第9話:真相1

 気が付けば、見知らぬ天井を見上げていた。梁のない、切石が幾つも結合して構築された天井は、魔術を用いた建築技術によるものだ。

 西田はすぐに、自分がどこかのベッドに寝かされているのだと理解した。


「気が付きましたか」


 視界の外から声が聞こえた。首を回して振り向く。

 ベッドの傍らで、椅子に腰掛けて自分を見つめるシズと目が合った。


「……あなたの勝ちです」


 開口一番に、シズはそう言った。


「……俺の、勝ち?」


 しかし西田はまだ、今ひとつ意識が明瞭ではないようだった。

 やや呆けた様子で、聞き取れた単語を復唱する。


「ええ。最後の攻防……私は完全に、虚を突かれました。完敗です」

「最後の……? ああ、そうだ、俺は……」


 意識の覚醒に遅れて、記憶が息を吹き返す。

 シズを挑発し、手合わせに持ち込んだ事。

 獣牙零式によって足をやられ、最後の悪足掻きも一蹴された事。

 それでも、どうしても負けたくなくて――自分が、真剣を抜いた事。


「っ、そうだ! 俺は……とんでもねえ事を!」


 西田は世界最強を志してはいても、その為に闇討ちという手段を選ぶ事はあっても――しかし、人殺しになりたい訳ではない。曖昧な意識で、衝動に任せて真剣を抜くなど「咄嗟の事だった」で済ませていい行為ではなかった。


「怪我は! 怪我はしてないか!?」


 西田は酷く狼狽しながら、ベッドから勢いよく跳ね起きる。

 そしてシズの衣服、白のワンピースを掴み――強引にたくし上げた。

 それはあくまで言葉の通り、自分が彼女に怪我をさせていないかを案じての行動だった。だったが――言うまでもなく、それは悪手だった。


「――――っ!」


 声にならない悲鳴と同時、シズの右掌底が、西田の横面を張り倒した。

 ビンタなどという生ぬるいものではない。掌打である。

 熟練の拳法家ならば、上半身の捻転だけで威力のある打撃を打てる。

 西田は再びベッドに倒れ伏す事になった。


 直後、救護室の扉が開いた。

 メイジャが怪訝な表情で、二人を見ていた。


「……なんだ、今の音は。掌底が頬骨を砕くような鈍い音だったが」

「なんでもありません。ニシダが無理に体を起こそうとして、倒れただけですよ。ねえ?」


 突き刺すようなシズの眼光。

 西田とて、衣服をたくし上げたら殴られたと抗議出来る訳もない。


「あ……ああ、思ったよりダメージが残ってたみたいだ」

「無茶をするなよ。言っておくがな……さっきのは下手をすれば頚椎を傷める受け方だった。分かるか、死ぬかもしれなかったんだ」


 闘気や魔術による治癒は細胞の焼損や挫滅、切断に対しても有効に機能する。

 だが脳や心臓のような生命活動に直結する器官が破壊された場合――治癒が間に合わず死んでしまう事が起こり得る。この世界には蘇生用の奇跡や魔術も存在するが――それも、万能ではない。


「シズは負けを認めているが、あれで勝ったとは思わない事だ。私のようになってからでは遅いんだからな」


 メイジャが己の左肩――その先にあるべき腕を失った、空っぽの袖を撫でた。


「……言われなくても、あんなの、勝ったとは到底言えねーよ」


 西田は再び体を起こし、ベッドの上に胡座を掻くと、そう言った。

 確かに、真剣の使用は禁則に定められてはいなかった。

 だがそれでも、あれはただの不意打ちだったという自覚が西田にはあった。


 とは言え、いつまでも自分の弱さと不明を悔やみ続けていても気が滅入るだけだ。

 何か、違う話題はないかと考えて――


「……そう言えばよ、少佐。確かコイツ……冒険者として不適格だとか、言ってたよな。あれ、どういう意味なんだよ」

 

 それはすぐに思い浮かんだ。


「コイツより弱い冒険者なんて幾らでもいる……俺も含めてだ。なんで、コイツが不適格なんだ?」


 その問いは、自分の都合で彼女をひどく罵倒した事への償いでもあった。

 メイジャは西田が知る限り、嫉妬や差別で人を貶めるような人物ではない。

 シズに対する仕打ちには何か理由があるはずだった。

 シズが不適格である理由を、自分を関連付けて尋ねれば、メイジャも無下にはしまいという心算だ。


「……ああ、その事なら」


 問いを受けたメイジャは――シズを見た。

 シズは――メイジャからも西田からも目を逸らして、顔を伏せていた。

 彼女の、側頭部の人耳が仄かに紅潮しているのを、西田は目敏く見抜いた。


「……でした」


 ぼそりと、シズが呟く。

 間近にいる西田が聞き取れないほど小さな声だった。


「なんだって?」


 当然、西田はそう聞き返した。

 シズは更に深く顔を俯けて――


「……年齢制限でした」


 と、呟いた。

 肌の紅潮は、彼女の頬にまで広がっていた。

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