第七話:対面 ~戦士たちの顔合わせ~
「イセル!」
掛けられた声の方向へ、イセルと麗菜、啓治が同時に向く。高草木が有馬の肩を借り、三人の下へ歩いてくる。
「君のお蔭で助かった。君が戦ってくれなければ、私たちは奴らの弱点を見出すことなく、ともすれば全滅していた。代表して、深く感謝する。本当にありがとう」
イセル達へ辿り着いた高草木は、自力で立ち敬礼する。その所作は向ける者への、嘘偽りない想いが乗せられていた。だが戦闘による生傷が所々に垣間見え、疲労困憊であることは隠しきれていない。
「いや……すまない。もっと早く駆け付けられたなら、そもそもあの場に俺が居たのなら、俺が不覚をとらなかったら、こんなにも……」
高草木を含めた帯刀警官に犠牲者は出ていない。しかしながら異形の群れとの闘いで摩耗し、全員が負傷していた。高草木や有馬は歩けるだけまだ良いが、他の警官は国防隊による手当が必要な状態だった。
そして一般市民や、魔法を使えない一般警官にも数多くの死傷者が出ている。高草木の礼を受け取る資格がないと、イセルは表情を曇らせる。
「自惚れるな異世界人」
そんなイセルを咎めたのは、有馬だった。
「市民も、仲間も、本来なら魔法警察官が守らなきゃいけなかったんだ。今回の犠牲も被害も、俺たちの責任だ。異世界から来たとかいう余所者が、何をしゃしゃり出てきて責任を感じている。そもそも魔力すら持たない能無しが、そんなこと思ってること自体が身の程知らずだ馬鹿」
そう吐き捨てて、鼻を鳴らす有馬。だが声音は冷ややかながら内容は不釣り合いのものであり、イセルは目を丸くし、隣の高草木は小さく笑い声を零す。
「な……何ですか」
「いや、お前の言う通りだ。たまには良いこと言うじゃないか」
「たまにはって何ですか!」
抗議する部下を尻目に、高草木は再度イセルに向く。
「犠牲を出してしまったことも、そして事件そのものを未然に防げなかったことも、我々警官や、国防隊の責任だ。そして魔導士学校の学生とはいえ、魔力を持たない一般市民の手を借りなければならなかった我々の不甲斐なさが、一番に責められるべきだ。
だからイセル。犠牲者を悼んでくれるのは嬉しいが、その責任まで背負おうとしないでくれ。むしろ君が居てくれたお蔭で、救えた命の方が多いと俺は思う」
穏やかな表情で、高草木がイセルに右手を差し出す。それを見たイセルは、しかしすぐには応じずに、戸惑いを隠せない表情で麗菜と啓治を見る。
啓治は軽く肩を竦め、麗菜は小さく微笑んで頷いた。二人の反応を目にしたイセルは、再び高草木に向き、やっと高草木の手をとった。
イセルとの握手を解いた高草木は、今度は麗菜と啓治に目をやる。
「それから芳麻さんも。よく勇気を振り絞って来てくれた。よくイセルを守ってくれた。きみの勇気ある行動に、心よりお礼を申し上げます」
「いえ、私は、別に何も……」
「謙遜すんなって麗菜ちゃん。高等部上がったばっかの学生が、中々できることじゃねえよ。てかさっきの
麗菜が恐縮するのに対し、啓治が飄々と軽口を叩く。馴れ馴れしいとも言える態度に、麗菜は何とも言えない表情で頷き、イセルは小さく顔を顰めた。
「高草木警部補、この男は?」
有馬が訝し気な表情で高草木に問う。
「彼は即応予備国防官で、俺の顔馴染みだ。
啓治もありがとう。予備役なのにこんなにも早く駆け付けてくれて、本当に助かった。招集はもうかかっているのかい?」
「いや、国防隊からの通達はまだっす。でもこれだけ派手にやらかされりゃ、通達が出るまで黙ってみてるわけにもいかないすからねぇ。
おやっさんたちも十分以上に戦ってましたよ。だから、あんまり気に病まんでください」
軽薄な調子に幾分かの神妙さを滲ませて、啓治が高草木を
「ま、あいつらが出てきてる以上、俺が居ても居なくても変わらないですけどねえ」
そうして啓治が視線と意識をこの場から離したため、イセルはそれを辿る。
国防隊の中でも一番の戦闘力を見せ、他の隊員に指示を出していた男を先頭に、数名がイセル達に。彼らの歩く姿はぴたりと揃っているが、意識されたものであるようにイセルには見えない。それは最低限の日常動作まで統率され規律がとれているということであり、転じてこの部隊が持つ極めて高い士気と実力を表している。
先頭の男の見た目はやはり若かった。他の国防隊の隊員や高草木は勿論、鏡花と同期であるという啓治と比べても年齢は下だろう。
しかしながら甘く整った面貌に相反して、鍛え抜かれた体と漂わせる風格は、紛れもなく一流以上の戦士のものだった。
国防隊の面々が到着すると、高草木や有馬、そして啓治も、一分の隙もない敬礼をとった。男は答礼し、控える隊員もそれに倣う。
「警視庁刑事部第一魔法捜査隊第一小隊隊長、
「同じく第一魔法捜査隊第一小隊隊員、
先に警察官の二人が所属と階級を名乗り、
「即応予備三等陸尉、筧 啓治。国民に重大かつ甚大な被害を及ぼす喫緊の有事と判断し、招集辞令を待たずに戦闘行動を開始しています」
軽薄さを常とするような啓治が、厳格な声で淡々と告げる。三人の言葉を聞き終え、男がようやく口を開く。
「
高い実力とそれに裏打ちされた自信が、
「警官隊は市民の避難誘導および警護をお願いします。負傷者の救護、搬送は国防隊が手配します」
「了解しました。我々魔法捜査隊も、動ける者を集めて再編成し、行動を開始します。有馬、本部への連絡を。急げ」
高草木の端的な指示に、有馬は短く返答し場を離れた。
「筧三尉。貴官の迅速な判断および行動、感謝する。本隊からの正式な辞令が下るまでは、現時点より小官指揮下に加わり、我が中央機動魔導科連隊第1中隊と共同で任に当たれ」
「……拝命受領致しました」
声音は変わらぬものの、啓治の表情が小さく歪む。そしてまた刃嵐も小さく、苦笑いを見せた。
そして刃嵐がイセルにようやく注意を向ける。下がり気味の目尻は刃嵐の印象を柔和なものとするが、向けられる瞳は研ぎ澄まされており、イセルは改めて気を引き締め直す。
「私は――」
「イセル=ボーデルト=ミハイル=ファルザーさん。並びに召喚者である芳麻麗菜さんですね? 協会より通達を受けています」
イセルの名乗りに先んじて刃嵐が確認をとる。本来であれば決して喜ばれたことではないが、刃嵐の誠実な姿勢と言葉の重みが、不快さを差し挟む余裕を持たせなかった。イセルは小さく頷き、麗菜も気を張り詰めた様子で頷く。
「お二人の勇気ある行動、心より敬意を表します。特にイセルさん、
「ハラシ殿、御託はいい。そして必要以上に丁寧な物言いも要らない。貴公の立場も、そして貴公が聞かんとすることも、私は弁えているつもりだ」
刃嵐の口上を、今度はイセルが遮った。刃嵐が軽く目を見開き、控える部下の隊員は目線に険を交える。
聞く者によっては横柄と受け取れるような尊大な態度。だが理解できる者が聞いたのならば、言葉に込めた誠実さも、向ける者への敬意も、イセルが持ちうる限りの最大のものだと容易に悟れた。
「――では単刀直入に問おう」
刃嵐が纏う雰囲気を変える。それは決してイセルの言葉に気分を損ねたわけではなく、相対する人間を対等以上の存在であると認識した故だった。
「今回出現したあの兵器。君は知っているね?」
形式上は疑問形であるが、それが一定以上の確信を以て放たれたのだと、理解できない者は居なかった。イセルは素直に、確かに頷く。
「イセル=ボーデルト=ミハイル=ファルザー。あの兵器に関する君が持ちうる全ての情報を、我々に開示してもらう」
有無を言わせぬ圧力を伴った言葉に、けれどイセルは気を害した様子を見せず、ある種の覚悟を見せる表情で頷いた。
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