第36話:休息2

「……これって、間接的にゴブリンの死体を食ってる事にならねえか?」

「あっはっは! 確かにそうだ! でも、元々そんなものさ。自然にそうなるのを、彼らが早めてくれただけだ」


 カボードは西田の呟きを笑い飛ばすと、懐から短刀を取り出す。

 そして自分のひげを根本から切断して、土精達に差し出した。

 土精達は我先にとそれを分捕ると、小さな泥団子を通して首に巻いたり、千切って付け髭のようにしてみたりと、思い思いに扱い出した。


「さて、それじゃ始めようか。ポチ、タマ、ハナコ、頼んだよ」


 カボードがそう言うと、彼のローブの内側から風精が姿を現す。

 風精が人差し指を一振りすると、畑に実った作物が風によって瞬時に切断、或いは細砕された。奥に積まれた木箱の蓋も独りでに開いて、中から粉乳やチーズ、干し肉などが気流によって運び出される。

 そうして宙に浮かぶ食材に、水精と火精が加水、加熱を行う。


「疲れているんだろう?出来上がるまでもう少しかかるから、あそこの宿舎で待っていてくれ」


 見慣れない調理風景に唖然としていた西田とシズに、カボードが声をかけた。

 西田にもシズにも、あえて固辞する理由はなかった。


「――やあやあ、おまたせ」


 宿舎へ移動して暫くすると、カボードが三体の精霊を連れて宿舎にやってきた。

 食事が盛り付られた皿とスプーンが、風精によってテーブルの上へと配られた。

 品目はコーンブレッド、ベリーのジャム、ポテトグラタン、干し肉と人参のスープなどだった。


「彼らのコーンブレッドとポテトグラタンは絶品だ、是非味わってくれ。じゃがいもととうもろこしに、牛乳とチーズを練り込んであるから、失った体力と血を取り戻すには最適の食べ物だ」


 カボードはそう言うと、笑顔で二人の様子を見ている。

 感想を楽しみにしているのだろう。

 西田も、血を流しすぎたせいか疲労感が残り続けているのを感じていた。スプーンを手に取ると、まずはポテトグラタンをすくって、口に運ぶ。


「……確かに、美味いな」


 そして思わず、そう零した。変な話だが――土から多大な栄養を得て育った作物だ。美味しくない訳がない。

 それから――ふと、何かが西田の足をつついた。

 見てみれば、土精達が誇らしげに胸を張っていた。


「……なるほど。職人技という訳ですね」


 その様を見たシズが、得心が行ったとばかりに呟く。

 土精達が、分かっているじゃないかと言いたげにシズの足を叩いて笑った。


「……さっきのあれも、魔法の一種なのか?」


 ポテトグラタンを頬張りつつ、西田が尋ねた。

 ちゃっかり自分の皿も用意していたカボードが、食事の手を止める。


「魔法……ではないね。魔法とは、魔力によって起きる自然現象の事だ。あれは、精霊魔術さ」

「……精霊と交渉して、魔術を使ってもらうのか? 詳しく教えてくれないか?」


 西田が質問を重ねる。

 魔術にも様々な体系がある事は、アミュレの説明によって既に分かっている。

 ならば次に知るべきは、それらの特徴だ。


「ふむ、魔術に興味が? ……いや、思い出した。世間では今、どの闘法ジョブが最も強いかなんて話題で、盛り上がっているんだったね」

「……はい。敵がどんな技を使うのかを、知っておきたいんです」

「俺達は魔術の事は殆ど知らない。教えてもらえれば……ここでの戦いにも役立てられると思うぜ」


 そう言って、西田はカボードの顔色を注視する。世の中、自分が修めた知識や技術を、無償で公開する事が楽しい人間ばかりではない。

 単なる偏見かもしれないが、魔術師達も恐らくそうだろうと、西田は考えた。

 だから交換条件を持ちかけた。

 教えてもらえれば、そちらにもメリットがあると。

 だが、それは――教えなければ、この先の戦功は保証出来ない。

 そういう脅しと受け取られかねない発言でもある――故に、顔色を伺った。

 もしカボードが不快そうな表情を見せれば、すぐに撤回するか、言葉を付け足す必要がある。


「ううん、確かに。私もここに来てから、見た事もない技に殺されかけた事が何度もあるからねえ」


 しかし――カボードは腕組みをして、神妙な顔で何度も大きく頷いた。

 西田の懸念した悪感情は、まるで抱いていないように見える。


「よし、分かった!精霊魔術について教えてあげよう!」


 自分の知識や技術を見せる事にも、抵抗はないらしい。

 何故か――考えて、理由はすぐに思いついた。

 要するに、カボードは見た目通りに、おおらかな性格をしているのだ。

 だから西田の予想は外れた。

 そして、それは戦闘の中でも起こり得る事だ――西田は、また一つ学びを得た。


「とは言え、概ね君の予想通りだけどね。精霊魔術の基本は交換条件だ。魔術を実際に行うのは精霊だから、私みたいな魔力だけが取り柄のぶきっちょには、ぴったりの魔術さ。はっはっは!」

「……けど、良い事ずくめって訳でもないんだろ?」

「そうだねえ。魔術の行使に必要な魔力に加えて、対価としての魔力を支払うから、逆に魔力の少ない人には向いてないね。燃費も悪い」

「先ほど、土の精霊さん達とお話していたのは……どういう意味があるんですか?」

「ああ、あれはね……私が急ぎの仕事を頼んでしまったから、追加の対価の相談をしていたのさ。髭くらいで済ませてもらえて、良かったよ」

「なるほど……髪や髭を伸ばしているのも、魔術の為なんですね」

「そう。他にも色々持ち歩いてるよ。ほら、飴玉とか、蒸留酒とか……あ、君らもどうだい?」


 カボードがローブの中から様々な品を見せびらかす。

 だが西田は、コーンブレッドを齧りながら、何やら考え込む素振りを見せていた。


「……その精霊魔術は、俺にも使えるのか?」


 そして顔を上げると、そう尋ねた。

 技のバリエーションが増えて困る事はない。

 対価さえ払えば精霊が仕事を果たしてくれるというのも、魔術に明るくない西田には適している。

 

 少なくとも――力任せの剣術と、格闘術。

 それと、目を閉じなくては使えない気刃。

 それだけでスマイリーに勝てるとは、西田は思っていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る