第63話:魔術師VS魔術師
「くっ……!」
アミュレは――魔術を返せなかった。
水属性の魔術を、何の属性に変換するか。
どのような魔術として返すか。それを一瞬で閃けなかった。
水竜に呑まれたアミュレは、波濤の如き水圧の中で振り回される。
それでも精神集中のおかげで、前後不覚にはならずに済んだ。
――万象焼き尽くす大火。渦を巻き、収斂せよ。我が敵を射ち――その中枢へ。そして爆ぜろ。
アミュレが長杖を水竜の中心部へ向けて、心中にて呪文を唱える。
放たれた『
アミュレは勢いよく空中へ投げ出され――地面に落ちる直前で、浮遊の魔術が間に合った。
「げほっ……げほっ……くそ……!」
「ふむ。追加詠唱に、複合魔術……流石だ。判断も悪くない。魔術には様々な体系がある。剣士に接近戦を挑む必要がないように、相手の得手とする領分で無理に戦う必要はない」
ヴィクトルの声音は平然としていた。テストの採点でもするような語り口だった。
既存の詠唱に追加の言霊を織り込み、魔術効果を増強する
どちらも一等級から、従軍魔術師クラスの高等技術。
だが――それでヴィクトルが驚くはずはない。
それらを彼女に教えたのは、彼なのだ。
「しかし……君が現時点で、魔術師として私を上回る要素は、魔力量と才能だけだ」
アミュレは何も言わない。何もしない。何をすればいいのか分からない。
どんな魔術を放ったとしても、それがヴィクトルに通じるイメージが持てない。
「……それでも」
それでもアミュレの双眸に、諦めの色は、ほんの僅かにも浮かんでいなかった。
「私は、負けません。この戦争は、絶対に今日で終わらせます」
「……祈りによって力を得るのは神官だ。それは魔術師の取るべき姿勢ではない」
冷ややかなヴィクトルの声。
アミュレは惑わない。精神集中によって加速した思考の中で、勝ち筋を探る。
糸口はある。アミュレの魔力量は――ヴィクトルを上回っている。
それが、唯一の糸口だ。才能など単なる将来性でしかない。今、ヴィクトルに通じ得る武器はそれしかない。考えるのは、それをどう扱うべきか。単に強大な魔術を放つだけでは魔術転換によって跳ね返されるだけ。
――だから、まずは先生の体力と魔力を削って……その上で、そのまま消耗戦を続けるか……対応力が落ちたところで短期決戦に切り替えるか。その二択だ……。
方針は見えた。
――考えろ。どっちの方が勝算が高い? どうすれば勝てる? ……ニシダなら、シズなら、どうするだろう。あいつらなら――
方法も――すぐに思い付いた。元々、選択肢は僅かだった。当然だ。剣士であれ拳法家であれ、魔術師であれ、格上に勝とうとするなら、するべき事は決まっている。
「いいえ、先生。これは祈りではありません。これは、誓いです」
つまり――己を顧みず、無理をして、その上で秘策を通す。
「私は……もう『誰も死なせない』。その為になら、命を懸けたっていい」
再度唱えられた『
『
「っ、馬鹿な! やめなさい! それがどれだけ危険な事か、教えたはずだ!」
ヴィクトルがたちまち取り乱した。しかし、それもやむない事だった。
精神集中とは、その名の通り、術者の集中力を増強する魔術。つまり――脳に影響を及ぼす魔術なのだ。
脳機能を増強し、更に増強を重ね、人間の限界を遥かに超えた思考速度を発揮する。そんな状態が長く続けば――無事でいられるはずがない。
だがアミュレはただ、ヴィクトルを睨んでいた。決死の決意を宿した双眸だった。
「くっ……!」
戦いを長引かせる訳にはいかない。アミュレが二重の精神集中によって不可逆な後遺症を負う前に、速やかな決着が必要になる。
ヴィクトルの周囲に現れる十三本の
――雷よ、炎を灯せ。そして爆ぜろ。花開くように、鮮やかに、激しく。
しかしアミュレへと殺到するよりも更に早く、魔術転換によって火球に変貌――炸裂した。至近距離で爆発を受けたヴィクトルが紙くずのように吹き飛んで、地を転がった。殺すつもりの一撃だった。
アミュレは信じていた。それでもヴィクトルは死なないと。むしろ、それでやっとヴィクトルの防御魔術を貫いて、ダメージを与えられるのだと。
「――『魔術師に、栄光あれ』……!」
そして、その予想は当たっていた。
ヴィクトルは倒れ伏しながらも、呪文を唱えた。『
重ねがけだ。通常の精神集中では、今のアミュレは手に余ると判断したのだ。
ヴィクトルの体が気流によって浮き上がり、直立の姿勢を取り戻す。だが無傷には程遠い。額が割れて血が流れ、片目が塞がっていた。左足を庇う素振りも見える。
――左眼が塞がれてる。あれは……突破口になるはずだ。上手くやれば、勝てる……かもしれない。
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