第37話:休息3

「……その精霊魔術は、俺にも使えるのか?」


 西田が尋ねた。


「……難しいと思うよ。自然界の精霊達を認識して、声を聞くのは、誰にでも出来る事じゃないからなぁ」

「その、あんたの肩に乗っかってる赤いのなら見えてるぜ」

「ポチは、私の魔力を帯びているからね。だけど、ほら……」


 カボードが西田の右肩を、右手の人差し指で指す。

 指先から生じる魔力の流れ――瞬間、西田の肩の上で土精が一体、姿を現した。


「彼はさっきから飯は美味いかと、しきりに君に聞いていたんだよ。答えてやってくれるかい?」

「……なるほどね。飯は美味かったけど……俺に精霊魔術の才能はないって事か」

「そのようだねえ……だけど見たところ魔力の量は人並みのようだし、他の魔術なら努力次第で使えるようになるさ」

「……人並みか」


 西田は表情こそ殆ど変えなかったが、僅かに落胆していた。

 王都の道場で、西田は高弟の魔術師が放った魔術を斬って落とした。

 闘気を帯びた刃ならば、炎や雷を切り裂く事は不可能ではない。

 そして西田に出来るのなら、当然スマイリーやシズにも同じ事が出来るだろう。

 ならば人並みの魔術は、最強を決める戦いの中では、攻撃の手段にはなり得ない。

 勿論、絶影がしてみせたような撹乱には使えるだろう。

 だが、どうせなら――――カッコつけて魔術を使ってみたいという気持ちが、西田の中にはあった。


「もし実戦的な魔術を学びたいなら、私よりもヴィクトルの方が役に立てるだろう。なんたって彼は昔――」

「――ちょっと、カボード先生。なんであなたまで食事を取っているんですか」


 不意に、西田達の背後――宿舎の入り口から声が聞こえた。

 振り返ってみれば、アミュレが呆れ半分、怒り半分といった視線で、カボードを睨んでいた。


「あー……やあ、アミュレ。違うんだよ、私は作業に戻ろうとしたんだが、ポチが彼らに、自分の料理の感想をどうしても聞きたいから一緒にいてくれと……」


 カボードは肩に乗っている火精に目配せをしながら、早口に言い訳を述べる。


「……タマ。本当はどうなの?」


 だが、アミュレはそれには一切耳を貸さずに、部屋の中を浮遊していた水精に尋ねる。水精――タマは、一度カボードを振り返って、きしし、と笑った。

 それからアミュレに近寄ると――何やら、身振り手振りを交えて語りかける。

 西田とシズには何を言っているのか、まるで分からなかったが――


「……こっそり二回昼食を取るチャンスだから、三人分作ってくれと頼まれた、らしいですけど?」

「あー……ははは……。これも精霊魔術の欠点だ。精霊は、いつも自分の味方をしてくれるとは限らない」

「もう……後始末は大方終わっていますから、皆の昼食の準備を始めて下さい」


 アミュレは溜息を零すと、そう言った。


「……もちろん、先生の昼食はそれで終わりですよ」

「や、やだなぁ……言われなくても分かってるさ、ははは……あ、君らももう食べ終わった?食器片付けとくよ、あはは……」


 カボードは空になった三人分の食器を抱えて、そそくさと宿舎を出ていった。


「なに、私の教え方じゃ不満だった?」

「……まぁ、不意打ちで目ン玉潰されかけるよりかは、楽な授業だったよ」


 西田の返答――恨み節と言った調子ではない。


「ふん……仕方ないだろ。ああするのが一番、手っ取り早いんだから」


 アミュレも、悪びれなくそう返した。


「……それじゃ、ついてきて」


 そして――淡々と、だが真に迫るような声色で、そう言った。


「……おう」


 西田もそれを察して、淡々と返事をして、立ち上がった。

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