2
応接間のソファに腰を下ろして、レオンハルトはおよそ十年ぶりに会う二つ年上の兄の顔を見据える。
一方クリストファーは、弟に鋭い視線を向けられながらも涼しい顔で出された紅茶に口をつけていた。
「いつ戻って来たんだ」
レオンハルトが苛立ちを隠しきれない口調で問う。
「つい数か月前だ。そう邪険にしないでくれないか。別に国外追放になっていたわけじゃないんだ、いつ戻って来たっていいだろう?」
「戻って来たなら、報告すべきだろう」
「できるかぎり王家にはかかわりたくなくてね」
「王家の一員のくせによく言う」
クリストファーは肩をすくめた。
「十年前に出て行った僕のことなんて忘れてくれていいんだけどね。本当は、戻ってくる気はなかったし」
「じゃあなんで戻って来たんだ!」
レオンハルトがとうとう声を荒げると、クリストファーは苦笑を浮かべて押し黙った。
茶請けに持参したマカロンを口に入れながら、クリストファーは窓の外を見やる。
外はあいにく雨だった。まだ雨足はそれほど強くないが、昼間だというのに夜のように暗い空が、これから雨が強くなることを物語っている。
部屋の中には雨が窓を叩く音だけが響き、やがてその沈黙に耐え切れなくなったかのようにクリストファーが口を開いた。
「……婚約を解消したらしいね」
ぴくっとレオンハルトの片眉が上がった。
「カトリーナはあんなにかわいい子なのに、どうして婚約を解消したんだろう」
「お前には関係ない! というか、どうしてカトリーナに会いに行った!」
「勘違いしないでくれ。僕から会いに行ったのではなく、偶然出会ったんだ。町の本屋でね」
「だが、お前が十二年前、カトリーナを助けたことになっている」
「ああ……」
クリストファーはくすくすと笑いだした。
「カトリーナの初恋ね」
「そうだ!」
カトリーナの初恋の相手はレオンハルトなのだ。十二年前、彼女を助けたのは紛れもなく自分なのに、どうして、そのとき父王とともにアッシュレイン邸の中にいたはずのクリストファーになっているのだ。
「それは、君がカトリーナとの婚約を破棄したからだよ」
「……は?」
「カトリーナの中ではその思い出がとても大切なもののようだったからね。まさかレオンだなんて言えるはずがない。だから、僕と言うことにした。幸いカトリーナは幼かったから、顔まではっきり覚えていないし。―――カトリーナ、可愛いから」
ほしくなった――、クリストファーはそう言って微笑む。
「婚約関係は解消したんだろう? 僕がもらってもいいじゃないか」
レオンハルトは目を剥いて立ち上がった。
「ふざけるな!」
「ふざけているのは君じゃないのかな? 今、君とカトリーナの間には何の関係もないだろう? どうして怒る」
レオンハルトは奥歯をかみしめた。クリストファーの言う通り、レオンハルトは自らカトリーナとの婚約を破棄してしまったのだ。
「婚約破棄は……、手違いだ」
苦し紛れにそう答えれば、兄があきれた顔をした。
「何が手違いだ。新聞記事にまでしておいて」
クリストファーはもう一度窓の外に目を向けると、おもむろに立ち上がる。
「雨が強くなる前に帰るよ」
「クリストファー……!」
「何を言っても、僕は引かないから。僕の祖父がまいた種とはいえ、王太子の座は君にあげた。もう城に戻るつもりもない。それなら、君が婚約破棄した元婚約者くらい、もらってもいいだろう?」
それじゃあね、とクリストファーは手を振って部屋を出て行く。
レオンハルトは、クリストファーが出て行った扉に向かって、力いっぱいクッションを投げつけた。
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