第32話:猟兵の狩り

「……畜生。先手を取られ続けるしかねえってのは、良くねえぞ」


 姿を消したままの絶影。呼吸を整えながら、周囲を警戒する西田とシズ。

 膠着状態の戦況が――少しずつ、動き出す。


 西田の間近、腕を負傷している右方から姿を現し、襲いかかる絶影。

 しかし西田は容易くそれを斬り伏せる。絶影の姿はすぐに掻き消えた。


「……野郎」


 次は、シズへと絶影が襲いかかる。

 シズもまた容易く、それを遠当てで撃ち落とした。

 絶影の姿は、またも煙のように消え去った。


「熱くならないで下さいよ、ニシダ。これは……かなり、厄介です」

「分かってらあ……熱くなる、ならねえって話なら……俺ぁ、オメーの方が心配だけどな」


 分身は絶え間なく、本物と遜色ない素早さで襲いかかってくる。

 それが攪乱である事は明白。だが――次に現れる絶影も分身である保証はどこにもない。常に集中力は絶やせない――精神の疲弊は、肉体の動作にも影響を及ぼす。


 また、分身が襲いかかる。

 二人とも即座にそれを撃滅するが――分身に紛れた気刃に、肉を浅く斬られた。

 絶影の気刃は、二人の闘気の守りを完全には貫けない。

 だが僅かな出血も、嵩めば致命的な消耗に繋がる。


 加えて――今度は二人からやや距離をおいて、絶影が何体も出現し始めた。

 分身をストックされ続けている――それが、この状況においてどれほど不味い事か。西田もシズもすぐに理解出来た。


「……少なくとも、分身も気刃も、闘気を使って構築されています。いつまでも、これを続ける事は出来ないはず……」


 シズが西田に――そして自分自身に言い聞かせるように、状況を分析する。


「……俺達が貧血でぶっ倒れる前に、あいつがぶっ倒れてくれるのを祈るか?」

「馬鹿な事言っていると、あなたが先に倒れても助けてあげませんよ」

「へっ……ほざきやがれ」


 近間から現れて襲いかかる分身と、遠巻きに二人を包囲する分身。

 更には――無数の分身に紛れて生じる魔力反応。

 同時に、周囲に濃密な霧が広がり始める。『白霧ホワイト・フォグ』の魔術だ。

 戦況の理解を阻害するノイズが増えていく。


「……これが、猟兵レンジャーか」


 西田が、戦慄を込めて呟く。

 そうして西田とシズが、互いにゆっくりと、距離を空け始めた。

 最早、即席の連携で背中を守り合えるほど、状況はぬるくない。

 背中を預けるという行為が互いの動きを阻害して、かえって邪魔になりかねないと――そう察したのだ。


「……しくじるなよ」

「あなたこそ」


 西田が右手を二度、握って開く。手の感覚は回復していた。

 剣を左から右へ持ち替える。

 直後、白霧の中、不意に西田へと襲いかかる四体の絶影。


 ――どれが本体だ。いや、本体はいるのか? ……やめろ、余計な事を考えるな。


 心中に生じた惑いを断ち切るように、西田は剣を薙いだ。

 右から左への切り払いで二体、返す刃で二体――どれも分身だった。

 分身に被せて飛来した気刃が、西田の頬と左腕を裂く。

 顔面への斬撃に、西田が思わず目を細めた。


 その隙を突くかのように、西田の胸めがけ短剣が飛来――投擲スローイングだ。本物か幻影か、迷ってはいられない――全て斬り落とすしかない。

 剣を掲げて、短剣を弾く。響く金属音――そして、血が飛び散る。


「あっぶ……ねえ……!」


 西田の胸から出血があった。痛みを感じた西田が、咄嗟に左手で、自分の胸に突き刺さろうとしていた何かを掴んだ。

 西田の手は空を掴んでいるように見えた。だが――確かに掴んでいるのだ。闘気を帯びた、短剣を。隠密スニークの応用法である。刃が風景に溶け込むように、闘気を纏わせたのだ。

 西田の反応が後ほんの一瞬遅ければ、致命傷を受けていた。


「んな事まで出来んのかよ……!」


 これでまた警戒すべき事が一つ増えた。

 西田は舌打ちをして、掴んだ短剣を握り砕く。

 

 絶影は更に襲いかかってくる。今度は右前方と左後方の挟撃。

 西田が打ち下ろしからの跳ね上げで、それらを一瞬で斬って捨てる。

 そして――脚と脇腹に僅かな裂傷を受ける。

 西田の表情が苛立ちに歪む。分身を破壊しても、そこに紛れた気刃の一撃をどうしても受けてしまう――気刃の軌道が直前まで見えなくては、防御のしようがない。

 

 だが、対策を考えている暇はない。分身を斬った隙を突いて、再び投擲された短剣が迫る。一本は、即座に切り払った。隠された二本は――見えない。

 代わりに、真正面から懐に潜り込んだ絶影が、西田の大腿を斬りつけた。


 西田は咄嗟に一歩退く――だが、避け切れない。二本目の投擲スローイングを警戒しすぎるあまり、絶影の動きに対する反応が遅れた。鮮血が噴き出す。

 気刃によるものではない、決して浅くない手傷だった。

 


「いっ……てえな、クソッ!」


 西田が、間合いに入った絶影に切り返す。

 絶影はそれを飛び退き、回避。

 入れ替わりに分身が三体、西田の前から襲いかかる。追撃に対する牽制だ。


「っ……!」


 ここで本体を逃せば、また一方的な、狩りの如き攻勢が始まる。

 だが――既に何度も気刃を受け、大腿を斬られている。

 あまり傷を受け過ぎるのは、血を流し過ぎるのは、不味い。


 やむを得ず、西田は追撃を諦める。とは言え、あまり分身の撃破に手間を取れば、それがまた不意打ちのきっかけになる。


 せめて分身をより速く、より効率的に斬らなくては。

 その考えが――西田の斬撃を、研ぎ澄まさせた。

 無意識の内に、数日前、王都の夜にスマイリーが見せた技巧を模倣する。

 対手の、己に最も近い部位を斬る技巧。すなわち――小手斬り。


 迫りくる分身の、腕のみを最小限の動きで切り払った。

 そして――不意に感じる、軽くも硬質な手応え。

 先ほどまでは分身を斬った時に、何の手応えもなかった。奇妙な手応えだった。

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