閑話:異形の暴虐、抗う人々。剣士は英雄の姿を見る

 「くそっ、キリがない!」


 焦燥と苛立ちに彩られた表情で、得物に付いた肉片を振り払いながら高草木が毒づく。他の帯刀警官も懸命に戦っているが、状況は決して芳しくなかった。


 異形の襲撃によって、すでに多数の犠牲者を出してしまっていた。一般警官も職務を放棄することなく、市民の避難のために足止めを行い、異形に襲われかけている市民を救助しようと試みていた。だが拳銃程度で異形を食い止めるのは不可能で、一般警官の中にも犠牲者が出始めている。


 異形に対し唯一対応出来る戦力となるのは、魔法の力を持つ帯刀警官だけだった。防御魔法で市民および一般警官を守りながら、その魔導器を以て異形に攻撃を仕掛けている。

 広範囲におよぶ攻撃魔法は、市民や一般警官が入り乱れる現段階では使用できないため、まともに使えるのは《身体強化》による白兵戦のみだ。手札の限られたそんな状況で、帯刀警官は確かに一定の効果を挙げていた。彼らが居なければ、被害は今よりもはるかに甚大な数に及んでいたのは明らかだった。



 だがそれでも、犠牲者の生み出されるスピードが零になったわけではない。異形共の刃と牙から逃げ遅れた市民や一般警官を全て守るためには、異形の数に対し帯刀警官の数が圧倒的に足りなかった。この場で足止めすることが精一杯だった。


 「高草木さん! 何なんですかこいつら!?」


 有馬が《明壁バリア》の魔法を三つ展開させ、数体の異形の攻撃に耐えながら叫ぶ。彼の背には逃げ遅れた市民が居た。


 「おい、動けるか!? 歩けるならさっさとこの場から離れろ!」


 「は、はい! ありがとうございます!」


 律儀に頭を下げた市民は足早に去り、一般警官の誘導に従い避難する。有馬はそれを見届け、周囲に非戦闘員が居ないことを確認した後。

 攻撃し続ける異形共に向けて魔法陣を新たに二つ展開し、《灼爆球ブレイズ・ボム》を二つ打ち込む。


 異形共の個々の戦闘力は市民や一般警官など、非魔導士にとって確かに脅威ではあるが、帯刀警官には到底及ぶものではない。ともすれば一般警官でも、異形一体に対し二人以上で応戦すれば十分に制圧可能だ。

 警官たちが異形に対し不利な形勢を強いられているのは、数の上での戦力差――そしてそれそのものが、が一番の理由だった。


 有馬に攻撃し続けていた異形が、《灼爆球》によって吹き飛ばされ、あるいは焼かれ悶え苦しむように身を躍らせる。だがそれでも異形は行動を停止せず、上半身と下半身とに分かれた異形も肉塊同士がウネウネと気色悪い動きで集まり、再び人の形を取り戻す。


 「こいつら一体一体は雑魚なのに、なんで死なないんですか!? このままじゃいつまでもこの状況変わらないですよ!?」


 「そんな事は分かってるんだよ! 口動かしてないで黙って化け物どもを殺し続けろ! もうすぐ生存者が逃げ切る、それまで持ち堪えろ! 大規模魔法による制圧を仕掛ける!」


 襲い来る三体の異形の胴体を真っ二つにしながら、高草木は指導を担当している若い警官に檄を飛ばす。


 ――だが有馬の言う通り、このままじゃジリ貧なのは目に見えている。くそ、こいつら何で死なない!?


 人の形を取り戻し再び襲い掛かる異形を、高草木は初級風属性防御魔法『風薙ブラスト・カーテン』で吹き飛ばし距離をとる。吹き飛ばされた三体の異形は立ち上がったかと思えば、高草木ではなく近場に居る別の帯刀警官に向かっていく。


 「まずい……!」


 向かおうとしている帯刀警官はすでに十体の異形を相手にしていた。さらなる負担を強いるわけにもいかず、高草木は身体強化で肉薄し、それぞれの異形の手足と頭部を斬り飛ばして一時的に無力化させる。戦闘不能になった異形は、肉塊となっても再び残骸が寄り集まり、肉体の再生が始まる。


 ――何らかの魔法生物兵器なのは間違いない。だが斬ろうが焼こうが再生が止まらない。こういうのは頭潰すか頸を刎ねるのがセオリーなんだが……!


 突如、轟音があがり地面と大気が震える。異形共を運んできた大型車のうち一台が爆発した。周囲の異形が吹き飛ばされ辺りに散らばるが、やはり再生が止まらない。


 「ガソリンに引火したか!? くそ!」


 悪態をつく高草木は、ふと、吹き飛ばされた異形の一部に目を向ける。再生を始める異形共のうち一体が、全身を小刻みに震わせたかと思うと、動きを静止させ肉体が砂のように崩壊していったのだ。


 ――なんだ? 死んだ、のか……!? なんであの個体だけ!?


 肉体を崩壊させた個体は、再生を始めているその他の個体よりも肉体の損壊が軽微であったように高草木には見えていた。


 ――殺せないわけじゃない。何らかの条件が揃えばきっと殺せるはず。何だ? 他の個体とあれは何が違った!?


 死滅した個体は砂塵に成り果てたため、今となってはその肉体を観察することはできない。高草木は斃される前の肉体の状態を必死で思い起こし、他の個体との差異を懸命に探しだそうとする。


 「いやぁぁぁぁ!」


 だが高草木の思考は、甲高い叫び声に中断させられた。声のする方向に目を向ければ、兄妹と思われる二人の、年端のいかぬ子供が互いに身を寄せていた。


 「子供!? まだ逃げ遅れ――あれに隠れていたのか!?」


 二人の近くに大きめの段ボール箱があり、おそらく道端に置き捨てられていたそれに咄嗟に隠れていたのだろうと推察される。

 そんな二人に、一体の異形がゆっくりと近付いていた。


 「待っていろ! 今そっちに――!」


 子供たちの下に駆け付けようとした高草木だったが、彼の行手を阻むように多数の異形が押し寄せる。


 「退けぇぇぇぇ! 邪魔だあああああ!」


 鬼気迫る表情で得物を奔らせ、斬り倒していく。だがそんな高草木をあざ笑うように、異形は肉体の再生を止めず、更なる個体が彼の下へ押し寄せる。


 有馬はまだ数体の異形を相手取っており、他の帯刀警官も各自応戦中だ。高草木自身も含め、助けに行ける人手が居なかった。


 二人の幼い兄妹は腰が抜けたように座り込んでいる。妹は兄の体に顔を埋め、兄は涙を流しながら怯えた表情で異形を眺めている。


 異形が手の刃を振り上げる。異形の頭部には縦に大きく割れた歪な口が存在するのみで、表情など分かるわけもない。


 だが高草木にはその異形が、殺戮への歓喜で醜く笑っているように見えた。


 兄は抱きしめている妹を庇うように、異形に背を向けた。


 「やめろおおおおおおおおおおおおお!」


 すでに何度も目の前で、市民や同僚である一般警官が異形の刃と牙に命を奪われた。これ以上は絶対に血を流させてなるものかと奮戦していた高草木だったが、再び繰り返されようとしている蛮行に、気も狂わんばかりの怒りと無力感が叫びとして発露した。


 見ていることしかできない高草木を、まるで責めたてるように、その光景はひどく緩慢に流れた。


 身を強張らせる幼い兄妹。


 口を大きく広げ、穢れた咆哮をあげる異形。


 振り下ろされる赤黒い刃が兄妹の身に迫り、そして――。















 引き延ばされた高草木の時間に逆らうように、白銀の貴影が尋常ならざる速度で駆け抜けた。


 その色が頭髪だと高草木が理解したときには、危機的な状況は脱していた。


 刃が幼い兄妹に届く寸前。は異形に、その圧倒的な速度で生まれた力を全て乗せた拳を叩き込んでいた。異形は顔面を凹ませながら吹き飛び、建物の壁に叩きつけられ地面に落ちた。


 「なっ……あれは……!?」


 斬撃で異形共を沈黙させ、《風薙ブラスト・カーテン》で肉塊を吹き飛ばした高草木は息を呑む。


 昼間に出会った、異世界から来たと言う少年だった。だがそのときの彼は、高い力量は立ち居振る舞いから察せられたものの、少年らしい幼さと穏やかさを宿していた。


 今の彼に、出会ったときのような甘さは微塵もない。


 異形はすぐに立ち上がり、自身に攻撃を加えた存在に激怒するように、口を大きく広げ断末魔に似た甲高い絶叫を放つ。


 悪意の塊と呼ぶに相応しい造形の、異形の化物。その敵意を向けられてもなお、少年は臆した様子もなく、地に足を押し付け微動だにしなかった。


 黒い双眸には断固とした決意が宿り、一歩も譲らぬと言わんばかりに毅然と眼前を睨み据えている。




 幼子おさなごを――力なき者を背に立つ少年の姿に、高草木が想起した言葉は『英雄』だった。

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