第65話:後日談1

 西田とシズが地面に座り込んで、必死に呼吸を整えていた。

 なんとか無影を倒し、亡者どもも浄化された。しかしティラノ、マグノリアからの連戦で、二人は体力を使い果たしていた。もっともゴブリン達にも最早、その隙を突こうなどと考える者はいないようだった。


「はぁ……はっ……なんとか、なったな……」

「休んでる場合じゃ……けほっ、ありませんよ……早く、アミュレさんを……」

「うっせ……分かってら……オメーこそ、少しここで休んでたって……いいんだぜ。バテバテじゃねえか、見てらんねえ……」


 二人が憎まれ口で互いを鼓舞しながら立ち上がる。


『あー、やめとけ。その必要は、もうない』

「……あ? なんだと? そりゃ……どっちの意味だ」


 頭上から聞こえた制止の声――西田が軍神を睨み上げる。


『睨むな睨むな。あんま舐めたマネされると、お前を罰せしばかにゃならなくなる。いつかは、そういうのも面白いだろうが……今は、つまんねえよ。だろ?』

「……アミュレさんは、どうなったんですか」


 シズが顔をしかめて尋ねる。軍神は、腹立たしいほど不敵な笑みを返した。


『いやぁ、すげえ戦いだったぜ。お前らにも見せてやりたかったなぁ~。最後よ、こう、あの爺が――』


 不意に響く轟音。シズが怒りに任せて地面を蹴りつけた音だ。


『わーったよ! 怒んなって! 女の方が勝ったよ!』


 シズが、思わずへたりと尻餅をつく。そして小さく、良かった、と呟いた。


「……では、この戦争は」


 絶影が、震える声を零した。


『ああ。これで今度こそ、この戦場に用はない――』


 そして――戦争は終わった。




「――なるほど。つまり敵勢力と結託し、独断専行した結果、研究院の代表者に無断で協定を結んで……あの森は結局、人間とゴブリンが共同で管理するよう調停された、と」


 翌日の朝。西田とシズは冒険者協会の応接室で、支部長ギルドマスターとの面談を強いられていた。

 研究院がエスメラルダの森を解放したかったのは、そこにある魔力資源を確保する為だ。それには当然、ゴブリン達が根絶やしになっていた方が好都合だった。そうでなくとも、冒険者が独断で戦争を調停するなど前代未聞だった。


「まぁ、いいでしょう。採集の依頼クエストは減らす事になるでしょうが、今後は彼らとの交易による供給が望めます。供給頻度が安定するのは良い事です」


 しかし支部長――老年の、眼鏡をかけた男はあっさりとそう言った。


「……それだけか? 俺達に、何かペナルティとかは……」

「ありませんよ? あの森のゴブリン達は魔物ではなく、れっきとした一つの民族です。戦争の成り行きとしてなら、ともかく、利益の為に皆殺しにすべきだったとは、とても言えません」

「……あの、すみません。さっき没収された冒険者証は? 返してもらえ……頂けるのでしょうか」


 シズは青い顔をしていた。

 この部屋に来る前に冒険者証を協会員に預けてから、ずっとこんな様子だった。


「没収? 特別案件を一つ達成した証を、刻印させているだけですよ?」

「え? あ、そ、そうなんですか……」


 シズが胸を撫で下ろす。


「既に刻印は終わっているはずです。受付で忘れないように受け取って下さい」

「話は、もう終わりでいいのか?」

「ええ。この後、研究院の理事との会談がありましてね。それに比べれば、あなた方のした事など些事もいいとこですよ」

「……そうかい」


 そうして西田達は応接室を後にした。

 廊下を通り、階段を下り、一階のロビーに出る。

 大勢の冒険者達が、真っ昼間から酒盛りをしていた。

 猟兵の男が真っ先に、ロビーに戻った西田に気づいた。


「おっ、我らが英雄様が戻ってきたぞ! おい、冒険者証は剥奪されずに済んだか!?」

「うるせー! たりめーだろうが!」

「なーにキレてんだよ! 良かったじゃないか! ほら、祝い酒だ! 飲め飲め!」

「馬鹿か! 俺まだ飲めね……え事はねえのか、この国じゃ。けど、オメーらみてーに馬鹿になりたくねーんだよ! やめろ! 頭にかけたらぶん殴るからな!」


 冒険者達は、西田達がもたらした結末に、特に何も思っていないようだった。

 少なくとも見かけ上は。もしかしたら燻る復讐心を胸に残している者もいるかもしれない。だが、だとしても、今更何を言っても意味がないと誰もが理解していた。


 西田とシズは間違いなく、あの戦場で一番強い人間だった。

 だから――自分好みの結末を描く権利があった。一度は最強を志した者達であるが故に、彼らは自分にそう言い聞かせる事が出来た。


「ったく……シズ、どうするよ。さっさとフケるのもなんだし、とりあえずここで飯食って……それから街でも見て回るか? 店はもう大分復活してるだろうけど、客足が戻るのはもうちょい先だ。中央通りを貸し切りに出来るかもな」

「そう……ですね。それは、楽しみです」

「よし、決まりだ……っと、忘れない内に冒険者証も返してもらおうぜ。おら! どけどけ! 俺に絡みつかねえと酒も飲めねーのか! テメーら!」


 やたらとダル絡みしてくる冒険者達を跳ね除けて、西田は受付へ向かった。そうして冒険者証を返してもらい、食事を取り、一休みして――二人揃って席を立つ。


「あ、なんだよ。もう行っちまうのか?」

「ここにいても、オメーら飲め飲めしか言わねーだろうが」

「失礼だな。他にも言えるぞ。奢ってくれよ~とか」

「アホか。特別案件の報酬金、貰ってんだろ」

「あんたらは特級戦功だろうけど、俺たちゃ一級戦功止まりなんだよ。なぁ、奢ってくれよ~」

「ニシダ。私は、別に出しても構いませんけど……あんな大金持ち歩いてると、落ち着きませんし……」

「あ、マジで!?」


 おずおずと提案するシズ。即座に食いつく猟兵の男。西田が溜息を吐いて、上着のポケットから白金貨を取り出して、乱暴に放り投げた。

 猟兵の男が撒き餌に食いつく魚のように、それをキャッチした。


「おっ、ありがとよ! いやー、言ってみるもんだな!」

「テメー、未成年にまでタカろうとしてんじゃねーよバカ!」

「いや、悪いね、はは。またどこかで会ったら、この借りは返すよ」

「俺は二度とオメーのツラ見たくなくなったけどな。シズ、行こうぜ」

「あ……は、はい。では……ええと、お元気で?」


 あんまりな別れの挨拶に、シズは最後に頭を下げてから、西田の後を追った。

 冒険者流の軽口という文化についてのシズの理解は、まだまだ浅いようだった。

 そうして協会を出ようとすると――ちょうど入り口から、誰かが入ってきた。

 ぶつからないよう西田が足を止める。そして気づいた。


「あ、やっと見つけた。お説教はどうだった? 免許は無事?」


 それは、アミュレだった。

 一体何故かは分からないが、彼女は西田を探して、ここを尋ねてきたようだった。

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