第六話:反撃⑤ ~援軍は空より降り立つ~
啓治が自身の足元に魔法陣を展開する。編まれた魔法陣は
「ほれ」
蹲ったままのイセルに、啓治が手を差し出す。
「……いい。立てる」
脳震盪のダメージから回復したイセルは、啓治の手を借りずに立ち上がる。見ようによっては善意を拒否する形だが、啓治は気を悪くした様子もなく肩を竦めるだけだ。
「見たとこ、すぐに治療が必要って感じの怪我はなさそうだな。さっすが異世界からの勇者さま、魔法使えなくても頑丈だな」
「……手を貸してくれたことには礼を言う。だが今は、貴様の軽口に付き合う暇はない。一刻も早く彼らの応援に――」
最初に出現した異形は全て駆逐された。だが新たに出現した異形の群れを押し留めんと、疲弊した帯刀警官達が懸命に戦っている。彼らの応援に向かうべく、イセルは足を踏み出そうとした。
「まあ待てや」
だが啓治に肩を掴まれ、歩みが阻まれる。
「っ、いい加減に――!」
苛立ちを隠すことなくイセルが振り向く。だが啓治の表情を見て、口を噤む。
軽薄な声とは裏腹に、戦場を睨む眼光は鋭く、表情は硬く引き締められている。向こうの世界で共に肩を並べて戦った兵士たちを、イセルは思い起こした。
イセルたちが居る戦場は、すでに非戦闘員の避難が完了している。だがそれはあくまで生存者の話であり、異形共の刃に命を奪われた市民や、一般の警官の亡骸はまだ転がったままだ。
「これでも一応はこの国の兵隊だ。あとは任せてくれ。それに、ずっと子供に戦わせるってのは大人としてどーよっつう話だしな」
表情に飄々とした笑みを取り戻した啓治が、気さくな調子でイセルに言う。
「だけど、あの剣士たちはもう限界に近い。彼らと貴様一人で、あの数を片付けられるわけが……」
「援軍は俺一人じゃない。不真面目なこの俺が出張ってきてるぐらいだ、本職はもうじき到着するはずだ。
……っと、噂をすればだ」
イセルにとって耳慣れない異音が、遠方から響く。
――なんだ? 旗が、靡く音……?
イセルの記憶の中で、最も近いのは旗が風に煽られ空気を打つ音だ。それが十重二十重、幾重にも重なり連なっている。
次第に近づいてくる異音。そして音源がイセルの目の前に――上空に姿を見せた時、イセルは驚愕に息を呑んだ。
――『ひこうき』というやつか? だが形状が全く違う……。
学び始めたこの世界の知識の中で該当するのは『飛行機』と呼ばれる移動手段だったが、自身が知るものと大きくかけ離れた形に、イセルは困惑を隠せない。
人員輸送を可能とする多用途ヘリ――UH-60JA、通称ブラックホークが二機、異形共の真上にピタリと止まる。そしてそれぞれのヘリから十数名の人間が、異形の群れに向けて落下していく。
命綱やロープもなしに飛び降りていく彼らの服装は緑を基調とした戦闘服であり、それぞれが腰に刀を携えている。各々が着地する直前に魔法陣を展開し、体が不自然に減速する。そうして降り立った者は、異形の群れに斬りかかっていく。
――こいつら……一人一人が、最低でも高草木並みの力量を持ってる……!
帯刀警官の中で最も実力のある剣士は高草木だった。だが今参戦してきた集団の剣技や身体強化による戦闘の練度は、帯刀警官よりも遥かに高く、数名に至っては高草木を凌ぐ。
「確実に対象の胸部中心を狙え! 警官隊への支援も忘れるな!」
そんな部隊の中でも、さらに飛び抜けた実力を誇る剣士が一人、イセルの目に留まる。
隊員に指示を飛ばす彼は、顔立ちも声音もまだ若い。しかしながら実力は他の追随を許さず、太刀筋の鋭さや苛烈さは雷撃を彷彿とさせる。
他の剣士はそんな彼の指示の下、一糸乱れぬ連携を見せ瞬く間に異形を排除していく。
「お前さんが今居る国の軍隊――『国防隊』だ。あれを見てもまだ不安か?」
啓治の問いにイセルは答えない。だが彼らの戦闘を見詰めるイセルを見た啓治は、納得したように口角を上げた。
「ほんじゃま、俺も仕事してくるわ。もうあいつらだけで十分だと思うが、一応は働かねえとな」
そんな言葉を残し、啓治は再度身体強化を用いて異形たちへと向かう。イセルはそれに付いていくことなく傍観を選ぶ。
「これがこの国――この世界の戦士、か」
どこか虚ろな響きを伴って、イセルの呟きは消えていく。
――もし彼らがあの世界に居たら、魔王討伐の旅はもっと……いや、そんなこと考えても意味ないか。
胸に生じたやるせない思いを込め、イセルは深く息を吐き出した。
「イセルさん!」
啓治と入れ替わるように、麗菜が近づいてくる。居ても立ってもいられなかったのだろう、イセルを呼ぶ声は硬く強張っていた。
「良かった、無事で……!」
安堵の息が漏れる。だがイセルは、背後を振り返らない。
「イセルさん……?」
反応を見せないイセルを訝しく思ったのか、麗菜は緊張と戸惑いを露わにする。
イセルの見つめる先――啓治や国防隊の隊員の活躍により、趨勢は決しつつあった。残る異形も少なく、殲滅まで秒読みだ。疲弊した帯刀警官は戦闘から離れている。
これ以上の犠牲者は出ないという確信を得て、イセルはようやく麗菜へと振り向いた。
「っ……!」
麗菜が息を詰まらせ、身を震わせる。イセルの表情は厳しく、麗菜を貫く視線に温もりはない。言葉や声に頼るまでもなく、イセルは身に宿る憤怒を雄弁に物語っていた。
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