第八話:開示 ~情報提供、異形の正体~

 この場に居る人間の中では、麗菜が一番の年少者になる。だがイセルは麗菜より一歳年上なだけであり、集団の中で最も若いと言ってもいいだろう。


 イセルに視線を向けるのは、彼自身よりも歳を重ねた者たちだ。それも軍人や警官など、荒事を生業とする戦士たちが十名以上。一般の同年代であれば冷や汗を垂らしながら口籠ってもおかしくない状況で、イセルは物怖じした様子を見せずに口を開く。


 「勿体ぶるつもりはないが、いくつか確認したい。あいつらを作り出す方法は、この世界では知られていないか?」


 イセルの問いに一度、啓治と高草木、刃嵐が顔を見合わせる。


 「この世界で、テロや紛争において魔法生物兵器が使用された事例はいくつかある。だけど今回使用されている兵器は、過去のどれにも合致しない。少なくとも小官の知る限りにおいて、あれが使用されたという報告はない」


 刃嵐はらしが告げた言葉に、高草木や啓治も頷いて同意する。


 「そうか……」


 イセルが苦々しく呟き瞑目する。逡巡するように数舜置いたイセルは、再び目を開き説明する。


 「私が居た世界には使用者の魔力色に関係なく、魔法陣の色を漆黒とする魔法体系があった。一般の魔法と忌別して『禁呪デムナス』と呼んでいたが、この世界では存在するか?」


 「恐らく君が言っているものと同じ魔法は存在する。術者の魔法陣を黒く染めることから、こちらでは単に『黒魔法テネブラエ』と呼んでいる。分類される具体的な魔法といえば死霊魔術ネクロマンシー魔女宗ウィッチクラフトといった――ああ、やはりそういうことか」


 丁寧に答えていた刃嵐はらしだったが、イセルが言わんとする答えを察したようだった。得心した様子で言葉を切った。


 「『禁呪デムナス』……この世界に合わせて『黒魔法テネブラエ』と呼ぼうか。黒魔法においては生物の肉や血は、魔法を行使する上での資源および媒介として取り扱われる。

 私が元居た世界において、あいつらは異形レヴナンテと呼ばれていた。屍肉しにくを材料とし、動ける限り生ける者を襲い続ける、呪いと汚辱の泥人形だ」


 「屍肉、ね……まあそんな糞みたいな代物だとは思ってたが」


 啓治が頭を掻きながら、辟易した様子で吐き捨てる。


 「こっちの世界にもゾンビやキョンシーっていう、死体を操って攻撃手段とする傀儡魔法パペット・プレイがあるが、大体が頭を潰したり焼いたりすれば斃せる。弱点を突かなくても体は脆いし、足を斬ったり吹き飛ばせばほぼ無力化できる。

 だけどその、レヴナンテ? 弱点である核を攻撃すれば斃せると言っても、あの再生能力の高さは一体どういうことなんだ?」

 

 高草木が表情を険しくする。初期対応で苦戦を強いられた彼だからこそ、その問いには力が込められていた。


 「何体だ?」


 「……なに?」


 高草木の問いかけにすぐには答えず、イセルが逆に訊き返す。だが端的な言葉の意味が分からなかったのだろう、高草木が怪訝な表情を見せる。


 「私はその『ぞんび』や『きょんしい』などというものを知らない。だから聞いている。それらを1体作り出すのにどれ程の死体が必要になる?

 いや、傀儡魔法パペット・プレイと言ったな。死体を用いるとはいっても、大方、1体の死体に簡略的な指令を与えて操るだけの魔法といったところか?」


 高草木の言葉を待つことなく予測を語るイセル。高草木だけでなく他の者も口を挟むことはなかったが、イセルはそれを肯定と受け取った。


 「そんな物、私に言わせれば『禁呪』……『黒魔法』と呼ばない。この場に居る面々にとって今更説明すべきことでもないが、魔導士は魔力という心霊次元に属する物質を用いて、魔法という現象を作り上げる。魔導士と非魔導士を分け隔てる一番の要素は、魔力を持つか否かだ。

 だが魔導士・非魔導士に関わらず、もっと言えば人間だけでなく全ての生命が死んだあと、遺される肉体には魔力とは異なる心霊物質が宿り、屍が朽ち果てて完全に土と同化するまで消えない。残留思念と呼ばれるものだ」


 「残留思念を外部から干渉して励起させることで、『呪い』や『怨念』に変質させる。禁呪はそれを利用し現象を為す。

 レヴナンテ。あれを1体作り出すために、複数体の死体が材料として使われている」


 「何……!?」


 高草木が息を呑み、啓治や刃嵐はらし、刃嵐に控える部下も一様に驚愕を表情に張り付ける。麗菜は表情を顰め、口元を手で覆った。

 周囲の人間の反応を気にする様子もなく、イセルは淡々と続ける。


 「あの程度の能力だと、1体当たりに使用されているのは4~5体ほどの死体だろうな。レヴナンテは1体に費やす材料の量で個体能力の差が出る。使われる死体の数が多ければ――」


 「待ってほしい。確かに腕部の刃には相応の重さがあったが、それを差し引いたとしても体の質量が合わない。複数人分の重さなんて感じなかった。おそらく小官だけでなく、あれと刃を交えたのなら誰もがそう感じると思う」


 刃嵐の指摘に、刀を得物とする者が全員頷く。


 「死体をそのままで使うわけじゃない。まずは材料となる死体の水分を完全に飛ばして、乾燥させた屍肉を粉砕することで屍砂しずなを作る。そうして出来上がった数体分の屍砂と、乾燥の際に得た水分を少量混ぜ合わせて泥にし、『核』を中心として人型に造形すれば、泥人形の完成だ。質量に関しては人間一人分とそう大差ないだろうが、残留思念の濃度が違う」


 「生成には術者の魔力が必要だが、異形自身の形態維持および行動には屍肉に内包される残留思念が原動力となる。一人分の器に複数体の呪いを詰め込むことで、呪いの濃度を上げている。

 死せる者の尊厳を踏み躙り、利用して生ける者に害を為そうとする、唾棄すべき外道の業だ」


 淡々と言い結ぶイセルだったが、声音と表情からは不快感や激情が隠しきれておらず。

 醸し出される怒気は凄まじく、麗菜は勿論、国防隊ですら大部分の人間が身を竦ませた。

 そんな中、高草木と啓治、刃嵐は冷静な面差しで、イセルが提示した情報を吟味するように眉根を寄せている。


「こちらもいくつか確認させてほしい」


 声を上げたのは刃嵐だ。イセルは無言で頷き、続きを促す。


 「屍肉を複数体分用いることで、一個体が内包する呪いの量と濃度を増強し、あの再生能力を得ているのは分かった。

 だが死体が持つ残留思念は、遡ればそれぞれの死体にかつて宿っていた自我から分かたれたものであり、一元的に同じ存在と見なすことはできないはずだ。一つの個体に押し込めたところで、呪いや怨念が互いに反発して内部から崩壊する。あのように肉体を保って機能する訳が――」


 刃嵐の疑問に、他の者たちは小さく頷きながら聞き入っている。しかしながらイセルだけは頭を振り、疑問に答える。


 「確かに屍肉だけで事を為そうとしても無理だ。

 レヴナンテを構成するのは二つの要素。肉体を形成する屍肉ともう一つ、呪いを肉体に留めるための核だ」


 「核……異形の胸の中心にあった、あの赤い結晶体のことだね」


 刃嵐が目を細めてイセルを見る。何かを見定めるような視線に対し、イセルは変わらず淡々と情報を告げていく。


 「核は生き血を加工して作られている」


 「生き血だと……!?」


 緊迫した声は啓治のものだ。そして集う人間は全員、声を上げる者や目を見開く者など、それぞれが驚愕を表している。


 「魔導士にとって血液は、魔法資源と見なして使うことが多々ある。黒魔法においてはそれが顕著だ。

 凝固する前の取り出したばかりの生き血に霊的処理を施し、屍肉の呪いを一手に引き受ける受け皿、および異形の存在を現世に固定する役割を持つのが奴らの核だ」


 「待ってくれイセル。まさか、生き血というのは人間の……!?」

 

 この場の誰もが思った最悪の可能性。それが事実であるのかを、高草木が息を呑んで問い質す。


 「いや、人間の生き血では核を作れない。人間の屍肉にとって、同じ人間の生き血は親和性が高すぎる。核として使ったのであれば、屍肉に宿った怨念が瞬く間に核を喰らい尽くし、呪いの受け皿を失った異形は自壊する。

核として使われるのは動物の血だ」


 イセルの言葉に、数名から安堵の息が漏れる。だがイセルは苦い表情のまま語り続ける。


 「だがそれでも、無理矢理に一ヶ所に呪いを詰め込んでいる状態だ。いくつもの呪いや怨念が互いに相克し合い、けれども崩壊することを許されず、無理矢理宛がわれた畜生の血の中に留まり続ける。そうして形を何とか保っている肉体はやがて、不安定な己を補うために欠けているものを渇望するようになる」


 「欠けているもの……?」


 高草木が怪訝な表情で口走る。イセルはその声を聞き洩らさず、小さく頷いて。


 「魂だよ。異形共あいつらが命ある者を襲い続けるのは、これが原因だ」










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る