第十二話:決闘③ ~白銀の一閃、そして選手交代~

 この世界における魔導器とは、魔導士の魔法行使を補助・増強を可能にする魔法媒体である。


 その形状および効果も多種多様である。麗菜をはじめ魔導士学校の生徒が身に付ける制服もその一つで、魔力を込めるだけで対物理・魔法攻撃緩衝作用を発揮する保護フィールドが全身に渡って展開され、装着者の安全を守る。(もっとも麗菜の場合、制服に付与された魔法すら暴発させかねないため、これまでは直接魔力を纏うことで身を守ってきた)


 学校制服のように不特定多数の魔導士向けに製造されるものを汎用魔導器と呼ぶが、魔導器は学生の身分で到底購入できないほどに高価であり、扱いも相応の技能を有する。魔力を通すだけで使える制服は、最も安価で使用が容易な魔導器の一つだ。


 これに対し名家と呼ばれる魔導士の家系は、自らの血筋が持つ能力に最適化された魔導器作成技術を持つことが多い。魔導器もまた、その家門の先祖から連綿と受け継がれ、発展させてきた魔法研究の成果である。血筋に連なる者しか使えないという点はあるが、その機能は汎用魔導器と比べ物にならないほどに高性能だ。

 ただでさえ高い素質を持つ名家の魔導士は、さらに己の実力を跳ね上げる至高の名器を持つ。それゆえこれまで、魔導士は血筋こそ絶対であるという鉄の掟が掲げられてきた。


 「吹き飛べ! ゴミ共がぁ!」


 有栖野が銃口を前に向ける。そして瞬時に銃口の前に一つ、有栖野の周囲に五つ、計六つの魔法陣が展開される。


 六重魔法陣ヘキサ・キャスト


 魔導士学校を卒業した魔導士が同時に展開できる魔法陣は、平均で四つ。魔導器を用いているとはいえ、それを高等部一年の時点で上回る有栖野に対し、観客席から感嘆の声が生じた。


 有栖野の魔力色を表す、唐紅色の魔法陣。


 それぞれの中心に、2m大の火球が形成され――






 「遅い」






 魔法が放たれるより先に、イセルが烈風となって有栖野に肉薄していた。50mあった彼我を一瞬で踏み潰し、地を滑るように移動したイセルは、その低い姿勢のまま掬い上げるように剣を振り上げる。


 鞘に包まれた長剣は、伸ばされた有栖野の右手――そこに納められた銃型の魔導器を高々と弾き飛ばした。


 「な――」


 予期せぬ展開、その早さに、有栖野は驚愕を漏らす。そして展開されていた魔法陣が瞬く間に霧散した。


 「せあぁぁぁぁ!」


 魔法発動の妨害に成功してもなお止まることなく、イセルは雷鳴のごとき裂帛を迸らせて、空いた有栖野の胴に横薙ぎの一撃を叩き込んだ。


 「おぶぅぅぅぅ!?」


 有栖野は聞くに堪えない悲鳴を上げながら、軽石のように20m以上も吹き飛ばされた。


 有栖野が魔法陣を展開した瞬間に、取り巻きだけでなく、他の生徒や教職員でさえ勝敗は決したと判断した。

 学生はもちろん、普通の魔導士ですら対処が難しい六重魔法陣。ましてや相手は魔力を持たない少年と、魔力量だけが取り柄の魔法を使えない落第生。二対一という人数差すら当てにならないほどに、結果は火を見るより明らかなはずだった。


 だが実際は。


 立っているのは、剣を振り払ったまま残心の姿勢をとるイセル。

 そして地面に這いつくばるのは、激痛に苛まれながら腹部を抑え、酸素を必死で取り込もうとか細い呼吸をしている有栖野だった。


 「身体強化……!? いやでもあいつ、魔力ないんだろ!?」


 「それに身体強化であっても、あの距離を一瞬で詰められるのか!? それこそ生徒会メンバークラスじゃなきゃ無理だろ!?」


 「芳麻が魔法を使った……?」


 「それもない! 昨日まで魔法を使えなかったあいつが、一朝一夕で使えるようになるわけないだろ! 第一、魔法陣の展開はなかった!」


 「じゃああいつはなんであそこまで速く動けて! 有栖野さんをあそこまでぶっ飛ばしてるんだよ!? 20mは飛んでるぞ!?」


 イセルの攻撃からやや遅れて、ギャラリーが騒然となる。疑問と、それに対する答えがない不気味さが、恐慌に似たうねりを起こす。


 「――ん、案外飛ばないな。割と力を込めたはずだが」


 そんな周囲の喧騒を余所に、暢気な口調でイセルは嘯く。その声音には相手に一撃を与えたことに対する充足感はなく、釈然としないのか軽く首を捻っている。


 「加減がいまいち分からんな。昨日はやり過ぎたと思ったが、今度は思ったよりも弱い。壁まで叩き飛ばすつもりがこの体たらく……。

 魔力を失っただけでこの様とは、俺もまだまだだな」


 呆れたように溜息を吐くイセル。そして目をやることなく、上空から落ちてきた『それ』を左手で受け取る。イセルが真上に弾き飛ばした、有栖野の魔導器だった。


 「魔導器……字面から察すると、向こうの世界の魔導士連中が持っていた杖みたいなものか。しかしこれが、なあ……」


 値踏みするように目を眇め、時折天井の照明に透かせるように掲げながら、イセルはそれを観察していく。


 「て、手前……! 返せ……!」


 呻きに似た声に視線を向ければ、有栖野が全身を震わせながら、覚束ない足取りで立ち上がろうとしているところだった。


 ――立ち上がるまでもう少し時間が要ると思ったがな。制服に備わっている防御魔法も、馬鹿にはできないか。


 ふらふらと身を揺らす有栖野を見て、イセルはそんなことを思う。そして興味の失せた目を、左手の銃に落とせば。


 「手前ごときが、軽々しく有栖野家の魔導器に触れていいとでもゴファぁぁあ!?」


 一切無駄のない投擲動作スローイングで、魔導器を持ち主へと投げつける。魔導器は回転しながら真直ぐに、有栖野の額に直撃した。


 「それほど大事ななら、ちゃんと握ってろ。この程度で簡単に離すな間抜けめ」


 再び地面に倒れ、悶絶している有栖野に冷ややかな視線を送る。そして堂々とした態度を崩さず、我を見よと言わんばかりに両手を広げる。


 「今貴様らが目にしたように、有栖野のような木端者など、魔法を使うまでもなく倒すことができる! ああして無様にのた打ち回っている有栖野に止めを刺すことが、いかに容易なのかも想像に難くないだろう!」


 拡声魔法を使わずとも、凛と澄んだ声は会場全域に鳴りはためく。騒然とした観客席の喧噪すら一瞬で消え去り、誰もがイセルの言葉を待っている。

 四方八方から注がれる視線の筵に居てもなお、イセルは不敵な笑みを浮かべて宣言する。


 「俺が有栖野を仕留めるのは簡単だ。だがそれでは意味がない! 面白くない! 此度の決闘で、有栖野に引導を渡すに相応しい者は一人だけだ!」


 そうして剣を腰に差して、確かな足取りで歩み始める。昂然たるその様は、すでに勝利を手にして凱旋を果たす英雄を想起させる。


 イセルの行先――それは試合開始直前まで構えていた初期位置。そしてそこに居るのは、真剣な面持ちの麗菜。


 イセルが不敵な笑みを崩さず頷けば、麗菜も同様に、緊張を隠せぬものの口角をあげて頷いた。


 「これより貴様らが目にするは逆転劇! 『放火魔』『ボマー』と蔑まれ続けてきた一人の魔導士が、流れる血を鼻にかけて傍若無人に振る舞ってきた有栖野信弥を打ち倒す!

 そして思い知れ! 血筋こそ絶対とし、思考を止め! 追従してきた己がいかに蒙昧であったか!

 血が浅いというだけで無駄な劣等感を抱き、最初から諦め! 乗り越えんとする克己心を抱かなかった己が、いかに愚昧であったか!

 これまでいかなる侮辱に晒されてもなお歩みを止めることなく! 偉大なる英雄の背を追わんと鍛錬を怠ることのなかった、芳麻麗菜という少女がいかに気高き魔導士であるのか! その目に! その胸に刻め!」


 高らかに轟くイセルの声。唖然とした表情を並べる周囲を余所に、イセルは麗菜の隣に立って、トンと背中を押す。


 「わっ、とと……!」


 決して強くはないが、予期しない衝撃だったのか麗菜は蹴躓けつまずきそうになる。


 「大丈夫。俺はレイナを信じる。だから君も、君自身を信じて」


 先ほどまでの声量は抑え、麗菜にのみ聞こえる声でイセルは言う。振り向こうとした麗菜は、けれど、後ろに目をやることなく数歩前に進む。

 決意と覚悟が、少女の華奢な背から放たれていた。


 「おいおい芳麻ぁ……。本気か? 今まで魔法を発動できなかったお前が、この俺に敵うと思ってんのかぁ?」


 再びゆらりと立ち上がった有栖野は、口元を引き攣らせながら麗菜に告げる。


 対する麗菜は一言も発することなく、両手を前に掲げる。言葉を用いずに闘志を語るその姿は、どこまでもこの少女らしいとイセルは思った。


 「あぁ!? 人を馬鹿にすんのも大概にしろ! 手前みてぇな落ちこぼれが、何を一丁前に戦おうとしてんだオラァ!」


 元々イセルの攻撃によって熱くなっていたのだろうが、麗菜の態度は有栖野にとってさらに怒りを駆り立てるものであったようだ。


 振り回すように銃口を向け、再び魔法陣が六つ展開される。


 「おうオウジサマ。余裕ぶっこいて止め刺さなかったこと後悔しろや。手前ら仲良く吹っ飛ばしてやるよ……!」


 醜悪なまでに歪む笑み。

 形成されゆく火球六つ。

 最初よりも大きさを増すそれらを見てもなお、イセルは危機感を微塵も抱かなかった。


 ――この程度、今の君なら軽くあしらえるだろ?


 そんなイセルの心の呟きに答えるかのように、イセルに背を向ける麗菜は、足幅を広げて迎え撃つ意思を示した。


 「くたばれぇぇぇぇ!」


 怒気に穢れた有栖野の咆哮。引鉄が引かれると同時に、有栖野の火球魔法がイセルたちに向けて放たれた。






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