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「それで、お話とは何でしょう?」


 朝食を終えて一息ついたころ、庭に出たいというレオンハルトとともに外に出たカトリーナは、頃合いを見計らって問いかけた。


 昨夜、話があると言ったくせに、レオンハルトはそれを切り出そうとしないからだ。


 レオンハルトはなぜかじっと庭の片隅あるブランコに視線を注いでいたが、カトリーナに話しかけられて、ハッと我に返ったかのようにカトリーナの方を向く。


「ブランコが何か?」


「いや……、どうして今まで思い出せなかったのだろうと思ってね」


「何をですか?」


 ブランコに何か思い出でもあるのだろうかとカトリーナが不思議に思っていると、レオンハルトは困ったような顔をした。


 二人そろって庭のベンチに腰を下ろす。


「……婚約破棄のことは、すまなかった」


 まさかレオンハルトが謝罪するとは思わなかったので、カトリーナはびっくりして何も言えなかった。


「一方的なことをして、君には失礼なことをしてしまった」


「そのことについては、お気になさらなくても大丈夫ですわ。好きな方ができたとエドガー様にお聞きしました。仕方がないことですもの」


「それは……」


 レオンハルトは口ごもる。


 触れられたくない話題だったのかしらとカトリーナが慌てて口を閉ざすと、レオンハルトは突然話題を変えた。


「君が初恋の人を探していると聞いた」


 カトリーナは小さく息を呑むと、頬を抑えてうつむいた。


(エドガー様ね……)


 婚約関係は解消されているので知られて困ることではないが、カトリーナは恥ずかしくなって顔をあげられなかった。


「ブランコから落ちたところを助けてもらったんだろう? その……、探している初恋の相手だが、見つかったのかな?」


 どうしてだろう、ちらりと見上げたレオンハルトの頬に朱がさしている。まさか風邪でも引いたのかしらと心配になりながら、カトリーナは小さく頷いた。


「……はい」


「そう。まだ見つかってな―――え?」


 赤くした頬をかきながら何やら言いかけたレオンハルトは、突然目をいてカトリーナの方に顔を向けた。


「はい? 今、はいと言ったのか!?」


 どうしてそんなに驚いているのだろう。


 カトリーナは少し首を傾げて、それからこくんと頷いた。


「はい。見つかったんです」


「ばかな!」


 レオンハルトは急に大声を出した。


「そ、それは誰だ!? いつ? いつ見つかった?」


「え? 昨日のお昼ですが……」


「昨日の昼!?」


「え、ええ……そうですが」


 どうしてレオンハルトはこんなに驚いているのだろう。


 ぽかんとするカトリーナの視線の先で、レオンハルトは真っ青な顔をして立ち上がると、ブランコを指さした。


「あそこから落ちたときに助けてくれた男だぞ? まさか何人もいるのか!?」


「あの、おっしゃられていることがよくわかりませんが……、ブランコから落ちたのは一度きりですので、もちろん助けていただいたのも一度きりですわ」


「その男と再会したと?」


「ええ、昨日」


「―――ありえない……」


 レオンハルトはしおしおとベンチに座りなおす。


 レオンハルトがそのままうつむいて動かなくなってしまったので、カトリーナは心配になって顔を覗き込んだ。


「あの、殿下、もしかして体調が悪いのでしょうか?」


「……気分が悪い」


「まあ! 大変ですわ! 早く邸に戻って横になってくださいませ!」


 カトリーナが焦ってレオンハルトを立ち上がらせようとするが、彼はぐったりしたように動かない。


(どうしましょう!? お医者様!? お医者様を呼んだ方がいいの!?)


 王太子に何かあっては一大事だ。カトリーナが青くなったとき、邸の玄関のあたりから声が聞こえて、カトリーナはハッとした。


 声は、カトリーナの名前を呼んでいるようである。


(あの声は……クリス様?)


 今日はクリスが来る予定はなかったはずなのにと驚いていると、玄関から庭に回ってきたクリスがカトリーナを見つけてにっこりと微笑んだ。


「カトリーナ! 突然ごめん。花屋で珍しい薔薇を見つけたから君に―――」


 レースのように細かく波打つ黄緑色の花びらの薔薇の花束を抱えたクリスがこちらに向けて歩いて来たが、彼は何かに驚いたように足を止めた。


「……レオン?」


 クリスが愕然とその名を口にするのとほぼ同時に、カトリーナの隣で悄然とうなだれていたレオンハルトが顔をあげる。


「―――クリストファー……!」


 レオンハルトの目が大きく見開かれる。


 カトリーナはおっとりと頬に手を当てた。


「まあ、お二人とも、お知合いですの?」


 だが、レオンハルトもクリスも、カトリーナののほほんとした問いかけはまったく聞いていなかった。


「なぜお前がここにいる!?」


 レオンハルトはみるみるうちに表情を強張らせると、ベンチから立ち上がり、半ば突進するようにクリスに掴みかかった。


「殿下!?」


 カトリーナが悲鳴を上げる目の前で、レオンハルトがクリスの襟元を掴み上げる。


 ばさりと、クリスが手に持っていた薔薇の花束が芝生の上に落ちた。


「言え!? 答えによっては、ただではおかない……!」


 どうしてレオンハルトがこんなにも激高しているのかはわからないが、カトリーナは慌てて二人に駆け寄ると、クリスの飛びつくようにして間に入る。


「殿下、やめてください! クリス様が何をしたというのですか!」


「カトリーナ!?」


 レオンハルトは間に入ったカトリーナを見て息を呑むと、反射的にクリスの襟元を掴んでいた手を離した。


 カトリーナはクリスに抱きつくような体勢のまま、キッとレオンハルトを睨みつけた。


「ひどいですわ!」


 クリスはカトリーナとレオンハルトを交互に見やったのち、カトリーナの頭をなだめるように撫でて、芝生の上に落ちた花束を拾い上げる。


「カトリーナ。今日は帰った方がよさそうだ。急に来てごめんね」


 落ちてしまったけどと言いながらカトリーナに花束を差し出し、クリスは踵を返す。


 レオンハルトはクリスの姿が見えなくなるまでその背中を睨んでいたが、クリスが完全に視界から消えると、額を抑えてため息をついた。


 カトリーナは黄緑色をした薔薇の花束をぎゅっと抱きしめる。


「……殿下、ひどいですわ」


 きゅっと唇をかんだ。


 レオンハルトが気まずげにカトリーナから顔をそむけるが、カトリーナの怒りは収まらなかった。


「あんまりですわ! 突然掴みかかるなんて! あの方が……、クリス様が何をしたと言うんですの!?」


「それは……、そもそも、どうして君とクリストファーに面識があるんだ」


「わたしの初恋の方だからですわ!」


 カトリーナは怒り任せに叫んだ。


 レオンハルトがゆっくりと瞠目する。


「……なに?」


「クリス様がわたしの初恋の方です」


「―――」


 山から下りてくる少しひんやりとした風が二人の間を通りすぎる。


 レオンハルトは言葉もなく、きれいな紫色の瞳を潤ませながら睨みつけてくるカトリーナを、ただ茫然と見つめた。

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