第2話 増える虚しさ


耀てる.大学2年】



11年振りに話せた。


僕の事、忘れてて少しショック。


この場所で遊んでも…思い出してくれない。



みことは高校3年生か。

あの頃の可愛い笑顔のまま大きくなった。

目尻を下げて瞳を隠し甘く蕩ける笑顔、

大笑いして転がる体はそのまま。


男らしくなった。


僕の方が先に大人になって…

…かわいいって言ってくれてた面影なんて、

全く無くなったんだろうな…





彼の家の病院に内科もあると気付いて、

薬を飲んでも止まらない咳を

見て貰いに来た。


あの子、いたりして…とか期待して。


帰り際、病院の屋上。

真夏の激しい暑さの中、さすがに病院の屋上で

昔みたいにはお祈りはしてないだろうな

と思いつつも覗いてみたらベンチで寝そべってた。

汗を流しながら。


目を瞑っていても、あの子…尊ってわかった。

キレイな耳、鼻の形…首のホクロ。


ロウソクのように溶けて無くなりそうな、

汗で濡れてる首を日傘で守った。




僕が入退院を繰り返してた頃…

学校にも余り通えず、友達とも余り遊べなかったし

大大大好きで飼っていた'ミル'という名の犬に

会えなくなって落ち込んでた。


喘息が治らない僕のせいで、

ミルは他の家に貰われちゃったから。



そんな僕に毎日一緒に遊んでくれる

2つ下の男の子の友達が出来た。

あ、違う、恋人だ。


ミルに似てて…可愛い可愛いしてたら怒られた。

怒り方も唇を尖らせて可愛いかった。


ミッキーって呼んだりしたけど、

からかったわけじゃ無く

子犬みたいに可愛かったんだよ。



いつも優しい言葉をくれた。

まっすぐにみんなと接し、

みんなに愛情を伝えるのが上手だった。


みんなに好かれて、

…可愛く素直で素敵で時々男らしい尊。




僕は尊にだけ安心して弱音を吐けた。


‘…昨日怖い夢見て…お化けとか…’

『ボクが守ってあげる』


‘…今日は咳がひどくて…くるしくて…’

『ボクが治してあげる』


『ボクは、このビョーインで医者になるんだ

テテがまだカンチしてなかったら、ボクが治す。

それでそして、ボクたち結婚する』



ふふ。男同士は結婚出来ないって

小学生だから知ってたけど、嬉しくて嬉しくて…

約束して……凄く、喜んだ。


あ……もしかして女の子だと思ってる?


遅れてそう思い行き着いた時には

病院に行かなくなって

会う事が無くなっていた。




彼と暑い日に再会してから約1週間後

また病院へ診てもらいに来て、

懐かしくて足が向かった小児病棟。


…また彼に会えた。




男だって11年後に訂正できた。


「女の子だと思ってた?」


「…うん。みんなそうだと思ってたはず…

結婚の話の時も普通だったし…」


…いや、皆んな暖かい目で…

笑いを堪えながら祝福してくれてたような…

少なくとも看護婦さん達はカルテとかで

性別完璧に把握してたはず…


「騙してた訳じゃないよ?

僕、尊が好きだったし…普通に尊も僕のこと

好きでいてくれると思ってた…」


そう信じてたんだけどな。

女の子では無いけど、そんなの関係無く

尊に会えたらまた仲良く出来るって。


けど何か違う感じ。結婚の約束の話をして、

少し引かれてるような気がする。


「あ、水筒と日傘?返す物って」


…受け取って帰ろう。少し期待してたけど…

少し………沢山…?


人と一緒に時を過ごすって、

大きくなるに連れて僕にとって凄く凄く…

難しい事なんだと気付いた。


友達は中学、高校と過ごす中で

普通にいたけど僕は少し何かが違うみたい。


みんな何か違うのは当たり前なのに、

僕だけ話しが合わなくなる事が多くて…


友達の言う事が理解出来無い時があった。

人の悪口とか…異性と付き合うとか…



…付き合うって…?


未だによく分からない。


仲良く無い人と付き合って何するんだろ…

あ、尊に教えて貰おうかな。

尊には彼女がいたんだもんな…



「…テテの事、凄く好きだった…

あの頃から、僕は医者になるって…

耀さんは今、…調子悪いの?」


「あぁ…少し咳が止まらなくて。

ここで薬貰って飲んだら大分治ったよ」


「咳……小さい頃も咳だったよね?

喘息。小児喘息か…。僕…あれから…

ダンス始めて思ったより体に合って…

あとゲームは好きだし…将来何を目指すか…

今が、最後の選択の時期だと思ってて…」


「…迷う程好きな事があって凄いね。

最後の選択か…

…尊がやりたい事を目指せばいいよ。

もしかして、僕のせいで医者を目指さなきゃって

使命みたいに思っていたなら………ごめんね。

しかも完治してなくて…」



この気持ちは何だろう。………虚しい。


尊と話して、胃がキリキリする。


…仲良しの兄も、元気が無くて

僕としてどうしようか落ち込む日々なのに…


『好きだった』か……完璧に過去形。

僕はどちらかというと、

現在進行形だったのにな…


わざわざ僕を'耀さん'と呼んだ尊。

もう僕はテテではなく、テル。

…11年も会わなければ、

消えたような存在なのは当然なんだ。

当たり前の事が僕は分からないから辛い。



会える事を願って心待ちにしていた時は

楽しかったな…


「コンっコンっ」


治りかけの咳が出て、息も苦しくなってしまった。

そんな僕の背中にすぐ手を伸ばす尊。

摩ってくれて少し楽に…


「そうだ……君の為に…

医者になるって思ったんだ。

それから当たり前の様に目指してたから…

ゴメン…忘れてたけど…

君のせいで…とかじゃ無いよ?絶対。

悩んでるのは確かだけど…。

…僕の親友で、とってもやりたい事に

真っ直ぐな男がいてさ。

ダンスが好きで…それだけに熱心で…

やりたい事して夢中になって

夢に向かって進んでる姿を見てたら

…応援してるのに…羨ましくなっちゃって。

……僕はこれでいいのかなって…」


「うん…夢中になって出来る事を…コンっコンっ

好きな事なら頑張れるし……コンっッ

結局、尊がしたい未来を目指さないと」


背中を摩ってくれてる動きが

少し遠慮気味に小さくなる。


「…君の為に医者を目指してたとしたら

………迷惑?これから…君とか他の子供達の為に

医者になるって思ったら迷惑なのかな…」


「全然迷惑じゃないよ!

嬉しい事だよ!……コンっッ

けど…それで尊が余計悩む事になるなら

…ほんとーに悲しい事だよ。

僕の事は気にせずやりたい事を目指して」


「…泣いてるの…?」


涙が溢れそうだった。


なんでこんなに悲しくなるんだろ。

そして虚しい。


自分の気持ちを考えると虚しい。

尊の気持ちを考えると悲しい。


…会わない方が、良かったのかな。


なんでこんな気持ちになるんだろ。


僕も尊も…仲良くできない人間に

成長しちゃったのかも。



「ねぇ?……泣かないで?

僕が将来の事で悩んでるから?

…テテのせいじゃ無いよ?」


そんなに涙が溢れてるとは思わなかったけど


背中を摩ってくれてた手を更に伸ばし

上から優しく包んでくれた。

…またテテと呼ぶ尊。

下を向くと涙が落ちて僕の服が濡れていく。


「……テテは相変わらず可愛いね。

大人で…カッコ良くなってて

気づかなかったけど、全然変わってない気がする。

………チョー純粋」


「…?」


「自分に素直なくせに、自分よりも僕を優先する」


…難しい事を言われてもよく分からないし

抱きつかれてるままだから尊の顔が見れない。


「…そんな自分に素直なのに、

僕に優しいから…本心ってわかるから…

昔も今も、テテの為に何でもしたくなるんだよ…」


尊の顔が見たい。

僕の為に何でもしてくれるなら…


僕は迷惑をかけたくはないけど

またこれから…仲良く過ごしたい。

過ごしてくれるかな…


顔を尊に向けると、思ったより顔が近くにあった。


昔から好きな人。だけど男らしい表情。

目が合うと瞳の距離がどんどん縮まる。

キリキリと痛む胃、

咳が出そうで息を浅くする肺の隣…

心臓が何度も跳ねる。



わけが分からないまま、僕の唇に尊の唇が重なる。


これは、キス…、なんだろうな。


した事もされた事も無い。

こんなに自然な流れでするものなのか…


目を閉じて、尊の唇の動きに応える。

会話してるみたい。

好きだよ、って僕は伝えてるよ…


尊の唇から舌が伸びて僕の唇、口内へ…

さっきよりも潤いが増す唇…


唇、簡単には離れなかったけど

今、離れて瞳は数センチの距離で見つめ合う。


「…これって…キス…

付き合う人達がするやつでしょ…?

僕、初めてした…キスしたから、僕達…

これから仲良く過ごせるかな

…尊と昔みたいに…これから過ごしたい…」


少し声が震えてる……僕の本心。


大人になって、

人とうわべだけの距離しか取らない事に

慣れてきた。

親密になる事は諦めてきた。


尊は違う。…信じても大丈夫な気がする。



…尊が言うように、自分に素直だな。


そして、尊が僕の為に

何でもしたいとほんとに思ってくれるなら…


一緒に過ごせるようになるなら…




僕の虚しさは無くなるのに……




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