第七話:漁文 ~情報収集と、美少女敏腕記者(自称)とのにぎやかな出会い~

 黒い瞳を僅かに眇め、真剣な面持ちでイセルは手元に目線を落としている。


 その手には図書室から支給されたタブレット。初めて手にする道具であるにも関わらず、イセルは説明を受けると、事務員や図書室の職員が思わず目を見張るほどの適応力を見せて使いこなし始めた。


 机の上には、分厚い書物がいくつも無造作に積まれている。魔法関連の資料はその重要性、情報保護の観点から、データ化されずに紙媒体のまま保存されている。


 タブレットの画面をしばらく操作したあと、慣れない電子機器で疲れた目を解すために目元を擦る。


 「勉強は嫌いなんだけど、そうも言ってられないよな……」


 細く息を吐いたあと、休憩がてらこの時間で得られた知識を整理しようと、イセルは小声で呟き始める。


 「キョウカ殿やレイナ殿、有栖野どもと会話ができている時点で予想できたことだが、やはり読めるな。召喚主であるレイナ殿の知識が、使い魔である俺にもある程度影響しているということか」


 イセルが目にしたことのない文字であるにも関わらず、この世界――この国の言語である日本語を理解できることへの考察を述べる。


 「魔法もやはり、思っていた通りだ。元居た世界における魔法に似ている――いや、その通りか」


 持ち出した蔵書の一つ曰く。

 魔法とは魔力を用い、超常の現象を引き起こす術理である。

 魔法的意味を持つ文字や図形を、基礎骨格となる円環模様――基盤円フォーマット・リングに配置して魔法陣と成し、魔力を魔法陣に循環させることで得られる力場エネルギーを魔法の原動力とする。


 文字や図形はいわば、力場に指向性や意味付けをするための術式――魔法式だ。この魔法式の組み方次第で、魔法はその効果を千変万化させる。


 「難易度の高い魔法はさらに、呪文の詠唱が必要になると言う点も、俺が知る魔法の通りか。名称は多少異なるようだが、使われている文字や図形は向こうで使われていたもの、そしてその効果も全く一緒だな。

 てっきり俺が死んだ未来の世界かと思ったが、それにしてはこの星の歴史は自分の知るものと余りにもかけ離れている。なんだ恐竜って。こんな奴ら居たらワクワクするに決まっているだろうが」


 ……やや外れた感想を抱きつつも、この世界と元居た世界との連続性は今の所認められないと、イセルは再認識する。


 「それにしてもこの世界の魔法陣、魔法式。随分と精巧に組み上げたものが目立つなと思ったが、そういうことか。いや、基盤円の時点ですでに……」


 「レイナ殿が魔法を暴発させてばかりと言っていたが、これが原因だろうな……」


 まだまともに目にしたわけでないにも関わらず、イセルは麗菜の魔法暴発の原因に思い至っていた。


 「魔法の基本たる基盤円。この時点ですでに問題なのだろうな、あのにとっては。おそらくこれが当たり前のものとして捉えられているから、誰も気付けない指摘できない、といったところか」


 魔法陣を成立させるための大本となる円環の模様。この世界では真円に、十字架のような図形を組み合わせたものが基盤円となっており、そこに文字や図形を組み込んでいって魔法陣を作る。


 ――教えてやるべき、だろうか。


 『魔法式構築概論』と書かれた本の一ページ。そこに描かれた基盤円に目を落としながら考えるイセルだったが――。


 「馳走になった礼はあるが、この程度のこと自分で分からないで何が魔導士だ。それにあんな……ええい、後回しだ。思い出しただけでこう、モヤモヤする」


 自身の苛立ち――何故ここまで胸を苦く曇らせるのかに思い至ることもないまま、心を落ちつけようと深呼吸した。


 「……『血筋を重ねるほど魔法適正が向上する』。この部分も一緒か。笑えてくるな。だからこその尊血派と否血派の対立、か」


 今しがた見ていたタブレットに、もう一度目を落とす。そこにはニュースサイトが無料で公開している数年前の電子新聞の、一般大衆向けの仰々しいフォントの記事に再び目を走らせる。


 表題は『否血派は、魔導士の次世代を担えるか』とある。


 魔導士は世代を重ねるごとに、より優秀な魔法適正を持つ魔導士を輩出することが知られている。加えて魔導士の家門は、先代から次代へと魔法研究の成果や鍛錬の結晶を受け継がせることでさらなる発展を目指す。それゆえに日本のみならず、この世界の魔導士は重ねた血を重んずる風潮がある。


 この国において、魔法の黎明期から日本の魔導士を牽引してきたのが空羅覇家をはじめとする魔導五大家であり、それぞれ十代以上は魔導士として血を重ね続けている。


 「――重ねた血の永さこそ魔導士における絶対的な指標であるとするのが、魔導五大家の一つである有栖野家などを中心とする尊血派、か。

 確かに、永く続く家系の者には優秀な魔導士は多いが、血筋だけが魔法の全てじゃないだろうが。こういう輩は、世界を違えてものさばるものか」


 呆れ気味に嘆息しながら、イセルは記事を読み進めていく。






 『一方、近年になって頭角を現してきたのが否血派と呼ばれる、比較的血の浅い新興の魔導士が中心となっているグループである。


 否血派は血統こそ至上とするこれまでの風潮に異を唱え、魔法式や魔法陣の改良、より効率的な魔力運用、魔法的文字や図形の相互作用へのより深い理解など、後天的な要素を極限まで磨き上げることで血統に依らない優秀な魔導士を育成できると主張する一派である。


 日本を含め、未だ各国において尊血派の勢力が魔導士社会の主要な地位の大半を占めている。だが徐々にではあるものの否血派も成果を挙げはじめており、血の古きこそ貴いとする極めて旧時代的な考えが払拭され、閉塞した魔導士社会が改善される日も近いだろう――。』






 「内容には大いに同意できるが、これまた随分と尖った主張だな」


 やや偏っていると思える記事の内容に、イセルは苦笑する。だが続く文章に、その目に真剣さを取り戻して読み上げる。


 「なお、我が国において否血派の代表格として挙げられるのが、一代目プライマリにして世界から称賛を受ける新鋭S級魔導士『起動制限アクセル・コマンダー楸尾ひさぎお鏡花きょうかと、同じく一代目の『天彩コンダクター』こと芳麻ほうまひじりである――芳麻?」


 麗菜と同じ苗字に、イセルはその目を止める。現在の日本最強の魔導士として名を馳せる鏡花と並べられている以上、この芳麻聖という魔導士も相応の実力を有していることは想像に難くなかった。


 ――多分、血縁者……だよな?


 記事に添えられている画像に佇む、二人の男女。鏡花は今よりも幾分か若く、緊張しているのかその表情はやや硬い。

 その隣に佇む、柔らかな笑顔を向ける若い男性。鏡花よりも幾分か年配の男は優しげな佇まいであるものの、その姿から言い知れぬ力強さをイセルは感じ取った。


 「画像越しでも分かるな。こいつ、相当な実力者だ。顔立ちはレイナ殿と重なるし、親子と見て間違いないか。こんな優秀な魔導士でも、娘の欠陥の原因に思い至らないか」


 このような魔導士でさえ、やはり常識を疑うことは難しいのだろうか。


 そんな疑問を抱きながら、何の気はなしに『芳麻聖』という名前を検索エンジンにかけたイセルは。


 「な……」


 予期せぬ検索結果に絶句する。


 「『魔導士の面汚し』、『芳麻聖の功罪』、『否血派急先鋒たる天彩コンダクター、尊血派を見殺しか』……なんだ、これ。どういうことだ……!?」


 想像だにしなかった、悪口雑言と呼ぶに相応しい記事タイトルの数々に、イセルは思わず目を見張る。

 先ほどまで見ていた記事は十年ほど前の情報だ。それなりに古いとはいえ、こうまで真逆の評価を受けるとはどういうことなのか。


 芳麻聖に関する記事の一つを開こうと、画面に手を伸ばしたときだった。


 「どーも、ちわッス!」


 机の向かい側から、溌剌とした少女の声が聞こえてくる。


 ――ここまで接近を許しても気付けないとか、俺も相当気が緩んでるな。


 内心独りごちながら、目線をあげると。


 「あ、もしかしなくても取り込み中だったッスか?」


 特に悪びれた様子もなく声をかける少女を、イセルは観察する。


 爛々と輝く、クリッとはっきりした瞳。丸っこい小顔には、その快活な声に相応しい陽気な笑みが浮かんでおり。


 赤味の目立つ茶髪はお転婆に波立っていて、そんな癖の強い髪を少女は後ろで簡素にまとめている。年頃の娘であると考慮すれば、もう少し気を使ってもいいと思えるほどに無造作な扱いだが、飾る気のないと言わんばかりのその髪型は、目の前の少女にどこまでも似合っていた。


 纏う雰囲気が対極にあるからだろう。麗菜よりもいくらか小柄なその体にも関わらず、存在感の大きさは目の前の少女の方が強いとイセルは感じた。


 「ええと、そなたは?」


 「あ、いきなりでごめんッス! 自分の名前は仲村渠なかんだかりひより! 日本魔導士学校高等部一年生で、この学校の新聞部に所属してるッス!」


 軽やかに響く声は耳に心地良く、初対面にしては随分と馴れ馴れしい言い方であっても、イセルは不快さを感じることが無かった。


 「ヒヨリ殿、か。私は――」


 「ああ、大丈夫ッスよ! ええと……いせる=ぼーでると=みはいる=ふぁるざー……さん、で合ってるッスね!?」


 即座に懐から手帳を取り出して開き、視線を走らせながら、たどたどしい発音であるもののイセルの名前を告げるひより。


 「む、違っていたら申し訳ないが、ヒヨリ殿と私は初対面のはずだな? そんな相手であっても、もう私の名前は知られているのか?」


 「あー、そうッスね。確かにイセルさんの存在はもうこの学校中で広まってるッスけど、名前まで自分が知っているのは、自分が! この学校の新聞部が誇る、美少女敏腕記者であるからッス!」


 ものの見事な得意顔ドヤガオで、ふんぞり返るように満面の笑みを浮かべるひより。どこか背伸びをしている子供のように見えて、イセルはおかしさを感じる。


 「記者……ああ、『にゅうす』とやらを作成して、世に情報を発信する職だったか。学生のうちからそのような活動を行っているとは大したものだが、自分で敏腕と名乗っていては、どうも小物臭くならないか?」


 「いいんスよ、こんなのは言ったもん勝ちなんスから。ところで『美少女』のところにツッコまないということは、その点に関して自分は、イセルさんのお眼鏡にかなっているという認識でオーケイッスか?」


 からかうつもりで言ったものだろう。ニヤニヤと冗談交じりの口調のひよりだったが、当の本人は気にする様子なく。


 「ああ。そこは間違いないだろう。私からすれば、ヒヨリ殿は十分美少女の範疇に収まると思うが」


 「ふぉわ!?」


 素っ頓狂な声をあげ、一瞬にしてその表情が赤らむ。


 「どうかしたのか?」


 「い、いや、まさか冷静に肯定されるとは思ってなかったんで驚いたッス。

 そ、そッスか。イセルさんのような凛々しいイケメンに認められるなんて、自分もまだ捨てたもんじゃないッスねグヘヘ」


 だが年頃の少女が見せてはいけないような表情でにやけるその様は、色々と台無しで。


 ――根は良さそうなヤツだな。かなり変わってはいるが……。


 引き攣った笑みを浮かべつつも、イセルはひよりに対して好印象を抱く。


 「そ、それで。ヒヨリ殿は、私に何か用があるのではなかったか?」


 「あ、そうだった」


 やや自信なさげに言うイセルの声に、ようやく意識を現実に戻したひよりは、改めてイセルに向いて目的を告げる。


 「今回イセルさんのもとに馳せ参じたのは、言うまでもなく! 独占インタビューを刊行し、異世界から来たというイセルさんを大々的に取り上げて記事にしてしまおうということッス!」


 「……とりあえず、私の身の上話を披露する、という認識でいいのか?」


 「ですです! そうッス! 理解が速くて助かるッスね!」


 「私が断る、という可能性は考えなかったか?」


 「え? 駄目ッスか?」


 「いや、別に構わん」


 「あざーッス!」


 満面の笑みを浮かべるひより。それに釣られて苦笑しながらも、


 ――まあ、気分転換になるか。


 気まぐれにも似た思いで了承したイセルは、麗菜や鏡花にも話した自身のこれまでを、興味に瞳を輝かせるひよりに語り始めたのだった。

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