第18話:魔導の都1

「勘弁してくだせえ。お客さんをゴブリンどもと戦わせて、その上泥まみれにしたなんて知られたら、あっしら首を切られちまいますよ」

「はは……そりゃ悪かったよ」


そうして、二人は客車の中へと戻る事になった。


「……そう言えば、さっき護衛の奴が使ってた魔法。攻めにも守りにも便利そうだったな」


 ふと、思い出したように西田が呟いた。

 護衛の男は、杖でゴブリン達をなぞっただけだった。それだけで、最初に飛び出してきた五匹は、風の刃で切り裂かれた。


「確かに……あれだけ小さな動作で斬撃を飛ばすのは、私にも出来ません」

「……ちょっと待った。なんだ、その、『ちょっと大振りすれば斬撃くらい自分も飛ばせますけど』みたいな言い回し」

「え? そりゃ出来るでしょう。遠当てとか、気刃とか……まさか、出来ないんですか? それどころか、技の存在すら知らなかった?」

「仕方ねーだろ、そんな技見た事ねーし……お前だって俺との手合わせの時、使ってなかったろ」

「まぁ……あなた相手なら、必要ないと思ってましたからね」


 実際には「自分の技」を見せたいという気持ちが大きかったからだ。

 だが、シズがそれを正直に告白するはずはなかった。


「それにしても、呆れました。自分の取り柄を活かす技は何かとか、考えた事ないんですか?」

「そんなもん、必要ないと思ってたんだよ……後で、詳しく教えてくれよ」

「――お話中に失礼しますが、お客さん方。いよいよ見えてきましたぜ」


 御者の声かけを受けて、西田は視線を窓の外、馬車の進路へと向けた。

シズも釣られて外を見る。

 とは言え――二人の目に映るのは、蔦の葉が茂った、恐ろしく巨大な防壁のみだ。


「シズ、寒かったら言えよ。上着貸してやるから。ここら辺は標高が高えんだ」

「あら、ありがとうございます。ですが、要らぬ心配ですよ」


 シズは獣人にしては体毛の薄い方だが、西田の気遣いをあっさりと辞した。

 闘気の守りが遮ってくれるのは、何も打撃や斬撃だけではない。


「さあ、お客さん方、着きましたよ」


 城壁の下に辿り着くと、御者は馬車を止めた。


「……お客さん、死なんで下さいよ。帰りの馬車にも、またウチをご利用して頂かないと」

「はっ……心配すんなよ。帰りもまた、この馬車を注文してやるさ」

「……お待ちしておりやすからね。絶対ですよ!」


 西田は城壁へと歩き出しながら、振り向かないまま手を振った。


 エスメラルダの城壁には関所があった。魔導の最先端に、前科を持つ人間などが潜り込む事は好ましくないからだ。

 しかし――シズは関所よりもむしろ城壁の方に興味を惹かれたようだった。


 エスメラルダを護る城壁は間近で見ると、そこに石の継ぎ目がまるでない事が分かる。つまり完全な一枚岩なのだ。

 それは言うまでもなく魔術によって築き上げられたものだった。

 またその表面を覆う蔦の下には、複雑な紋様が刻み込まれている。


「……あれも、馬車の彫刻と同じで魔法陣になっているんですか?」

「おう。ここのは耐久度の上昇に、矢避けに、魔物避け……色々混じってる」

「……魔法陣が読めるんですか?」

「いや、前にここに来た時に教えてもらっただけだ」

「なんだ、意外と賢いのかと感心して、損しました」

「オメーなぁ……まぁいいや。行こうぜ。街の中はもっとすげーからよ」


 ともあれ、西田は城壁の外側に設置された、関所の窓口へと歩み寄る。

 格子窓の奥にいる若い事務官の男は、魔法陣の彫り込まれた水晶玉を右手に乗せていた。邪心感応の魔導具――要するに、企み事や嘘を感知する為のものだ。

 通行前の審査に際して反応があった場合は即座に、衛兵による非殺傷性魔術が行使される。


「……エスメラルダへようこそ。来訪の目的と希望する滞在期間を教えて下さい」

「最近噂になってる、特別案件を受けに来た。滞在期間は……とりあえず、一ヶ月くらいかな」


 長めに期間を取ったのは、実際のところ、ゴブリンの国家がどれほどの規模なのかまだ分かっていないからだ。

 仮に特別案件の攻略が早々に終わってしまっても、その場合は滞在許可証を返上すればいい。であれば、そう何度も期間延長の手続きをするのは面倒だ。


「申し訳ありません。只今、特別案件目的での滞在が非常に増えておりますので、一ヶ月の滞在は許可出来ません」

「あー……なるほどね。どれくらいなら許可してもらえる?」


 西田は首元から金の鑑札を見せて、尋ねた。


「そうですね……五日ほどであれば」

「五日……短いな」

「これでも優遇しているんですよ。ニ等級であれば三日です。三日もあれば、大怪我をしてここを去るには十分です」


 事務官の台詞は、皮肉と言うよりも愚痴、或いは弱音に近い響きを秘めていた。


「……こいつは俺の連れで、ニ等級なんだが、滞在期間を揃えられないか?」

「……いいでしょう。虚偽の申告はなさそうですし、こちらの用紙の……ここから、ここまでを記入して下さい」


 用紙への記入が終わると、事務官は水晶玉を置いて、代わりに印章ハンコを取り出した。西田は着衣の袖をまくり、左腕を差し出す――その前腕に印章が触れて、魔法陣が付与される。


「戦闘などで「無くして」しまった場合は、こちらでご申告下さい。ご武運を」

「はいよ。おら、シズ。オメーの番だぜ」


 そうしてシズも西田の見様見真似で手続きを終えた。

 その後で、自分の腕に付けられた魔法陣を、しげしげと見つめる。


「これは、どういう魔法陣なんですか?」

「追跡用だよ。滞在期間が過ぎても関所に来ない奴の為の」

「……あの、お風呂で消えたりはしないんでしょうか」

「ああ、ちゃんと防水性も付与されてる。さあ、行こうぜ」


 二人は門を潜る。


「……すごい」


 シズがまず驚いたのは、夕暮れ時にもかかわらず街並みが日中のように明るい事だった。石畳や建造物に刻み込まれた紋様が、通う魔力によって淡く光り、街のあちこちに角灯ランタンを抱いた火の精霊が浮いている。

 王都よりも更に、格段に、華美な街並みだった。


「すげーだろ」


 西田がそう声をかける――が、返事がない。

 シズは目に映る何もかもに興味津々といった様子で、辺りを見回していた。


「少し、街を見て回るか? どうせこの時間のギルドは、混むだろうしな」

「……いえ、大丈夫です。そんな事は、特別案件をこなしてからでも出来ますから」


 シズは、努めて素気なくそう言った。

 が、彼女の尻尾はしゅんと下向きに垂れている。

 その返答が苦渋の選択だった事は、明らかだった。

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