王太子の恋煩い
1
王家の別荘にたどり着いたエドガーは、レオンハルトが使っている部屋の扉を開いたまま固まった。
「……なにをしているんですか、レオン?」
顔を見たら軽はずみな行動を責めてやろうと思っていたエドガーだったが、びっくりしすぎて怒りも通りすぎた。
レオンハルトは部屋のソファにクッションを抱えて寝転がっていた。その目は魂が抜けたのかと言いたくなるほどぼんやりと虚ろだ。
エドガーは恐る恐るレオンハルトに近づくとその顔を覗き込んだ。
「変なものでも食べましたか?」
「……違う」
覇気のない声で答えて、レオンハルトがクッションを抱きかかえたままのそりと上体を起こす。
レオンハルトはエドガーの顔を見ると、はあ、とため息をつき、抱えたクッションに顔をうずめた。
「……クリストファーがいた」
「クリストファーって……、クリストファー殿下ですか!?」
エドガーは目を丸くする。
クリストファーとは、エドガーの異母兄である第一王子の名前だ。
クリストファーの生母であった前王妃は体が弱い女性で、彼を産んですぐに体調を崩し、そのまま逝去した。その半年後に今の王妃が嫁ぎ、レオンハルトが産まれたのだが、母が違うとはいえ、クリストファーとレオンハルトは仲の悪い兄弟ではなかった。
だが、十年前――
クリストファーの母方の祖父であった公爵が、レオンハルトの暗殺を謀ったことにより、彼らの間に大きな溝が生まれることになる。
レオンハルトの暗殺は失敗に終わり、公爵は捕えられて死罪となったが、その事件を皮切りに、次期王太子をめぐる諍いが勃発した。
公爵の支持者であった貴族たちがこぞってクリストファーを王太子に据えようと画策し、結果、あわや内紛にまで発展しそうになった際、クリストファー自身がレオンハルトを王太子にするように国王に進言し、自ら城を出て行ったことで、その騒動に幕が下りたのである。
(隣国に行かれていたはずだが……)
表向きは留学という形を取り、クリストファーは隣の国にいたはずだった。
「いつ戻られたのでしょうか?」
「知らん」
レオンハルトはクッションに顔をうずめたまま不機嫌そうに答える。
エドガーは窓際の揺り椅子をソファの近くまで引っ張ってきて腰を下ろす。
「それで、クリストファー殿下はどちらにいらっしゃったんです?」
「……カトリーナの邸だ」
「なんですって?」
「正確にはカトリーナの邸を訪ねてきたのだが……」
エドガーは額に手を当てた。
「すると殿下、カトリーナ嬢に会いに行きましたね!?」
「………」
レオンハルトはクッションに顔をうずめたまま体をねじると、わざとらしくエドガーに背を向ける。
「カトリーナ嬢に会いに行って、そこでクリストファー殿下に遭遇したんですね!?」
コクン、とレオンハルトは無言で首肯した。
エドガーは怒っていいのか嘆いていいのかわからなくなった。迷った末どちらもやめて、よくわからないが打ちひしがれているレオンハルトの事情を訊くことにする。
「それで、クリストファー殿下に会ってどうしたんですか?」
「カトリーナに怒られた」
「―――、すみません、順を追って教えてください。どうしてカトリーナ嬢が怒るんですか?」
レオンハルトはようやくクッションから顔をあげると、拗ねた子供のような顔をしながら、事情をぽつぽつと語る。
すべてを聞き終えたエドガーは天井を仰いで嘆息した。
(どうして、こんなにこじれるんだ!?)
頭が痛くなってきたエドガーの耳に、レオンハルトの拗ねに拗ねまくった声が届く。
「カトリーナの初恋は俺のはずなのに、どうしてクリストファーが出てくるんだ? カトリーナには怒られるし、あんまりだ。そう思うだろう? エドガー!?」
知らねーよ――エドガーは喉元まで出かかったその一言を、ぐっと呑み込んだのだった。
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