第64話:唯一の勝機

 唸る追撃の風刃、魔術転換――爆炎の杭として反射される。

 転換の応酬には応じない。『幻妖舞踏エアリアル・ステップ』によって右前方へ大きく飛び出す。ヴィクトルの視界が塞がれている方向だ。優れた魔術師は目が見えずとも魔術が使えるが――それでも見えているより、見えていない方がやりにくいに決まっている。


 アミュレは牽制の風刃を打ち続ける。

 長杖に刻んだ魔法陣サーキットは、魔力を流すだけで魔術が発動する。それは精神集中コンセントレイト状態の言霊トゥルーワードよりも更に速い。何も考える必要がないのだから。


 故にヴィクトルも、自分の側方に魔法陣を展開していた。

 迫る攻性魔術を感知し、迎撃する為の魔法陣。能動防御魔法陣アクティブディフェンス・サーキットだ。

 降り注ぐ風刃を、自動発動する雷閃が撃墜する。

 風と雷が吹き荒れる中――アミュレはそれでも足を止めない。


 ――滾る炎、荒ぶるうしお。渦を巻き、収斂せよ。我が敵を追え。そして爆ぜろ。

 ――魔術圧縮。炎よ、我が左手に留まれ。


 多重詠唱ダブル・キャスト。事前に属性の言霊を二つ述べる事で、一つの詠唱で二つの魔術を発動する技術。

 加えて、魔術圧縮キャストセーブ。詠唱の終わった魔術を即時発動せず、留め置く技術。左手に『火弾ファイアボール』を圧縮。

 水弾アクア・カノンを放ち、更に前へ。


 ヴィクトルはその場を動かない。左足の骨が折れているし、回復の時間はないからだ。回復を図ればその分、遅れを取る。

 防御が間に合わず、結果、更なるダメージを受ける。

 故に水弾は魔術転換によって稲妻の槍ライトニング・スピアとして反射。


 ――万象焼き尽くす炎。防壁と化せ。その灼熱、全てを拒む力を示せ。


 更に自身もアミュレと同様、魔術圧縮を行う。ただし圧縮するのは防御魔術だ。

 アミュレの狙いは既に読めていた。

 魔術圧縮を行いながら間合いを詰め、超至近距離で、魔術変換の間に合わない乱打を仕掛ける。技巧では敵わない。それ故の――超、短期決戦。

 アミュレも、読まれている事は気づいている。

 それでも――他に手は思いつかなかった。


 アミュレが稲妻の槍を避ける。更に前へ。

 炎の槍がヴィクトルへ奔る。

 魔術変換――鎖の竜がアミュレへ肉薄。その体を絡め取り、締め上げる。


 ――万象飲み干す泡立つ水よ。踊れ、我が戒めを断ち切れ。


 時計の針のように廻る酸の刃が、鎖の竜を急速に腐食させながら裁断した。

 解放されたアミュレが、その残骸を強く蹴って、ヴィクトルへ迫る。

 そして――


「――勝負です、先生」


 彼我の距離は、既に剣士の間合いだった。アミュレとヴィクトルが示し合わせたように左手を突き出す。互いに圧縮した魔術を解き放つ。

 猛る火弾――渦巻く嵐の盾がそれを引き裂き、四散させた。

 喚く鎖蛇――荒ぶる雷の結界が、それを寸断した。

 アミュレの表情が強張る。対するヴィクトルの口元には微かな笑みが浮かんだ。

 嘆く氷雪――業火の壁が冷気を完全に押し返す。

 叫ぶ嵐刃――渦潮の砦が刃を鈍らせ、その勢いを殺す。


 アミュレが最も得意とする風属性の刃は、辛うじて渦潮の防御を破ったが――防御魔法陣ADSが斬り裂かれながらも、それを相殺した。


「……私の勝ちだ、アミュレ君」


 互いに弾切れ。ならば後に残ったのは、地力の勝負。

 魔術変換の応酬ではアミュレは勝てない。

 詰みである。魔術師として、やはりヴィクトルはアミュレをずっと上回っていた。

 そしてヴィクトルの左手に魔力が集い――


「う、あぁあああああ――!!!」


 アミュレが裂帛の気合と共に、右手の長杖を振り抜いた。

 額からの流血で目が塞がった左方からの打撃。

 西田なら、シズなら、どうするか――そう考えた時に、ふと閃いた最後の一手。


 ヴィクトルは――まるで反応出来なかった。

 痛烈な打撃がその頭部を打ちつける。

 一体何が起きたかヴィクトルには分からなかった。

 魔術師としてのアミュレを知り尽くしているからこそ、杖による殴打――そんな、彼女の才能から最もかけ離れた攻撃手段が使われる事を、予測出来なかった。

 

 集中が途切れた――魔術の発動が、阻害された。

 不完全に、無理やり発動した氷牢の魔術が、アミュレの左手を薄氷で包む。


「――『鎖よ! 錠前よ! 我が敵を戒めよ! 鎖は肉を! 錠前は心を!』」


 構わずアミュレは叫んだ。言霊魔術トゥルーワードは言葉に宿る力を引き出す魔術。であれば当然、発声を伴った方が力は強まる。

 杖先から飛び出した鎖と錠前がヴィクトルを瞬く間に縛り上げる。巨大な錠前は胸にめり込んでいる。それは精神に対する戒めだった。つまり――魔術の行使はもう叶わない。


「……馬鹿な。杖で、殴ったのか? そんな原始的な……」

「どうです? 先生」


 ヴィクトルがアミュレを見上げる。


「なかなか悪くなかったでしょう? 冒険者流って奴も」


 彼女は笑っていた。自分の友達を自慢するような、誇らしげな笑みだった。

 そして――そのまま、ふらりとよろめいて、その場にへたり込む。頭が熱くて、頭痛がした。それに唇に違和感があった。杖を手放して右手を口元に当てる。血だ。鼻血が出ている。

 重ねがけした『精神集中』による副作用だ。

 魔術による治療は――頭痛が酷くて出来そうにない。


「……左手の氷で、頭を冷やすんだ。今すぐに」


ヴィクトルが鋭くそう言った。

最後の魔術を掠めるだけで十分な雷閃ではなく、氷牢にした理由がそれだった。

アミュレに万が一にも後遺症が残らぬよう、氷結させる事を選んだ。

それがなければ――勝者は、違っていたかもしれない。

アミュレは言われた通りにした。その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込み、左手を額に当て、何度も深呼吸をして呼吸を整える。


「……先生」


そうして気分が落ち着くと――アミュレは、ヴィクトルの手を握った。


「亡者を召喚解除アンサモンする為の、鍵言葉を教えて下さい。少しでも、罪を軽くしましょう」

「……もう、遅い」


ヴィクトルは目を閉じ、深い溜息と共に答えた。


「彼らは……既に亡者達を片付けたようだ。これで、終わりだ」

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