第10話:真相2

「……年齢制限でした」


 シズは恥ずかしげに、小さな声で呟いた。

 肌の紅潮は、彼女の頬にまで広がっていた。

 一方で西田は――眉をひそめて、メイジャを見上げた。


「年齢制限……そりゃ、おかしくないか? コイツと同じくらいの歳で冒険者やってる奴は、多くはないけど、いるにはいるだろ」

「……16歳未満、つまり未成年で冒険者に志願するのは、世間知らずか……そうでなければ、余程、才に恵まれた若者だ。だが……世の中、腕っぷしだけで生きていけるほど甘くない」


 西田の疑問に、メイジャは滔々と答えた。

 アダマス王国では、16歳にて成人と見做みなされる――もっとも、それは今この場において、些事である。


「だから……簡単に潰れられては困るので、腕前だけでなく知恵を試す。例えば……国営練兵場と冒険者協会はその業務の一部において連携している。一部と言うのは、つまり冒険者の免許の発行だ」


 メイジャは更に続けてこのように語る。

 通常、冒険者になる為には闘士としての確かな実力が求められる。

 故に冒険者協会は志願者に対してまずこう伝える――国営練兵場にて、実力を示すべし。また、免許の申請も練兵場にて行う事が出来る。

 だが実際に練兵場で免許を要求すると、教練指導官はこう答える。

 冒険者の免許は、練兵場では発行出来ない。それは冒険者協会の管轄である、と。


「シズは、これを嫌がらせだと言っていたが……私は別に、何も嘘など吐いていなかった。ニシダ、意味が分かるか?」


 唐突な謎掛け。

 西田は暫し怪訝そうに思案して――それから、呆れたような表情を浮かべた。


「……協会がしてくれるのは「発行」で、練兵場では「申請」が出来る……要するに、お役所仕事だろ」


 つまり志願者側としては「発行は結構ですので、ここで申請の手続きをさせて下さい」などと答えるのが正しい対応となる。


「……無理だろ、これ。今みたいに裏があるって分かってるならともかく、ノーヒントで分かるヤツなんているのかよ」

「いや……実際シズのように理不尽な仕打ちを受けていると捉える事が殆どだ」

「だよな」

「だからその場合は、代わりに一つ処置を施す。教練指導官の手引書マニュアルには、こう記されている……所定の手順で十分な資質が確認出来ない場合、常道を外れた手段にて志願者を打ち負かし、その敗北を以て資質を得たとするべし」


 要するに、あえて卑怯な手を使って志願者を打ち負かせという事だ。

 そうする事で――世の中の理不尽さと、思慮深い事の重要性を思い知らせるのだ。

 通常は、例えば手合わせの際に寸止めをすべしと定めておきながら、「事故」を装って剣を当て、そのまま打ち倒す。

 または単純に複数人で打ち掛かるなどの手段が取られるが――


「だがなぁ……困った事に、シズは些か……強すぎたんだ」


 それこそメイジャが事故を装って剣を当てる事すら出来ないほどに。

 仕方なく、多対一を経験してみてはどうだと口車に乗せても、門下の高弟くらいでは、何人揃えようと物の数にもならなかったという始末だ。

 メイジャも、まさか15歳の少女に何度挑んでも勝てないとは思っていなかった。

 それで数日ほど、シズに敗れては、冒険者協会を尋ねるよう告げて追い返す日々が続いてしまった。


「それで、やむを得んから魔術を使うか、神に祈るか、毒でも盛るかと考えていたんだが……」

「……たまたま、俺がその役割を果たせちまった、って訳か」


 手合わせにおける、真剣の使用――まさに、常道を外れた手段だった。


「ああ、そういう事だ」


 話を終えると、メイジャはシズの背後から、その肩に右手を置いた。

 

「そんな訳でだ、シズ、お前はもう公式に冒険者の資質を認められたんだ。お前には、その鑑札を身に付ける資格がある」


 そう言って次は、彼女がずっと握りしめたままでいる右手を開かせた。

 当然、西田もそちらへ視線を注ぐ。

 シズの小さな手の中に、銀色の細い鎖が見えた。

 冒険者としての身分証明は通常、首にかける鑑札の形を取る。


 念願だったはずの冒険者の証を、シズは身につけられないでいた。

 何故かは、西田にもなんとなく察しがつく――要するに、ばつが悪いのだ。なにせ、ほんの数十分前まで彼女は散々、メイジャに不遜な態度を取っていたのだ。


 ――やっと貰えた免許なんだ。返す訳にもいかねーだろうし、さっさと付けちまえばいいのに。


 などと西田は考えたが、振り返ってみれば女子とは往々にして、こういう煮え切らない習性を持っていたかもしれない、と思い直す。

 放っておいても、いずれは自分で折り合いをつけるだろう、とも。


「……俺から言える事があるとすれば」


 だがそのように考えつつも、西田は最終的に、シズに助け舟を出そうと判断した。自分が価値ある人間だと、自分で認められない事の苦痛は――よく知っているからだ。


「オメーは、すげー強かったよ。俺は最後の最後で、せこい真似をしただけだ。実際には完敗だった」


 故に西田の眼差しと声色は、真に迫っていた。


「お前は間違いなく、その免許に相応しいよ。ていうか、そうでなきゃ俺の立つ瀬がねえや」


 シズは西田が離している間、口を噤んで、西田を見上げていた。

 それから――銀の鑑札、その鎖環に首を通す。

 そしてもう一度、西田を見つめる。


「……似合いますか?」


 そして、そう尋ねた。

 少女然とした、少し不安げで、儚げな所作――西田は面食らいつつも、


「あ、ああ……似合ってる」


 ここで言葉を詰まらせては要らぬ誤解を招きかねないと、すぐに肯定を返した。


「……そうですか」


 その返答に、シズは素っ気なく頷いた――つもりだった。

 だが彼女の口元には、隠し切れない微笑みが、浮かんでいた。


 西田は――暫し、その笑みに見惚れていた。

 しかし、じきにシズに見惚れる自分に気がつくと、気恥ずかしくなって彼女から目を逸らした。逸らした先で、今度はにやりと笑うメイジャと目があった。


「……なんだよ、少佐」

「なんだ、口に出して言及されたいのか?」

「……いや、いい」

「何の話ですか?」

「気にするな。それより改めて言わせてくれ。免許取得おめでとう、シズ。だが、大変なのはこれからだぞ」


 そしてメイジャは、こう続けた。


大斂武祭だいれんぶさいに臨むには、超えるべき試練が幾つもあるからな」

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