第九話:推測 ~異形の出処、少年の決意~

 「奴らに感覚なんてものはない。近くに居る生物に反応し襲い掛かり、刃で殺し、あるいは噛みつき、己に魂を取り込もうとする。だがどれだけ殺したところで魂を取り込めるわけもない。結果、異形は生物を見境なく襲い続ける兵器となる」


 説明を終えたイセル。場には重苦しい沈黙が下りる。


 死体を加工し利用するという手段。人としての倫理を踏み躙るという点で、これほど突出した外法もあまりないだろう。本能的な嫌悪感を、場に居る全員が味わっていた。


 「……異形レヴナンテに宿っていた呪いはどうなる? 襲った人間や、それこそ戦った我々に跳ね返るということはないかな?」


 表情に僅かな苦みを滲ませながら、刃嵐はらしが問う。


 「異形の中の怨念は、形を保っている間は核に縛られているから外には出ていけない。そして核が壊されたあとだが、元々が歪な方法で纏められた怨念の塊だ。存在自体がそもそも不安定で無理のある代物でもある。呪いを現世に繋ぎとめる核を砕いてしまえば、カタチを失った怨念は霧散する。他者に害を為すような力なんて持ちえない」


 「つまり異形に殺された者の死体に怨念が宿ったり、傷つけられた者や我々に呪いが感染することはないと考えていいんだね?」


 刃嵐の確認に、イセルが確かに頷く。そうして刃嵐は振り向き、背後に控える部下たちの一人に指示を出す。


 「傷病者の隔離を一時解除。陰陽道系あるいは祓魔術エクソシズム系の魔法を修める魔導士を二人以上随伴させた上で、一般救急病院に搬送せよ。他部隊にも同様の連絡を」


 「了解!」


 指示を受けた隊員が敬礼し、場を離れる。それと入れ替わる形で、別の隊員が刃嵐の下へ駆けつける。


 「報告します。対象を載せていた大型車数台、およびタンクローリーに運転手は居らず。運転席や駆動部に魔法が使用された形跡あり、魔法による遠隔操作で区内に運ばれたものと推測されます」


 「車両の出処は?」


 「警視庁に問い合わせたところ、数台は盗難届が出されております。まだ全車両を確認してはいませんが、全て盗難車である可能性があります」


 「爆発物は?」


 「爆発した車体、および他にも数台、ガソリンタンク付近に起爆装置が確認されました。現在大型車全数に氷結魔法を施した上で確認作業を進めています」


 「報告ご苦労様。引き続き現場の調査を頼む。それと、対象を形成していたあの砂を解析班にまわすよう手筈を整えてくれ」


 「了解!」


 部下の報告を聞き終えた刃嵐は、大きく息を吐き、深刻な表情で向き直る。


 「現在、豊島区内の複数個所で異形の出現が報告されています。場所によって数に差はありますが、最低でも数十体確認され、今なお魔法警官および国防隊各部隊が応戦中です。

 サンシャインシティ周辺――現在地が最も出現数が多く、警官隊やイセル君が戦って斃した数を含めれば三百体以上に上ります」


 イセルや同じ国防隊員である啓治だけでなく、高草木や麗菜に向けて刃嵐が敬語を使う。


 「ここまでの異形レヴナンテの総数は、大まかに見積もって五百体近くです。イセル君の言う通り、一体あたり複数体の死体が使用されているとすれば――」


 「材料として使われている死体は、二千から三千ってところか」


 刃嵐の言葉を、眉根を寄せた啓治が引き継ぐ。千単位という数字の大きさに皆一様に顔を顰める。


 「そうだ。だから私は、この国の兵士であるハラシ殿や、衛士であるヒロキ殿に問いたい。この国で遺体や死体が盗掘されたという事件は起きていないか?」


 務めて冷静な口調であるが、イセルの表情は険しい。


 ――この国では火葬が行われている。火で清めるという行為を経ているから、土葬よりも遺体の残留思念が希薄になる。


 ――火葬した遺体で異形を作るなら、それこそ、一体作るのに二十体以上は必要になる……!


 場合によっては、刃嵐はらしたちの計算よりも遥かに莫大な数の死体が必要になる。イセルが表情を強張らせているのはこのためだった。

 イセルの心の内を知るはずもなく、刃嵐と高草木、啓治が顔を見合わせる。


 「そんな大規模な墓荒らしなら、どうやったって隠せるはずないと思うけどな」


 「小官も同意見です。警察ではどうですか? 何か、関連するような事件は上がっていませんか?」


 無論、国防隊は外敵からの防衛および脅威の排除に主眼が置かれる。

 国内の動向に無関係ノータッチという訳では決してないが、それでも国内の事件に関しては警察機関の方が圧倒的にフットワークが軽く、情報も集まる。そのため啓治と刃嵐は高草木に意見を求める。


 「警察としてもそのような報告は上がっていませんし、それほどの大規模な遺体の盗難が届け出無しとは考えにく――」


 高草木が不意に、虚を突かれたように固まる。そしてすぐに顎に手を当て、思案に暮れるように目線を泳がせる。


 「おやっさん?」


 啓治が怪訝な面持ちで高草木を呼ぶ。だが呼ばれた本人はそれに答えることなく、突如として鬼気迫る様子でイセルに向く。


 「イセル。屍肉を一度完全に乾燥させて、砂状にすると言ったね?」


 高草木の突然の変化に疑問を抱きながらも、イセルは首肯する。


 「砂……そんな、まさか……!?」


 イセルの答えに、高草木は焦燥を隠すことなく呆然と呟く。イセルだけでなく、場に居る全員がその反応の理由を推し量れずに眉を寄せる。


 「ゴールデンウィークに入る前になりますが、多数の建築業者から関東各都道府県警察に、コンクリートおよびセメント生成用の砂礫されきの盗難届が出されています。今も行方が分かっていません」


 「いやでも、それただの砂でしょ? 心配し過ぎっすよおやっさん。さすがに今回の件には関わって――」


 高草木を労うように軽い調子を見せる啓治だったが、高草木は頭を振る。


 「国内で採掘されたなら関係なかったと思う。だけど盗まれたのは、国外から輸入された砂礫されきなんだ……!」


 振り絞るように放たれた言葉に、イセルと刃嵐が揃って瞠目した。他の人間はまだ事の重大さに気付いておらず、疑問符を表情に張り付ける。

 その中の一人である啓治も、やや気圧され気味に尋ねる。


 「す、砂なんて、輸入しなきゃいけないもんなんすか?」


 「ああ。高層ビルの建築などでは大量のコンクリートやセメントが必要となる。現在の日本の国土や採掘地だけではもはや、その材料となる砂礫は賄えない。だから、海外から大量の砂礫や岩石を輸入しているんだ」

 

 「はあ、なるほ……」


 どこか間の抜けた声を上げる啓治は、やがて高草木が抱く危機感が伝番したように、その表情を凍らせた。


 「そもそも日本国内で遺体の盗難なんて、今の時代では難しい。人の生死はほぼ完全に把握されているし、遺体に関してもきちんと管理されている。けれど、他の国からだとしたら?」


 「輸入先の主要国としては中華大陸連邦やフィリピンが上がる。中大連は国土も人口も莫大な量だ、地方に至るまで人口の把握や死亡に関して十全に把握されているとは思えない! もし中大連で死体や遺体が盗まれても、発覚される可能性は低い! 

 建築資材用の砂礫に紛れて、加工して砂にした屍肉が大量に持ち込まれたとしたら――!?」


 「高草木警部補! 盗難されたとされる砂礫は、どれ程の量ですか!?」


 高草木の推理を、刃嵐が差し迫った声で遮る。


 「横浜港を中心として、関東の港湾数ヶ所で降ろされた砂礫が盗まれています。確か総量は大型トレーラー数台分、数字にすれば100トン近く……!」


 「何だと……!?」


 イセルの口から、思わずといった形で呟きが漏れる。元居た世界での重さや長さの単位はこの世界と違うため、イセルはこの世界の単位についても学び始めていた。そうして身に付いたばかりの知識で換算した結果は――。


 「おやっさん待ってくれよ! あいつら、多めに見ても60㎏くらいだろ!? 今確認されてる総数がざっと五百、ってことは……!」


 「総重量は現時点で30トン……盗難された砂礫が全て、持ち込まれた屍肉だとするなら、まだ三割しか使用されていない……!?」


 啓治と刃嵐が、揃って息を呑む。


 「隊長!」


 刃嵐たちと離れて各所に通信を行っていた隊員が、緊迫感を漂わせて駆け寄る。


 「嫌な予感しかしねえんだが……」


 啓治が苦々しく、全員の心境を代弁する。


 「報告! 巣鴨、護国寺、板橋の三か所で新たに対象の集団の出現確認!」


 戦士たちに緊張が走る。


 「規模は?」


 「正確な数は不明ですが、いずれも百体以上は……!」


 張り詰めた様子で報告を続ける部下に対し、刃嵐は静かに瞳を閉じる。


 「第2中隊が東池袋で交戦中のはずだ。板橋には第2中隊に対応してもらおう。

巣鴨および護国寺は、我々第1中隊で対応する。第3小隊は引き続き警察と共同でこの区域の整理に当たれ。残りの第1、第2小隊は――」


 若さに見合わない冷静さのまま、刃嵐が次々と指示を下す。

 そんな刃嵐にイセルが待ったをかける。


 「ハラシ殿、頼みがある」


 刃嵐は苛立ちを見せず、僅かに目を眇めて先を促す。戦士の真剣な眼差しから目を逸らさず、表情に覚悟を漲らせてイセルは言う。




 「頼む。貴公らと共に、私も戦わせてほしい」





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