第33話:剣士VS猟兵

 小手斬り――西田は迫りくる分身の、腕のみを最小限の動きで切り払った。

 そして――不意に感じる、軽くも硬質な手応え。

 先ほどまでは分身を斬った時に、何の手応えもなかった。奇妙な手応えだった。


 だが、今はその違和感について深く思考している余裕はない。

 そのまま振り返りざまに放つ横薙ぎの斬撃――絶影が、それを避けた。

 本体だ。霧の奥へ隠れようと飛び退く絶影を、西田が追った。

 大きく踏み込み、剣技において最長の間合いを発揮する刺突にて、追撃を図る。


「む……」


 対する絶影は――その出鼻を挫くべく、気刃で迎撃。

 剣閃は鋭く、軌道は横薙ぎ、狙いは腹部。躱しながら突きを打つのは難しい。

 西田は突きを諦め、それを防御――再び感じる、軽く、硬い感触。


 ――この手応え。俺がさっき斬ったのは……分身に隠した気刃だったのか。


 違和感の正体を得た西田は――更に考える。

 先ほど分身もろとも気刃を切断出来たのは、単なる偶然だった。

 だが――もう一度、さっきと同じ斬り方をしてみたら、どうなるだろうと。


 思索を巡らせる西田へと、絶影が再び襲いかかる。その思考を、急いで断ち切ろうとするかのように。今度は三体。前方、後方、左方から――西田が一歩踏み込む。

 繰り出すのは左から右への切り払い。

 先ほどと同様、攻撃の動作を潰すように・・・・・・・・・・・絶影を斬り裂いた。

 そして――剣から伝わる、気刃をった手応え。


「へ……」


 西田の口元に、獣が牙を剥くが如き笑みが浮かんだ。

 そのまま手首を返し、左方の絶影を縦に断ち切る。今度も、武器もろとも。

 残る一体も、下段からの跳ね上げで叩き切った。

 分身三体を消費させ――西田は、無傷。


「――分かったぞ、シズ! 分身に気刃が紛れてるんじゃない! 分身そのものが気刃なんだ! 潰すなら、手足を狙え!」


 そして霧の向こう側にいるシズへ向けて、叫んだ。

 何故、そうなのかは西田には分からない。

 だが実際のところ、それは正鵠を射ていた。


 斬撃や、打撃は、気刃や遠当てとして放出する事が出来る。

 切り払いも、切り下ろしも、突きも、拳打も、蹴りも――ならば、『暗殺』とて同じ事が出来るはず。

 そして、「十分な勢いの乗った攻撃」というものは、反撃を受けても簡単には止まらない。例えば捨て身の覚悟で幹竹割りを仕掛けられたのなら、対手の胸を刺したり、腹を裂くのは悪手だ。それでは相手は致命傷を受けつつも、攻撃を敢行出来てしまう。確実に安全に仕留めるなら、まず手足を断たねばならない。

 要するに、「捨て身の暗殺」を気刃として放つ。絶影の攻性分身――『蜜蜂の一刺しワンタイム・スティング』は、そのような技巧スキルだった。


 気功術とは気の持ちようである。

 斬れると思えば、距離など無視して対手を斬れる。

 逆説――自分の体内のどこかに刃が隠されていて、死ぬとそれが飛び出す。

 そんな想像し難い事は、実現し得ないのだ。


 ともあれ――西田が叫んだ直後、未だ数十と残る絶影の分身が、一斉に西田を睨んだ。迎撃と観察の機会が増えれば増えるほど、分身の性質を看破されるリスクは増す。だが、既に秘密は暴かれた。最早、隠し立てする必要もない。

 最初から分身全てを費やして暗殺を試みていた方が、良い結果になったかもしれない。だが、そんなものは、ただの後知恵だ。

 ダイスの出目は、西田の味方をした――それだけの事だ。


「来いよ。全部、叩き斬ってやるぜ」


 絶影が、西田へと殺到する。

 霧の外から戦いを見守る他の冒険者や魔術師達には、漆黒の奔流にしか見えない、瞬速の突撃。けれども――西田には、その全ての動きがよく見えていた。

 短剣――分身が宿す気刃に狙いを定めた上で、手前から順に、斬って落としていけるほど、はっきりと。


 剣閃が縦横無尽に奔る。分身の総数が見る間に減っていく。

 しかし、それでいて西田には隙がない。

 攻性分身の術理を見抜いた事で、戦意が高揚しているからか――恐ろしいほどの集中力を発揮している。分身を片っ端から斬り捨てながら、しかし隠密を被せた短剣の投擲スローイングにすら反応して、弾き返す。


「……見事な手前。実に、感服致しました。こうなっては、仕方がありません……あなたよりもまず、あの子供を先に仕留めるとしましょう。あちらの方が、まだ幾分かやりやすい」


 霧の中から囁く声。

 それを嗅ぎ取った西田は――ふっと、鼻で笑った。


「あいつが、俺より、やりやすい? はっ、もっとマシな嘘がつけないのかよ」


 駄目元で吹っかけたブラフは、まるで通じなかった。

 いよいよ――絶影は覚悟を決める必要があった。明らかに自分よりも白兵戦に長けた、達人級の剣士を相手に――接近戦を挑む覚悟を。


 不意に、絶影の分身が全て、西田から遠ざかって霧の向こうへ消えた。


「……潰すなら、気刃もまともに打てない、あなたからだと思っていたのですがね」


 そうして――西田の正面に、絶影が一体、現れた。

 存在感を隠そうともしない、迸る闘気。


「おう、それは大正解だ。あいつなら、きっと俺よりもっと簡単にお前をしばいてただろうからな」


 西田が剣を担いだ。スマイリーから学び取った――西田にとって、その強さに最も自信の持てる、構え。

 シズの援護は――期待出来ない。分身が全て西田から離れていったのは、シズの足止めに使う為だ。だが――そもそも西田に、援護を求めるつもりなど毛頭なかった。

 西田の考えは一つ。俺が勝つ――ただそれだけだった。


 絶影が、地を蹴った。濃霧が踊るほどの疾風と共に、西田へ肉薄。

 そして西田の間合いへ踏み込む寸前に、左の短剣を投擲。

 正中線を狙った一撃――体捌き、足捌きでは大きく動かなくては避けられない。

 故に西田は、それを剣で弾いた。


 つまり――絶影が間合いに踏み込むその瞬間に、斬撃を繰り出せない。

 絶影の空いた左手が、自身の纏う外套マントを掴み――留め具を引き千切って、前方へ薙いだ。


「視えね――」


 西田の視界が、黒く覆われる。

 瞬間――外套を突き破り、その喉元へと迫る短剣。

 影刃シャドウ・ブレード。暗殺者や一部の剣士が、ローブや盾を用いて、斬撃の始点を隠す技巧スキル


「――えけどよ、それがどうしたッ!」


 対して西田は――ただ、渾身の力で直剣を振り下ろした。

 稲妻の如き剣閃が、宙に揺蕩うだけの外套をいとも容易く斬り裂く。


 その裏側に、絶影はいなかった。


 絶影は、西田の頭上を取っていた。

 影刃と投擲の合わせ技――外套越しに短剣を投げつけると同時に自身は跳躍。

 西田の視線を完全に誘導し――後ろ腰から、短剣を抜く。最後の短剣だった。


 そして――剣閃が二つ。金属音は、響かない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る