5

 カトリーナはベッドに仰向けに横になり、天井の蔦模様を目で追っていた。


(どうして―――、頷けなかったのかしら?)


 クリストファーに逃げてほしいと言われたあと、カトリーナは「考えさせてください」としか言えなかった。


 大好きなクリストファーから、夢にまで見た「愛の逃避行」のお誘いを受けたというのに、心臓が激しくバタつくだけで、全然ときめかなかった。


 むしろ背中に冷や汗まで伝って、頭の中が真っ白になってしまった。


 カトリーナは顔を横むけて、枕元に転がしている黄色の毛糸を手に取る。脳裏に思い描くのは、太陽のように快活に笑うレオンハルトの顔だった。


(変なの……、レオンの顔ばかり浮かんでくるわ)


 無性にレオンハルトに会いたかった。会って、クリストファーに一緒に逃げてほしいと言われたことを相談して、どうすればいいのか助言がほしかった。


(レオンは、止めてくれるかしら……)


 カトリーナはおそらく、自分はクリストファーと国外へ逃亡することを望んでいないのだと思う。しかし、大好きな彼に誘われて、拒絶できない自分もいた。


「こんな時に好きだって言うのは……、卑怯だと思うの」


 クリストファーのことは大好きだ。ずっと告白してほしかった。でも、何かが違う。


(告白されたら―――、感動して泣いてしまうのかと思っていたのに……)


 実際は―――困っている。


 どうしていいのかわからない。


 わたしも好きです―――そう言って、クリストファーの胸に飛び込むところを想像してきたけれど、できなかった。


「レオン……」


 声に出すと、レオンハルトが恋しくなった。


 どうしてなのかはわからない。けれど。


 レオンハルトに、会いたい―――。

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