見せる。


 「魔法を使用しないで、ここまで戦ってくれているんだ。疲れていてもおかしくない。少しだけ休憩にしようか」


 穏やかに言う刃嵐は、視線を明壁の外へ向ける。イセルがそれを追えば、啓治と三人の隊員が異形の数を削っているところだった。啓治はイセルを救援した際に見せた蛍火で、残りの隊員は刃嵐と同じように白兵戦で戦っている。

 啓治の魔法はイセルが初めて目にするものだった。一見すれば魔法陣の展開がなく、まるで奇術師のように何もない空間から火球が生じているように見える。だがよくよく注意すると、手掌の辺りが彼の魔力色である緑黄色に光っている。そこに魔法陣が展開されているのは予測できたが、魔法陣が小さすぎるため、啓治の手や体で隠れている。

 他の隊員は刃嵐に劣るものの、帯刀警官よりは遥かに高い実力だった。加えて三人の連携には目を見張るものがあり、瞬く間に異形が斬り倒されて砂塵に還る。


 「休憩がてら、僕から一つアドバイスさせてほしい。刀の使い方についてだ」


 部下が近くに居ないためか。一人称を普段使いのものに変えて、刃嵐がイセルに声をかけた。

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